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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第8章 世界漫遊篇

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第383話 タイムリミット


 私の額に伸びた角の問題は由々しき事態ではあったが、一応の解決策がないわけではない。実はこの吸血種の角だが、やすりのようなもので削れば短くすることもできるのだ。

 未来では角の生え方が歪な吸血種が専用の道具で削って、ファッション感覚で形を変えていたりもした。まさに前髪をちょっと弄るみたいなノリで。


 そのことを伝えると、ノアは「そんな方法があるなら先に言えっ! 心配して損したぞっ!」と泣いちゃったことを照れ隠しするように私の胸元をぽかぽかと殴ってきたが。うん、過去に帰る前にきちんとしておくべきだった。


 とはいえ、本来の長さが隠せない程度に伸びてしまっているのは事実。これからは吸血モードを解除する度に伸びた角を折るか削るかしなければ身を隠せないだろう。そこはちょっとだけ憂鬱だ。削る時、歯の治療をしているみたいで怖いんだよね。


 身を隠すと言えば、ノアと情報を共有した私は、当面の潜伏場所を探していた。

 師匠の家の研究室に入り浸っているノアの近くにいると、他の同居人に見つかる可能性が高いからだ。適当に宿を取ることも考えたが、職を失った現在の私には金銭的な余裕がなく、援助も期待できない現状、安く済む拠点が必要だった。


 と、いうわけで……


「ごめんね、アンナ。突然、押しかけて」


「全然かまいませんっ! お姉さまならいつでも歓迎ですっ!」


 私は学生寮に住んでいるアンナの元を訪れていた。

 未来へ旅立つ準備中の私に接触のなかった人物かつ気軽に私の頼みを聞いてくれそうな人物の筆頭としてアンナを思い浮かべたからだ。

 学生寮とは名ばかりの、ボロい木造建築のアパートみたいな建物に住んでいるアンナだったが、孤児院暮らしの長かったアンナにとっては自分の部屋が持てたことが嬉しいらしく、いつもよりテンション2割増しって感じだ。


「でも、突然泊まらせてくれだなんて何かあったのですか?」


「あー……説明が難しいんだけど、身を隠す必要があるって感じかな」


「なるほど! また何かトラブルに巻き込まれているんですね!」


「それで納得されるのもなんだかなぁ」


 聞きわけが良すぎるというのも考えものかもしれない。

 というかアンナの中では、私ってどういう人間になっているんだ?

 そんないつもいつも大変な目に遭っていると? うーん、否定はできないね。


「結構長い期間を間借りすることになるかもだけど……大丈夫?」


「はい! 一ヶ月でも二ヶ月でも、なんでしたら永遠に!」


「あ、長くても二週間程度だとは思う」


「あ、そうなんですね……」


 二週間というのも結構な期間だと思うが、アンナはむしろ残念そうだ。

 というか永遠にって、本当にアンナは優しいな。流石に冗談だろうけど。

 冗談……だよね?


「でもまさかお姉さまが私を頼ってくださるなんて……嬉しいです」


「アンナのことはいつでも頼りにしてるよ? お父様を探しに行った時もありがとうね。アンナのおかげでなんとかなったよ」


「……はい!」


 ん……なんだろう、少し違和感。

 アンナの表情が一瞬だけ曇ったような……? 気のせいか?

 まあいいか、アンナの思考を読むのはかなり難解だし気にしないことにしよう。私の置かれた状況については後々、きちんと説明するとして……まずは、居候するにあたって最低限の義務を果たすとしよう。


「さて、それじゃあ居候させてもらう分のお礼は体で支払うよ」


 話題が止まったタイミングで、私は部屋を借りる対価として家事の手伝いを申し出るのだが、


「え!?」


 なぜかアンナはびっくりした様子で声を荒げていた。


「泊まる場所を提供してもらっているんだから当然じゃない?」


「そ、そそ、それはつまり……! そういうことですかっ」


「そういうことってなに、どういう……ん?」


 話をしている途中、アンナの背後の壁を蜘蛛が移動するのが見える。

 そういえばアンナって、虫とか苦手だったような……


「アンナ」


「な、なんです?」


「ちょっと目、瞑ってて」


「!?」


 アンナにバレないように蜘蛛を逃がしてやろうと目を瞑らせ、蜘蛛に近づくと接近を察知したのか俊敏な動きで蜘蛛は壁を伝い、ベッドの裏側に逃げ込んでしまう。厄介なところに逃げ込まれたな。私もそんな得意ではないのに……いや、男たるもの蜘蛛程度にビビっていてどうする。アンナの為に気合を入れろ。


「よし……アンナ、ちょっとベッド借りるよ」


「こんな真昼間からですかっ!?」


 アンナの言っている意味はよく分からなかったが、今は蜘蛛を見逃がさないことの方が肝心だ。ベッドを慎重にずらし、蜘蛛の行方を探すと……いた。

 部屋の角でじっとしている。影糸で逃げ場をなくして……よし、捕まえたぞ。

 蜘蛛に良い思い出はないが、蜘蛛は益虫とも言うし外に逃がしてやるとしよう。


「窓、開けるね」


「見られながらがお好きなのですね!?」


 アンナはさっきから一体、何を言っているんだろう。

 開けた窓から蜘蛛を逃がしつつ考えるが、一向に分からん。

 アンナは昔からこういうところがあるんだよな。


「ほら、もう目を開けていいよ……って、タコみたいな口してどうしたの?」


「え? ……あれ? 今、そういう感じの空気じゃなかったです?」


「そういう感じの空気って、どういう感じの空気よ」


「ほら、昔はよく二人でこっそりしてたじゃないですか……ちゅーとか」


「あっ……あれは、その……若気の至りというか……」


「今でも十分若いですよ? もうしてくれないんですか?」


 上目遣いでキスを懇願してくるアンナに、思わずくらっと来てしまう。

 したいかしたくないかで言えば断然したい。だが、そういうのは恋人同士でやるものだ。アンナとそう言う関係になるのであればまず私は男に戻らなくてはならない。順序というものは大切だからね。男だからというか、人として。


(未来の世界ではそこが曖昧だったみたいだけど……個人的にはしっかりしたい)


 レイチェルに一度、この価値観を崩されかけたが私としては譲れない部分だ。

 それに、過去の一連のやらかしは『色欲』スキルさんのデメリットというか、暴走が絡んでいたのが原因だ。今ではすっかりなりを潜めているが……


(未来の私の話を聞いた後だと色々と思うところがあるよなぁ、これ)


 最近、『色欲』さんの暴走が少ない理由は未来の私から聞いていた。

 そして、これが嵐の前の静けさであるということも。

 とはいえ、そんなことをアンナに説明するわけにもいかず、


「えーとね、アンナ。そういうことは大人の男女がやるものだって私は学んだんだよ。つまり、今の私達の関係でやるには適さない行為ってことだね」


「そうなのですか?」


「うん、そうなのです」


 思えば、アンナと出会ってもう何年も経つ。

 関係性もあの頃のままというわけにはいかない。私が男に戻ることができればこの関係が別の名前を持つことになるかもしれないが……


「? どうしました、お姉さま?」


 癖毛気味の栗色の髪が小首を傾げる際にふわりと揺れる。

 甘いバニラのような匂いが鼻孔をくすぐり、視線が吸い寄せられるように下へと向かう。同年代と比べればふくよかな胸元……から更に上。ほっそりと伸びた白い首筋を見た途端、私の口内に生唾が溢れるのを感じた。


 それと同時に、脳天に刺さるような欲求が生まれてくる。端的に言うと……


 ──とても、喉が渇いていた。


「……ごめん、ちょっと水もらってくるね」


 アンナの許可も待たず、私はキッチンに向かい水瓶から水を汲み一気に飲み干す。一息ついて、顔を水で洗い気分を落ち着かせる。


「お姉さま、本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫。まだ……大丈夫」


 未来の私から聞いた限界まではまだ年単位で余裕があるはずだ。

 とはいえ……これはかなり先が思いやられるな。


 成長したアンナと同じように、私もまた成長し、歳を重ねた。

 つまり、成人に近づいているのだ。それも吸血種の、成人に。


『お前にとってはこれから辛い時期が訪れるだろう』


 未来の私に言われた言葉を思い出す。


『成人になった吸血種にはとある欲求が開花する。種族を反映させるための能力……人間でいうところの「繁殖能力」と共にな』


 性欲とは元来、繁殖を行うために備わっている欲求だと私は言った。吸血種、更に言うなら吸血姫の場合は吸血行為がそれにあたる。


『とはいえ吸血種には性欲というものがほとんどない。それを行えるのは吸血姫だけであるからだろう。本能として、その行為を求めるのは吸血種のサガではあるが、本来は食欲や睡眠欲などと比べるまでもない微細な欲求だ。だが……お前には『色欲』スキルがある』


 幼い頃に起こった『色欲』スキルの暴走は、まだ幼い私が誰かの庇護下に入るために好意を抱いた相手に取り入り魅了するためのものだったのではないかと説明された。そして、力を手に入れたことでその必要がなくなったとも。それが私が暴走と呼んでいた幼い頃の黒歴史がすっかりなりを潜めた理由だった。

 だが……


『成人になったら『色欲』はより厄介なスキルになる。肝に銘じておけ』


 これから起こるのは気になる子にキスしちゃうなんてかわいいものではないらしい。本格的な『吸血衝動』それがやがて私を襲うと未来の私は言った。

 理性で我慢できるような生ぬるい欲求ではない。私が私の理性を、『色欲』を制御できなくなったなら……


『その時、お前は吸血衝動を抑えられなくなる。本物の鬼になるんだ』


「心配してくれてありがとね、アンナ」


 女王の忠告から逃れるように、駆け寄ってきたアンナの髪を優しく撫でる。

 タイムリミットは明確には分からない。吸血衝動が芽生えるタイミングは個人差があり、未来の私は自らのその時を正確には覚えてはいなかったからだ。だから、私は大切な人たちに牙を向ける前に、この力を制御する必要がある。そして、その鍵は現在の吸血姫……イヴにある。


 吸血種について最も詳しいであろう人物、女王の願いとは別に私自身もイヴとやらに会う必要があった。私の身に宿る呪いともいえる衝動を解く方法を探すために。

 或いは……


 ──呪いを解く方法はないと、諦めるために。

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