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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第7章 未来篇

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第376話 天覇衣


 静かに輝く夜空の下で、轟音が響き渡る。

 粉塵が周囲を覆い、深い濃霧に包まれたかのようだ。

 そんな戦場を飛び交う小さな影が二つ。


「はーはっはーッ! 楽しくなってきたなァ!」


 吸血種の動体視力でも追うのがやっとというレベルで縦横無尽に駆け巡る女王。

 影槍や影糸を展開する暇すらもない。ここまで暴力的な身体能力を持つと、魔術戦よりも肉弾戦が手っ取り早く決着がつくのだろう。

 もっとも、相手が今の私でなければの話だが。


「くッ……!」


 女王の放つ右の手刀を左手で受け流す。

 カウンターの要領で右膝によるニーキックを叩き込むが、呆れるほどの反射神経で飛び上がった女王が私の膝に乗り──跳躍。


 後頭部に向けた踵落としに体を捻り、右肘で受ける。

 互いに骨の砕ける音がしたが、一瞬後には元通り。

 何事もなかったかのように殴り合いを続けている。


「はっ、はっ、はっ、はっ……ッ!」


 瞬きをしている暇すらもない、超高速の体術合戦。

 軍式格闘術を師匠から習っていなかったら、今頃縊り殺されていただろう。

 戦況はギリギリのところで拮抗している。その要因は恐らく……


「なかなかやるねぇッ! 流石は私だっ!」


 これほど拮抗した肉弾戦を久しく行っていなかったせいか、女王の動きに若干のぎこちなさがある。私につけ入るスキがあるとすれば……


(……そこだッ!)


 単調な右ストレートを掻い潜り、女王の懐へ。

 超至近距離で密着した状態から、右の肘鉄を女王の胸元に叩き込む。 

 呼吸が乱れた瞬間を狙って、肘先を回転させベリーショートな裏拳を顎先に。


 ──ス……パァンッ!


 綺麗に決まった殴打は高い音を響かせる。手ごたえ、アリだ。

 師匠に教えてもらった実用的な魔術師殺しのコンボ技。肺と顎を打ち、詠唱を封じた後に畳みかける。狙いは……心臓一点。


「──『影槍』ッ!」


 心臓穿つ一撃は女王の胸元へ伸びていき……



 ──ギィィィンッ!



 まるで鋼にでもぶつかったかのように、激しく火花を散らす。

 見ると、女王の胸元を覆うように黒い外套が伸びていた。

 あの魔術は……『天覇衣(あまのはごろも)』とかいうやつか。


(くそっ……あれだけの高等魔術を詠唱なしで術式展開できたのかよッ!)


 完全に見誤った。これならまだ堅く警戒されているとはいえ、心臓を狙った方が良かったまである。いや、違うか。心臓を狙った一撃を女王は待って……


「ははっ……!」


 眼前の女王が笑みを浮かべた瞬間、指先をこちらに向けてくる。

 渾身の一撃を防がれた衝撃の隙を狙われた。これは……まずいッ!


 ──バンンンッッ!


 女王の指先から放たれた魔力が私の左腕を吹き飛ばす。

 回避を始めていなければ、心臓が消し飛んでいただろう。


黒砲(こくほう)──『国崩(くにくずし)』!」


 私が交わしきれないと踏んだのか、至近距離から魔力をぶっ放し始める女王。

 この魔術は先ほど城を半壊させた魔術と同じだが……そうか、溜めの時間によって威力が変わるってわけか。私を殺すには威力よりも速度を重視したと。


(この魔術相手に遠距離戦は分が悪い……こっちも攻めるぞ……ッ!)


 溜めの時間を生まないためにも、私は前に出るしかなかった。

 吹き荒ぶ嵐の中を突っ込むかのように、周囲を抉り取るエネルギーの奔流を掻い潜る。宙を舞う瓦礫の破片を幾つか拝借しつつ……


「──『風舞(かぜまい)』ッ!」


 魔力を纏わせ、即席の弾丸と変える。

 私の投擲を見た女王は『天覇衣』を展開し──ズガガガガガガガッ!──と、まるで散弾銃を食らったかのような断続音と共に受けきって見せた。


 黒砲と天覇衣、矛と盾と形容していたのも頷ける。

 使い勝手も、性能も私が見てきた魔術の中でもトップクラスの良い魔術だ。

 だが、その使い手の弱点はすでに見えている。


(攻撃の手が止んだ……やはり、同時発動はできないッ!)


 複数の術式を同時に展開するのは、魔術師の中でも一握りの天才のみが行える高等技術だ。いや、技術というよりは才能と言った方がいいかもしれない。絶えず変化する戦場の中で、別々の数学の問題集を同時に解くような離れ業。


 私の脳みそでは千年かかっても習得はできなかったらしい。悲しいね。

 だが、攻撃と防御が同時に出来ないというのなら、


「──『月影』ッ」

 攻めて、

「──『影舞踏』ッ」

 攻めて、攻めて、

「──『紅鍔鬼』ッ!!」

 攻めて、攻めて、攻めて、攻め続ければ良い!


 そうすればずっと私のターンだ。いつか女王の防御が緩んだ隙に致命の一撃を叩き込めばいい。その隙まで、攻め続けていれば……


「──ダメだね」


 勝機を見つけたばかりの私を、女王が笑う。


「だから言ったでしょ。ステップ1からだって」


 とんっ、と一歩を踏み出す女王。それは絶妙な間だった。

 私の攻撃の起こりを完璧に見抜いた一歩。たったそれだけで私の一振りは無意味な軌道とさせられる。いや、無意味ではない。女王の身体の右腕から内臓まで深く切り込む一撃だ。普通の人間なら死んでいる。ただ……女王は普通の人間ではない。


 敢えて攻撃を避けず、自らの肉体で受け止めた女王の指先が眼前に突きつけられる。そして……バンッ! という破裂音と共に、私の視界が暗転する。


「君は魔術師としては一流かもしれないが……剣士としては三流だ」


 最後に女王の、そんな言葉を残して。



  ◇ ◇ ◇



 思考、ガ歪む。

 頭ブをヤられた。

 シ界もクライ。

 追ゲキに備エろ。

 デモ……どウやッテ?


 この時の私は女王の追撃に対し行える対処札を持っていなかった。

 目の見ない状態で回避なんて出来る訳もなく、溜められた魔力砲を防ぐような防御手段もない。故に手詰まり、これにてお終い、死ぬしかない。


『窮地に陥った時、咄嗟に手に取る武器は自分が最も信頼している武器だ』


 だから、これは完全に無意識な行動だった。

 反射的な判断だったと言ってもいい。


 とはいえ、完全にヒントがなかったというわけでもない。

 手がかりは女王がずっと見せ続けてくれていた。


 拙くても構わない、ただ心臓を守るだけの密度と面積があれば。

 まさしく蜘蛛の糸を掴むような感覚。できるかどうかは分からない。

 分かる必要もない。ただ私は、その『型』に唯一生存の望みがあると直感した。

 それこそが私の最も得意とする武器だと、そう信じて……



  ◇ ◇ ◇



 爆風が周囲の大地を捲り上げ、おおよそたった二人による戦闘痕とは思えないほどに荒れ果てたその戦場に、小さな影が二つ。未だ、二本の足で立っていた。


「……へぇ」


 一人は女王。美しい顔を驚きに浮かべている。

 それは私が初めて見る彼女の表情だった。


「ボロボロだけど、まあ形にはなってる。これでステップ1は終了ってわけだ。今の一瞬でよく辿り着いたね。そうだよ、それこそが私達に合った最適武器」


 笑みを浮かべた女王が、細く白い指をパチンと鳴らす。


「──ずばり、『()』だ」


 戦場に立つもう一つの影……私は周囲を揺蕩う影を見る。

 無意識に練り上げた影糸、それらが絡み合うことで出来た黒衣を私は纏っていた。流動的に生み出された影糸の集合体、これこそが女王の盾の正体だ。

 衣は糸からできている。当たり前のことだった。

 つまりは……


「影法師──『天覇衣(あまのはごろも)』、おめでとう。君は最強の盾を手に入れた」


 千年後の私が編み上げたのであろう、術式・影法師。

 その究極系に、私は到達したらしい。


 なるほど……私の最適武器は糸、だったか。

 思えば最も使用頻度の高い形が『影糸』だったような気もする。

 無意識のうちから多用していたということは、手に馴染んでいたということなのだろう。

 糸とか、布とかがあまり武器であるイメージが湧かなかったせいでピンと来ていなかったが……今、完全に理解した。命を預けるに足る、武器の名を。


「まあ、いくら最強の盾を持っていてもそれだけでは勝てないんだけどね」


 再生した頭で女王の言葉の意図を嚙み砕く。

 確かに、これは良くできた防御技というだけで勝負を決めるような、いわゆる必殺技の類ではない。だが……今の一撃を耐えたおかげで一つの確信を得た。


「さあ、もう少しだけ続けようか。君がどれだけ私の攻撃を耐えられるか、その覚えたての『天覇衣』で試してみなよ。結局は私が勝……」


「いや、もういいよ。お前の底は見えた」


「……なんだって?」


 確かに女王の持つ魔術は凄まじい。

 それでもはっきりと分かっていることがひとつだけある。

 そして、それが私の“勝因”になるであろうと、私は感じていた。


「お前は私には勝てないよ」


 さあ、今度こそ反撃開始だ。


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