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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第8章 世界漫遊篇

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第385話 スケジュールは厳密に


 ティナが高熱で倒れたという報告をノア経由で教えてもらってから数日が経った。過去は私が知る過去をそっくりなぞっている。良い傾向だ。明日の夜になれば、私はティナの治療法を求めて未来に旅立つことになる。


 そうなれば、私はそのタイミングに合わせて皆の前に姿を出すだけでいい。

 それ以降、タイムパラドックスは起こりようがなくなる。認識阻害の呪いを受ける可能性は極めて低くなる……はずだ。


(未来に旅立つ時はここまで厄介な話になるとは思ってなかったんだけどな)


 やはり頭を使う頭脳労働は私には合っていない。もしも、次に似たような事件に出くわした時はノアやニコラに助けを求めるとしよう。

 なんて、今回の騒動が一件落着した気分でいると……


「あの、お姉さま、ちょっとお時間いいですか?」


 居候先の家主であるアンナが、夕食の準備をしている私のところへやってきて深刻そうな表情で切り出した。

 うわあ……めちゃくちゃ嫌な予感がするぞぉ。

 従順ではあるが、基本的に遠慮のないアンナは私に何かを要求する時、大体は笑顔で要求してくる。昨日も抱き枕にさせて欲しいとかなんとか、他人の人権を無視したような要求をしてきた。

 こういうところはクロナの血筋を感じるね。どっちかというと、アンナの血筋か。結局その要望に応えたかどうかは黙秘権を行使するとして、


「えーと、なに? 改まって。悪い知らせなら聞かせて欲しくないんだけど」


「悪い知らせではありますが、絶対に聞いておいた方が良い類のものかと」


「……まあ、とりあえず聞こうか」


 調理の手を止め、アンナに向かい合って聞く姿勢を見せると、


「実はその……騎士団のメンバーがお姉さまを探しているらしく」


「え……?」


 アンナの口からあまりにも似つかわしくない単語が聞こえてきた。

 騎士団というと、王国騎士団のことだろう。この国の防衛を担う剣士主導の組織、元の世界で言うところの自衛隊が近い。オリヴィアさんが所属している組織の名前でもある。

 探している、と言われてぱっと思いつくのは彼女関連なのだが……お父様を探す旅に協力してもらって以降、彼女とは連絡も取っていない。今さら何か用件があるとは思えないが。


「悪い知らせって言ってたよね? 探している理由は分かる?」


「それがどうもお姉さまが人族じゃないってことがバレちゃったみたいで……」


「大問題じゃんっ!!!」


 びっくりした。そんな特大案件、聞いた瞬間に教えてくれないと困る。

 いや、ちゃんとすぐに教えてくれてはいるか。

 確かにこれは聞いておくべき案件だ。


「え、なに、どういうこと? なんでバレたの?」


「多分、オリヴィアさんが旅の途中で気づいちゃったのかも……」


「ぐっ……まあ、何カ月も一緒に旅をしていたわけだし、その可能性は否定できないけど……結構うまく隠せてたと思うんだけどなぁ」


「日中行動できないってのはそうと疑ってみたら相当怪しいと思います」


「……ぐぅ」


「ぐぅの音を出してる場合ですか。ピンチですよお姉さま、どうするんですか?」


 どうするもこうするも、騎士団に正体を知られてしまったとなると王都を離れて地方に逃げるしかない。

 いや……最早そういう次元の話でもないのか?


 エルフリーデン王国は亜人排斥を進める人族主導の国家だ。他種族がこの国で暮らすには人族の奴隷であることが条件になる。王都に至っては、奴隷ですら入れないほどに他種族は排斥されている。

 つまり、この国で過ごすならば誰かの奴隷になる必要があるわけで……


「仕方がない……アンナ、私のご主人様になってくれ」


「ふえ?」


「笛じゃない。主様。この国で暮らすなら私は奴隷の身分を偽るしかない。主人となる人を選ばなくちゃならないなら……まあ、アンナかなって」


「なんかしゃーなしで選ばれた感がすごく嫌ですが……お姉さまのご主人様! かなりいい響きですね! つまりこれからはなんでも命令し放題と!」


「あ、やっぱりご主人チェンジで」


「やだなぁ、ちょっとした冗談じゃないですか。ご主人様ジョークです」


 ダメだこいつ、既にご主人様気分でいやがる。

 やっぱり他の適任者を探すべきだな。うーん、誰がいいかな……ご主人様と言えば真っ先にクレアが思い浮かぶが、あの子に強権を持たせるのはあまりにも危険すぎる。商売上、王都を離れられないだろうしこの案は却下だな。


 男をご主人様にするのはとても気持ちが悪いので論外として……ノアかアリスあたりが候補か? でも、ハーフエルフのアリスってご主人様として認めらるのかな?


「ああ、ダメですダメですお姉さま! ここはアンナにしましょうよ! しゃーなしでもなんでもいいですから!」


 最適なご主人様を脳内で検索していると見抜いたアンナが私の頭の上で手をわちゃわちゃしてかき乱していると、


「おい、話が変な方向に言ってねぇか? 俺言ったよな? ここは逃げの一手だってよ」


 突然、部屋の窓から身を乗り出したイーサンが現れる。


「つか、白い子いるじゃん。直接話せないってのはなんだったんだよ」


「あー! 尾行したでしょイーサン! 事情があるから私からお姉さまに説明するって話だったのに!」


「おう。だけど事情を探るなとは言われなかったからな」


 わなわなと怒りで指先を震わせるアンナを横目に、私を見たイーサンがにっと溌溂な笑みを浮かべ、窓を乗り越え入室してくる。相変わらず礼儀のないやつだ。


「よっ、ルナ。数ヶ月ぶりだな。元気そうで良かったぜ」


「ありがとイーサン。そっちも変わりないようで何より。で、あんたがやってきたってことはアンナの情報の出所はイーサンだったって訳ね」


「正確には俺の師匠だな。オリヴィア」


「あんたね、仮にも師匠を呼び捨てにしなさんなよ」


「おいおい、白い子まで師匠みたいなこと言うなよ。それより、話の続きをしようぜ。騎士団の情報だと、明日の夕方に師匠の家の方にガサが入るらしい」


「ガサ?」


「騎士団だとヨーギシャカクホってのをそう言うらしいぜ」


「…………まずいね」


「ああ。だからすぐにでも王都を離れる用意をした方が良い」


「そっちじゃなくてね」


「ん?」


 イーサンは知る由もないことだが、明日の夜、私にはどうしても外せない用事がある。正確には、同時刻に存在する過去の私には、だが。ややこしいな。


(私を探すとなった時に騎士団が見つけ出すのは過去の方の私だろう。そして、過去の私が未来に渡るイベントを挟まないと、明確なタイムパラドックスが起こっちゃう。そうなると未来の私と同じ呪いを受ける羽目になるかもしれなくて……)


 私としては何としてでも過去の私を未来に送る必要がある。だが、それを事前に伝えて未来に跳躍する時間を変更しても、私の知る過去と矛盾が生じる……つまり、騎士団の存在を知らせずに私を未来に飛ばす必要があるということだ。


 明日の夕方に騎士団が来るというのなら、騎士団の目を少なくとも夜までは他の場所に向けておく必要がある。策を弄する時間すらない現状では、その解決策はたった一つしか思い至らない。


「……私、騎士団に出頭するよ」


「「え!?」」


 私の言葉に、イーサンとアンナが揃って驚きの声を上げる。


「おい、正気かよルナ!? 騎士団に捕まったら王国の法律で裁かれんだぞ!?」


「そうですよお姉さま! 亜人がこの国でどういう扱いを受けるか、お姉さまだって知っていますよね!?」


 確かに二人の懸念は分かる。今の私は密入国した亜人という扱いになるだろう。自首したところで重い刑罰が待っているだけかもしれない。だが、私は未来の私の歴史を知っている。


(王国が吸血種と手を組んだ過去があるということは、吸血種に対しては何か特別な対応をしたってことだ。そこまで悪い状況にはならないだろう)


 誰かに話すことはできないが、私には勝算があった。

 それにそうしなくては、過去の私が騎士団に発見されてしまう。


「ただ、時間ギリギリまでは様子を見たい。明日の夕方に騎士団が来るって言うのなら、そこで偶然出くわした風を装ってみるよ。そうすれば、イーサンがチクったってこともバレないだろうし」


 今回の件で私が逃亡したとなれば、当然、ガサ入れを密告した犯人探しが始まるだろう。そうなれば、私に近しい存在であるイーサンが真っ先に疑われることになる。それもまた私にとっては大きな懸念材料だった。


「別に俺のことはどうだっていい。ルナが酷い目に合わなきゃそれで……」


「何言ってるのさ。私だって同じ気持ちだよ。騎士団の情報網に入れてもらえたってことはもう、入団の目途も立ってるんでしょ? 昔からの夢が叶うじゃん」


「……覚えててくれたのか、俺の夢」


「当たり前でしょ。言っとくけど、月夜同盟はまだ解散してないから」


 子供の頃に立てた秘密結社、それは互いの夢を応援するためのものでもあった。

 イーサンの子供の頃からの夢、それは騎士になって活躍することだった。


「私に幼馴染の夢の足を引っ張る趣味はないよ」


 私がそう告げると、イーサンは眉をハの字に曲げて瞳を潤ませる。昔から私に論破されると大体、こんな顔をしていた。今回は、嬉しさと申し訳なさが混じったような感じだけどね。


「分かった……でも、ヤバいと思ったらすぐに逃げるんだぞ? 助けが必要だったら遠慮なんかするな。俺の夢より、お前の命の方が大切なんだから」


「うん。その時は頼らせてもらうよ」


 まあ、そんなことにはならないんだろうけど。


「うう……私は心配ですよ。お姉さまが捕まっちゃうなんて」


「死ななきゃまた会えるよ。それよりも二人ともありがとね、教えてくれて」


 もしも二人からのタレコミがなければ大変なことになっていたかもしれない。二人はその事実に気付いていないだろうが、私にとっては大きなことだ。やっぱり持つべきものは頼れる幼馴染だね。

 それか、これもノアの言っていた歴史の修正力ってやつなのかもしれない。

 本来あるべき未来になるように、私に情報が巡ってきたという考え方だけど……こういう考え方はなんだか好きにはなれないな。やはり、ここは素直に二人に感謝しておこう。


 そんなことを思いながら、私は今後の対策を考えるのだった。


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