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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第8章 世界漫遊篇

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第386話 一年越しのお見舞い


 イーサンの話を聞いた後に、私はすぐに行動することにした。

 まず、騎士団に出頭するにあたって幾つかやっておくべきことがあったからだ。


 そのひとつが、ティナの容態を確認し、治療法を誰かに教えておくこと。

 だったのだが……


「どうダ、ルナ? 分かるか?」


「……うん。未来の私がつけてたアタリの一つだったよ」


 深夜の治療院で、入院しているティナの容態を確認した私はその病名を特定した。

 知識さえあれば簡単な作業だった。


「喉に病変部衣が確認できた。特徴的な症状があって良かったよ。これなら未来から持ってきた抗菌薬で対応できる。感染経路は多分、猫だね」


「猫?」


「うん。お母様は昔から猫が好きだったから。他にも野良犬とかにも手を出さないように起きたらきつく言っておいて。で、これが抗菌薬ね。二週間程度、飲ませ続ければ大丈夫なはず。あとは万が一に備えて、栄養剤と解熱剤を……」


 私は未来から持ってきた大量の薬をノアに説明しながら手渡していく。

 その様子をノアは不審に思ったのか、


「なぁ、私に渡さなくてもルナが直接渡せばいいんじゃナイか? その方が母親も喜ぶだろう」


「あー……それはまあ……まあまあ」


「まあまあでは分からないぞ」


「まあまあまあまあ」


「増やしても一緒だ!」


 声を荒げたノアに、口元に人差し指を立ててしーっ、と小声で注意する。


「ここ、治療院だから。それもド深夜の。静かにね」


「ぐっ……」


「さ、用事も終わったし誰かに見つかる前に早く出よう」


 深夜の治療院は面会禁止だ。他の人に見つかって過去を変えるわけにもいかなかったので、この時間の来訪になってしまったのだが、滞在時間は短ければ短いほどにいい。

 というわけで、こっそりと病室を後にするつもりだったのだが……


「……ルナ?」


「っ」


 ノアの声のせいか、ティナが起きてしまったようだ。

 とはいえ高熱の頭ではきちんと思考が働いていないのか、どこかぼんやりとした視線でこちらを見ている。


「よかった……来てくれたのね……もう、このまま会えないんじゃないかと……」


 ふらふらと力なく片手をこちらに伸ばすティナ。

 本来なら黙って立ち去る方が安全なのかもしれないが……


「大丈夫だよ、お母様」


 私はその手を、その声を、どうしても無視することができなかった。


「きっとすぐに良くなる。お月様にお願いしたから間違いないよ」


 ティナの手を取ると、温かい感触が肌を包み込む。

 力はなくとも、優しい手つきだった。


「ふふ……ルナが怪我した時は、よくやってあげたわよね……」


「痛いの痛いのお月様へ飛んでいけーってね。あれですごく良くなったから効果は保証済みだよ」


「本当は病気の時のおまじないなんだけどね……ルナ、あんまり病気とか、ならなかったから……ごほっ、げほっ!」


「…………お見舞い、来るの遅れてごめんね」


「いいのよ……こうして来てくれたから」


「ううん。本当に遅くなったから……ごめん」


 未来に旅立つ前、私はティナのお見舞いに行くことができなかった。

 弱っていくティナの姿を直視することができなかったから。ノアの助けがなければ、もしかしたら私はあのままお母様と死別していたかもしれない。

 そう思うと、自然と涙が溢れて来そうになる。


「……なんだかちょっと、大人っぽくなった? なんだか背も伸びてるみたい」


 未来で一年の時間を過ごした私は、過去の私と比べて一年分ほど肉体的に成長している。髪の長さは揃えることができたが、他はどうしようもなかった。

 見比べればすぐに分かるだろうが、どちらかだけ見たぐらいでは分からない程度の変化だが。現にノアも、そう言えばみたいな顔でこっちを見ている。

 私の成長を一目で見抜くとは、しかも病気に伏せた状態で。流石はお母様だ。


「子供はすぐに成長するからね。お母様が産んでくれたおかげだよ」


「そんなことないわ。私の方こそ産まれてきてくれてありがとね」


 病気で苦しいはずなのに、にっこりと笑みを浮かべるお母様に……ふと、これからのことを考える。

 騎士団に出頭すれば、私が吸血種であるということが周知の事実になる可能性がある。そうなると、ティナもまた私が吸血種であることに気付くというわけだ。


 その時……ティナはどんな反応をするのだろう。

 お腹を痛めて産んだ我が子が怪物だったと知ったその時……今と変わらぬ笑顔を私に向けてくれるのだろうか? 私には分からなかった。

 分からなかったから……


「──大好きだよ。お母様」


 せめて、私の愛を伝えておこうと思った。

 私が私でないと疑った時に、確実に残る何かを言葉にしたかった。


「ルナがこんなことを言ってくれるなんて……きっとこれは夢ね」


 普段は口にしない私のデレに、ティナはゆっくりと瞳を閉じる。


「とっても……幸せな夢」


 そして、そのまま眠りに落ちたのか浅い寝息を立て始める。

 病気の時は十分な休息を取ることも必要だ。


「ごめん、待たせたね。ノア」


「……いや、いい。私も胸に来るものがあった」


「お母様の治療法が見つかったのはノアのおかげだよ。だからって訳じゃないけど、お礼として他の薬も受け取ってくれない?」


「それは構わないが……いいのか? これはルナが命がけで集めた未来の宝だろう? それにノアは医療の知識なんてないから有効活用もできナイ。宝の持ち腐れになると思うが……」


「ノアに医者になって欲しいわけじゃないんだ。この薬の成分を解析できれば、現代でも作れる治療薬にならないかなって。つまり、どっちかというと薬師だね」


 私の我儘でノアには『ノアの箱舟』という魔術界における一大発見を無為にするという何とも勿体ない行為をさせてしまった。それがノアの命を守るためとはいえ、失ったものに対して何か補填ができないかと考えていたのだ。


「もちろん、ノアが望まなければ捨てるなり、誰かの治療に使うなり、信頼できる誰かに託すなりしてもらったらいいんだけど……ノアには借りを返したくって」


「……分かった。そういうことなら受け取らせてもらおう」


 私が残りの治療薬も渡そうとしたところ、ノアから待ったがかかる。


「代わりに、私には事情を全て話せ。自分で母親の治療をしようとしないのも、何か理由があるんだろう?」


「それは……」


 明日の夕方、騎士団に出頭するつもりであることをノアに伝えることはできる。

 けど、私はこのことをできるだけ誰にも話さないつもりでいた。

 私が吸血種であることがバレたのはまだいい。だが、それ以上に、私が吸血種であると知った上で匿ってくれていた人たちに迷惑がかかるのは良くない。

 私が楽になるためだけに、事情を説明するのは軽率な行いだ。

 そのことをニコラに指摘された私は……


「何もないよ。薬をノアに渡すのは、信用してるから。ただそれだけ」


「……むぅ、納得いかんが……そう言われたら黙るしかナイ」


 ノアは薄々、私が隠し事をしていることに気付いている様子だった。

 ごめんね、ノア。全てが終わった時にはまたちゃんと謝るから。

 今は何も知らないままでいてくれ。その方がきっとノアにとっては都合が良いはずだから。

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