第37話 一級フラグ建築士の戦い
土蜘蛛の赤黒い眼球を漆黒の槍が貫く。
「やったか!?」
って、しまった!
この台詞やってないやつじゃん!
つい言ってしまった!
「…………(ギロリ)」
土蜘蛛の残った目球が一斉に私を見る。
蜘蛛には発声器官がないらしく、叫び声も怒声も聞こえてこない。
だがその目は口以上にモノを言っていた。
やろう、ぶっ殺してやる。と。
「ひいっ!」
これには流石の私もビビった。
というかこの近距離で改めてみると蜘蛛、気持ち悪い。
キモいとかそんなレベルでなく気持ち悪い。生理的な嫌悪感が半端ないです。
まずは体中にへばり付いたこの蜘蛛糸を何とかしないといけないんだけど……うん。外れる気配ないね。
あれ、もしかしてこれ詰んでね?
焦る私の前にゆっくりと近づいてくる土蜘蛛。
その眼球から滴り落ちる黄緑色の液体が私の足を濡らす。
蜘蛛の食事は体外消化、つまりは胃液を相手にぶっかけて中身をすするようにして食べると聞いたことがある。もしそれが本当なら……かなりグロイことになる。
(それだけは……やば過ぎるっ!)
蜘蛛の糸で完全に拘束される前に、私は非常手段に出ることにした。
蜘蛛糸から脱出するためのウルトラC、私は意を決して……
──蜘蛛糸を自分の皮膚ごと切り剥がした。
「ぐ……ぎぃッ!」
影魔法を使い生み出した剃刀のように修練された刃が皮膚を切り裂き、蜘蛛糸と私を分離する。
我ながら強引過ぎる方法だとは思ったが、とっさに思いついたのがそれくらいしかなかったのだ。かなり痛むが仕方ない。
自らの皮膚と服を犠牲に地面を転がるようにして脱出した私は即座に土蜘蛛の足元を駆け抜ける。その際に上方向に向け、影槍を放つのだが……
(いいっ!? き、効いてない!?)
土蜘蛛の持つ魔法抵抗の高さゆえか、影槍はやつの体に直撃するとまるで鉄塊にぶつかった竹槍のようにぴたりと停止してしまった。
柔らかい眼球ならともかく、体毛に覆われた体部分には影魔法でも届かないらしい。
「……これは流石に勝てないね」
即座に痛感した己の実力不足。
幾つものスキルを獲得した。
吸血モードで身体能力もブーストした。
だがまだ足りない。この化け物を殺すにはまだ……足りない。
ようやく『再生』の始まった皮膚の痛みを感じながら私は最終的にそう判断した。ネトゲで何度も指揮を取った経験から、引き際を私は理解していたのだ。
勝てないと判断したなら後は撤退するしか道はない。
もっとも……この化け物を相手にそれが出来ればの話だけど。
地面を駆け抜ける私を追うように土蜘蛛が疾走する。
どうやら逃がすつもりは毛頭ないらしい。そりゃそうか。目玉一つ潰されてるんだしね。
仕方ない。こうなったら……全力で逃げるだけだ!
「ふっ!」
たんっ! と地面を蹴り跳躍。まるで階段のようにごつごつした岩場を乗り越えながら走り続ける。土蜘蛛は確かに驚異的な強さを持っている。だが、あの大きさは洞窟内を駆け回るには向かないはずだ。
機動力と言う意味なら小柄な私の方が上。
追いかけっこならまず負けない!
ちらりと途中で後ろを振り返ると、土蜘蛛は動きを止めていた。
諦めたのだろう。ほっと、安堵するのも束の間、
──バシュッ──
何かを射出する音。見れば土蜘蛛が口から糸の弾丸を放っていた。
まるで散弾銃のように拡散するそれは私の体を貫き、各部に裂傷を刻んでいく。一瞬の油断を突かれた。『再生』のスキルがある私はすぐに死んだりしないが……
「くっ……」
体中を貫かれたことでバランスを崩しながら散弾の勢いに負け、吹き飛ばされてしまう。そしてその先には運の悪いことに氷山のクレバスにも似た縦穴が広がっていた。
それに気付くことも出来なかった私は……
「う、うわああああっ!?」
気持ちの悪い浮遊感と共に奈落の底の底、更なる地下迷宮へと転がり落ちていくのだった。




