第38話 RPGは最初の2時間が一番面白い
まず始めに感じたのは冷たさだった。
海底にどんどん沈んでいくような感覚。少しずつ、少しずつ体から体温が失われ力が抜けていく。
ああ、そうか。これが……死か。
……って!
「ぷはっ!!」
間一髪のところで意識を取り戻した私は、急いで水面上に顔を出し空気を肺一杯に吸い込んだ。
「はあ……はあ……い、一体何が……?」
頭上を見上げれば細長い縦穴が見えた。
そうか、私はあそこから落ちてきたんだ。
どうやら下が湖のようになっていたおかげで助かったらしい。全く、我ながら悪運が強い。
「ひとまず、岸へ……」
痛む体に鞭打って、岸辺に向かう。
ようやく大地を踏みしめた私は大の字に寝転がり、荒い呼吸を繰り返した。
(一応逃げ切れたってことでいいのかな)
思うのは先ほどまで戦っていた土蜘蛛のこと。
細い縦穴の底には土蜘蛛の体では到底追ってはこれまい。結果的に私は土蜘蛛の追走を振り切った形になる。一歩間違えれば死んでいた現状を見れば、自慢する気にもなれないけど。
だけど……とにかく良かった。
私は何とか生き残ったんだ。
未だに体中が痛むけど。どうやら吸血モードも時間切れのようで、『再生』のスキルが機能しなくなっていた。
ま、あの怪物を前にして逃げ切れたなら御の字とするべきだろう。重畳重畳。
「はあ……」
そうだ。改めてスキルを確認しておこう。
【ルナ・レストン 吸血鬼
女 9歳
LV1
体力:142/142
魔力:5070/5070
筋力:115
敏捷:125
物防:90
魔耐:50
犯罪値:212
スキル:『鑑定(78)』『システムアシスト』『陽光』『柔肌』『苦痛耐性』『色欲』『魅了』『魔力感知(15)』『魔力操作(60)』『魔力制御(23)』『料理の心得(12)』『風適性(8)』『闇適性(16)』『集中(5)』『吸血』『狂気』『再生(1)』『影魔法(1)』】
おお、スキル18個とかかなり増えたな。
新しく手に入れたスキル『狂気』『再生』『影魔法』はどれも有用だし、これはいいぞ。
でも、どれも吸血状態じゃないと使えないらしい……それはちょっと残念。
けどまあ『狂気』に関してはそれで良かったかもしれない。常時あの興奮状態だったら、ちょっとヤバイ人だからね。吸血状態から覚めた今考えると、なんであんな化け物に嬉々として襲い掛かっていたのか……ちょっとは危機感覚えろよ、私。
そう考えれば『狂気』のスキルは良し悪しなのかもしれない。
状況分析は出来ているけど、危機管理能力が著しく欠如している気がする。いつもの私だったらもっと早くに逃げることを決めていただろうし、そのせいで無駄な怪我を負ってしまった。加えて蜘蛛糸から逃れる際に持っていた水やら食料やらも同時に落としてしまったから、状況は結構きつめだ。
大の字になって寝転がる私の所持品はいまやゼロ。
全くのゼロ。服すらないというのはハードモードに過ぎるだろう。
ドラクエだったら勇者が反乱起こすレベルだぞ、これ。どこの世界にマッパで冒険を始めるRPGがあるんだか。
はあ……ぼやいていても仕方ない。
とりあえずは服。いや、その前に食事と水の確保か。
水は……この湖の水は飲めるかな。
見た感じ澄んでいて、かなり綺麗な水だけど……うん。多分飲めるっしょ。
後は食事と服だな。よし、方針は固まった。動こう。
立ち上がり、体の調子を確認。大きな傷も残っていないし、大丈夫そうだ。
それから私は湖の周りをぐるりと巡回してみることにした。何かしら使えるものが落ちていないか確認のため。正直、それほど期待はしていなかったのだが……
「おおっ!」
探索を始めて10分くらい経った頃だろうか。
いきなり私は倒れている人影を発見した。
さっそく近寄って確認すると、それは冒険者の死体だった。死体、とは言ったがすでに力尽きてかなりの時間が経っているのか骨しか残ってない。
「この人もあの縦穴から落ちてきたのかな……可哀想に」
両手を合わせ、冥福を祈る。
「ごめんなさい。貴方の荷物……少しだけ借ります」
腰を下ろし、死者から服やポーチなどの荷物を剥ぎ取る。やっていることは完全にハイエナのそれだが背に腹は変えられない。
死体の着ていた服を着るのはかなりの抵抗があったが、それでも全裸よりはマシだ。人間としての最低限の矜持は保っていたい。いや、死体から盗みを行った時点で矜持なんてないも同然だけど。
「水筒……麻袋……ナイフ、は錆びてるか」
荷物の中から使えそうなものだけピックアップして拝借する。
よし、これだけ揃えばひとまずは安心だろう。
一通りのアイテムを入手した私は改めて頭上を見上げる。
「……待ってろ。絶対に這い出てやるからな」
遥か遠くに見える天井を眺めながら誓う。
こうして私の大迷宮攻略が始まったのだった。




