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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第8章 世界漫遊篇

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第384話 未来からの宿題


 私が過去に戻って来てから、数日が経った。

 これまではずっとアンナの部屋に引きこもっていた私だが、今日はどうしても外出する必要があった。


「まだ日が出てるし、傘は必要かな……」


 間もなく夕方という時刻に、私は傘を片手に学生寮を出る。

 日差しはそれほど強くないが、あった方が良いだろう。未来と違って、現代の建物は吸血種に優しくない設計になっているからね。


(さて、と……)


 周囲を見渡し、知り合いがいないことを確認して足早に立ち去る。

 向かう先は師匠の家だ。皆が暮らしている場所だから慎重に向かう必要がある。

 念のため、最初から『変身』スキルで別人に成りすましておくとしよう。

 歩き慣れた歩道を日傘片手に歩く。学園の近くを通り過ぎるところで、私は道の向こう側から歩いてくる見知った二人組を発見した。


「ですから今日は屋敷にいてください。また遊び歩いていると、御母上に叱られますよ? それが事実ではないと僕は知っていますが……」


「はあ……自分の居場所まであの人に指示されなくちゃいけないわけ?」


「監視があるのは今日だけですので、なんとかお願いします、クレアお嬢様」


 不満を口にするクレアの一歩後ろで、レインが困った表情を浮かべている。

 どうやらちょうど帰宅中らしい。今日は学園が休みのはずなので、登校しているとは思わなかった。何か用事でもあったのかな? 少しびっくりした。


 それにしても……ふふ、レインよ。クレアに屋敷にいてもらう必要があるとはいえ、ちょっと強引過ぎないか? クレアもちょっと困惑してるぞ。

 自分で嘘を考えるのは苦手なタイプと見た。


「……あら?」


 私が何事もなかったようにすれ違うと、ほんの一瞬、クレアがこちらを見た。


「どうかされましたか? お嬢様」


「……あの傘の持ち方、ルナそっくりだなって」


 な、なにぃ!? 傘の持ち方!? そんなの意識したこともないぞ!?


「背格好は似てますが、顔は別人でしたよ?」


「そうよねぇ……ルナに会いたいあまりなんでもルナに見えちゃってるのかしら」


「お嬢様、上に立つ者として一人の従者に入れ込むのはどうかと。それも既に解雇した従者ですよ? そろそろ切り替えてくださらないと困ります」


「はいはい、分かったわよ」


 二人のやり取りを背後に聞きながらすれ違う。

 ふぅ……一瞬、ひやっとしたが何とかなった。


 まだ過去の私が存在している以上、不用意な接触は破綻を招きかねない。

 今の私はまだ、何者でもない影に徹しておく必要があるのだ。


 気を取り直して師匠の家に向かうと、窓の向こうで過去の私がシアと一緒に料理しているのが見えた。どうやらタイミングはばっちりだったようだ。

 窓越しのため、何を話しているかまでは聞こえないが私がシアの頭をなでなでしているところは確認した。くぅ、楽しそうにしやがって。羨ましいなこの。最近の私は人と会わなすぎて、ちょっと人恋しい時期なのに。


(いつまでもイチャイチャしてんじゃねー!)


 私の怨念が届いたのか、シアが厨房を出て行くのが見えた。

 よし、私の記憶が正しければ……このタイミングだ。


 私は足元の小石を拾い、窓に向けて放り投げる。

 一回、二回、三回と窓をノックするように小石をぶつける。

 これで私は気付いて出てくるはずだ。その前に準備しなければ。


 私は『変身』スキルを再発動し、イメージ通りの顔を作り出す。

 一年間の修行で一番成長したのはこの『変身』スキルの使い方かもしれない。微妙な髪色の変化や、声帯の模倣までその人になり切るすべを私は磨いていた。


「あ、あっ、あー……」


 実際に声を発して調整ならぬ調声を行う。

 これで外見も声も()()()そっくりになったはずだ。


「……誰だ?」


 ちょうどその時、私の背後で私の声がする。

 振り返るとそこにはエプロンをしたまま飛び出してきた過去の私の姿があった。

 腰のあたりまで伸びた白髪が体を巻くように揺れ、さらさらと流れるような前髪からはまるで人形のように整った顔が覗いている。

 こうして見ると、私ってマジで可愛いな……って、今はそれどころじゃない。


「え……?」


 思わぬ人物の来訪に驚いた様子の過去の私に、()()()()()()()()()が話しかける。

 確か、あの時の台詞はこんな感じだったはず。


「こんな時間に来ちゃってごめんなさい。でも、どうしてもルナに会いたかったの。ルナ……お願い。私を助けて欲しい」


「クレアお嬢様……?」


 記憶の声を頼りに作った声帯模写故に、怪しまれたら正体がバレてしまうかもしれない。あまり時間をかけずに話を終えた方が得策だ。いつ師匠たちが帰ってくるかも分からないし。というわけで、私は困惑する私に矢継ぎ早に話しかける。


「あまり時間がないから手短に用件だけ告げるわね。今夜1時に私の屋敷まで来て欲しいの」


「え? 今夜ですか? 構いませんが……いきなりどうしたのですか?」


「ごめん。全部を説明している時間はないの。全てが終わった時にきちんと説明するから」


 話しているうちに、どきどきと心臓が早鐘のようになり始める。

 こういう演技とか、本当に苦手だ。小学校の時のお遊戯会とか、私はずっと木の役に立候補していたくらいでまったくもって自信がない。ボロが出る前に撤退してしまおう。


「ちょっ……クレアお嬢様!?」


「時間に遅れないでね。頼んだわよ、ルナ」


 過去の私の返答を待たず、足早のその場を後にする。

 これで大丈夫なはず。私が追って来ないことは過去が証明済み。


 そう、この一幕は私がクレアの屋敷に行くことになったきっかけのシーンだ。


(私はクレアに呼ばれたことで屋敷に向かい、そこで暗殺者の存在を知りクレアを助けることができた。ここが唯一のターニングポイントだったわけだ)


 未来の私の世界では、大きな戦争が起きたらしい。

 その原因の一つが、とある人物の死だった。

 その人物こそ、クレア・グラハム。私のご主人様だ。


 最初はなぜクレアが死ぬと戦争が起きてしまうのか疑問に思ったものだが、その理由は簡単だった。孫の死をきっかけに、現代最強の魔術師であるオスカー・グラハムが王国を離れたから。

 存在するだけで他国への抑止力になっていた魔術師の失踪は、戦争の引き金になるだけの理由になったらしい。まあ、正直な感想は……あの爺さん、そんなヤバい人だったの? って感じだ。


 ただの孫バカの放蕩爺だとばかり思っていたが……人は見かけによらないね。

 何はともあれ、これでクレアの死と戦争への引き金の一つを回避したわけだ。



 ◇ ◇ ◇



 また後日、私は地下水道に陣取っていた。

 これもまた未来のために必要な下準備だった。

 この場所も二度目の来訪になるが、この匂いだけは慣れないね。

 早く来てくれないかな……この場所であってるはずなんだけど。

 酷い匂いを我慢すること数時間、ようやく誰かの足音を聞きつけた私はより慎重に身を潜める。すると、二人の人物の声が聞こえてきた。


「そろそろ地上に出るぞ」


「その言葉を待ってたよ」


 角から暗い通路を盗み見ると、疲れ果てた様子のレインと私の姿が見えた。

 ここはかつて『銀の矢(アルテミス)』とクレアの命を賭けた勝負を行った際に、私達が使った逃走経路だ。この先の展開としては、私達を追って来たヴェルトと私の戦闘になるはずだが……


(戦闘音が聞こえてきた……よし、すぐに離れよう)


 見つからないうちにと、その場を後にする。

 今回、この場所にやってきたのには理由がある。

 それは過去の私に、吸血姫の能力を継承する為だ。


『……おかしい。君にはもうすでに、吸血姫の力が宿っている』


 未来の私から吸血姫の血を継承する際に言われた言葉を思い出す。

 不可思議な現象に首を傾げる私だったが、三日三晩の熟考の末に結論を出した。


『吸血種が吸血姫の支配から逃れる術はただ一つ。吸血姫と同等の力を得る事だ。そして、それは吸血姫の血を吸うことでしか為されない。私の支配が君に聞かなかったというのなら、君はどこかで吸血姫の力の一部を手にしていたはずだ』


 吸血姫の血は特別らしく、一般の吸血種が吸えばその力を継承……具体的にはコピーのようなものらしいのだが、それを行った上で吸血モードに至れるという。


『思い出せ、君はどこかで『吸血』スキルに大きな変化を感じたはずだ。そして、それがあったなら、その直前に吸った血こそが吸血姫の血だ』


 血に呑まれる感覚もなく、普段よりも強力な『吸血』スキルの実感……それを感じた瞬間は確かにあった。それがこのタイミング、地下水道でとある鼠から血をいただいた時だ。


「よし、噛み傷がある。ちゃんと血を吸わせられたみたいだね」


 下水道の奥から走っていた鼠に傷口があることを確認し、『変身』スキルで分割していた鼠を元の左手に復元する。鼠に見せかけてはいるが、中にある血は私のもの……つまり、吸血姫の血ということになる。


 これが私の行うべき過去の改変、その2だ。

 正確には私の視点でも起きた出来事なので、改変ではないのかもだが。

 とにかく、未来の私を倒す為に必要な、吸血姫の力の継承は終わった。


(これ、未来の私から過去の私に血を継承していることになるんだよね。またタイムパラドックスってやつが起きそうな気がするけど……どうなんだろ)


 鶏が先か、卵が先か、という考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうな疑問に似ている。考えたところで私に思いつくとも、理解できるとも思えないので、そういうことは学者様に考えてもらうとしよう。

 そもそも自分の血で吸血モードになれるという時点でいつものルールの外にある。それだけ吸血姫の血は特別ということらしいのだが……小難しい話はともかく。

 こうして私はこの時代においてやるべき二つの課題、過去の改変を行うことに成功するのだった。

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