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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第7章 未来篇

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第375話 究極体


 私のしようとしていることを直感的に理解した私は、全速力で動き出す。

 結果、それが私の命を救った。


黒砲(こくほう)──『国崩(くにくずし)』」


 女王の指先から放たれたエネルギー、魔力の奔流は倉庫ごと周囲を吹き飛ばす。

 原理さえ分かれば私でも似たようなことは出来ただろう。だが、その規模が段違いだった。




 ──ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!




「………………ッ!?」


 一個人が扱える魔術の領域を遥かに超えた威力、最早これは災害に近い。

 地震のように揺れる城、火事のように燃え上がる周囲、雷に打たれたかのような轟音が耳を穿ち、嵐のような衝撃に体を吹き飛ばされる。上下左右の感覚すらない。ただただ、ひたすらに暴れ回る暴力に身を固めていた。

 そして……数十秒後、ようやく私は周囲を見渡すことができた。


「……ウソだろ」


 唯一つの魔術行使により、城が半壊していた。

 地上に放り出された私の目の前に転がる瓦礫の山。

 まるで災害現場にでも立ち会ったかのような感覚だ。

 あまりの光景に呆然とする私に、


「……ルナ、さん」


 近くの瓦礫の下から、聞き覚えのある声。

 額から血を流すクロナ神父がこちらを見ていた。


「クロナ……良かった、無事……な訳ないよね」


「ええ、ですが運が良かった……瓦礫がギリギリのところで壁になってくれたらしく……いえ、それより一体何が?」


「わた……女王が私を殺そうとした。それで戦闘になって……」


「なんと……」


 周囲を見渡す私に、クロナ神父が驚愕の声を漏らす。

 私と女王が争いになったことについてなのか、その戦闘規模に対してのものなのか……まあ、どちらもか。


「とにかくここを離れよう。女王は狂ってる。逃げないと」


「ええ、ですが……すみません。足が……」


 瓦礫の下からクロナ神父の身体を救出するが……足が酷く腫れている。

 骨が折れているのだろう、これでは立つことすら難しい。


「肩を貸すよ」


「すみません」


 クロナ神父の腕を肩に回し、力任せに立ち上がらせる。

 痛みに呻くクロナ神父を励ましながら歩きだしたところで、


「──逃げるの?」


 瓦礫の山の上から、女王の声が響く。


「思ったよりも根性がないんだね。本当に私?」


「……そういうレベルの話じゃないだろ」


 確かに女王の力を目の当たりにして、戦意がちっとも衰えていないかと言えば嘘になる。恐怖だって感じている。だが、それは敗北や死に対する恐怖ではない。


「お前……どうしちまったんだよ。こんな風に周囲を巻き込んで、今ので一体何人の人が死んだと思ってる? お前の部下だってたくさん巻き込まれた。戦ってる場合じゃないだろう? お前こそ、本当に私か?」


 私が感じている恐怖、それは目の前の人物が未来の自分だと思えないことに起因する。アイデンティティ、自我、そう言った価値観が崩れていくような気分だ。


「別にいいでしょ。どうせ誰がやったかなんて誰も覚えていられないんだし。ああ、研究区画には影響しないように力加減しといたからノラは大丈夫だと思うよ。死んでても()を待てばいいだけだし、別にいいけど。あなたさえここで始末できれば、ね」


「…………」


 私は自分が自分勝手な人間だと理解している。

 だが、それはあくまで自己の利益に対する犠牲でしかない。

 こんな風に、しなくてもいい被害を生み出すようなやり方は許容しない。


「本当にどうでもいいんだな。この世界のこと」


「まあね。私が過去に帰れば、どうせ無かったことになる世界だ。あなたにとってもそれは都合の良い展開なんじゃない? 大切なお友達の死がなかったことになるんだから」


「…………ッ!」


 そう言う話ではない。そう言う話ではないんだ……私。

 困っている人がいるのなら助ける、それがたとえ見ず知らずの人でも。

 無差別に死を振り撒く今のあなたに、人の心はあるのか?

 少なくとも私が私に課した生き様とは反する。


「……過去は過去だろ」


「ん?」


「取り返しがつかないから、やり直しができないから、壊れたらもう戻らないから大切だって思えるんじゃないのかよ。二度目の人生を貰って、その人生の結論がその価値観なのか?」


「…………」


「過去の自分とは言ってももう他人みたいなもんでしょ、そいつの人生貰ってそいつのフリして生き直そうなんて……ダサすぎるでしょ」


 女王は時間移動を個人の視点で解釈していた。

 ならば、彼女にとっての千年は既に終わっている。

 今から過去に帰ってやり直すというのなら、それは私の人生を奪い取っていることに他ならない。


 いや、それを悪いとは言わない。気持ちは痛いほどに分かる。

 大切な人にもう一度会いたいと願うことのどこが悪いというのか。


 だが、それでも……死者を蘇らせてはいけないのだ。

 それが大切であればあるほど、超えてはならない一線がある。


 それは私が大切な友達……ノアと分かち合った価値観だ。

 もしも女王(わたし)がそのことを忘れてしまったというのなら、思い出させてやる。


「お前はもう失ったんだろ? だったらいい加減にそれを認めろ。それすらできずに私から皆を奪おうって言うのなら……私はお前を許さない」


 クロナ神父の身体を地面に寄せつつ、私は魂の脈動を感じていた。

 内側から燃え上がる熱量、私はその力の源を知っていた。


「ごめん、少しだけ待たせる」


「それは構いませんが……勝てるのですか? 相手は女王、ですよね?」


「勝つよ。この戦いだけは勝たなきゃいけない。だから……血、貰うね」


 クロナ神父の額から流れる血を舐めとると、更に身体が熱くなる。

 相変わらず()()()()の相乗効果は半端じゃないな。


「……私に勝つって? 千年前の小娘が、この私に? 魔力操作も、修得魔術数も、身体技能も、戦闘経験も、何一つ私に勝る部分がないのに?」


「ああ、それでも闘わなきゃいけないんだよ。だって私は……」


 握る拳に力を込め、女王へ向けて駆けだす。


「──男の子、だからねッ!」


 迫る私に、女王が両手を向ける。


「大黒天──『天影糸』ッ」


 詠唱に合わせて私と女王の間に、無数の匣が現れる。

 視界内に生み出した魔力を基点に発動する射程無限の大黒天。なるほど、私が使える技は全て向こうも扱えるってわけだ。とはいえ……


 ──ズ……ドンッ!!


 今の私の身体能力なら、影糸如きに捕まるわけがない。

 周囲に展開された影糸の包囲網を、身体能力のみで突破する。

 加速に次ぐ加速で私の足元が爆発したかのように爆ぜていく。

 吸血種の身体能力でもあり得ない速度だ。私が女王と戦うのが初めてなように、女王も私と戦うのは初めてのはずだ。故に、最初は目測を誤ると思っていたよ。


「なん…………ッ」


 弾丸のような速度で女王に肉薄した私は、女王に向けて肉弾戦を仕掛ける。

 女王も並外れた身体能力と反射神経を持っているが……今、はっきりと分かった。純粋な身体能力では、たぶん私が上だ。


「遅いね」

「────ッ!」


 構えを崩した私の拳が……女王の綺麗な顔面を捉える。

 速度の乗った一撃は女王の身体を簡単に吹き飛ばす。


「忘れてるみたいだから教えてあげるよ。男の子はな、好きな子のためならなんだってできるんだよ」


 私が過去に残して来た皆の顔を思い浮かべるたびに、力が湧いてくる。

 女王が私に成り代わるというのなら、きっと彼女との関係もそっくりそのまま盗まれる形になるだろう。所謂NTRってやつだ。想像しただけで腹が立つ。


「私のことだ、過去に戻りたい理由なんて言われなくても分かる。もう一度会いたい人がいるんでしょう? それが誰かは敢えて聞かないけどさ……」


 これは今までの守る力とは少しだけ違う発現方法になる。

 守るための力ではなく、奪われないための力。

 大切な人のピンチにだけ発動してきた、私の奥の手……


「──私の大切な人たちに、手を出すな」


 ……獅子王、降臨。


 今の私は吸血モード+獅子王モードの究極(アルティメット)ルナちゃんだ。

 ここまでは劣勢が続いていたが、ここからは……


「はっ……若いね」


 身構える私に、鼻血を垂れ流す女王が血の混じった唾を吐き捨てる。


「何も失ったことのない人間が、失った痛みを語るなよ」


「…………」


 顔を上げ、こちらを睨みつける女王の表情には明らかな怒りが滲んでいる。

 美人の怒った顔……怖いな。


「どれだけ着飾った言葉を並べ立てたところでお前の言葉には核がないんだよ。頭で想像した理想ばかりで、ちっとも現実が見えちゃいない。私はお前だぞ? 現実を……失う痛みを知った私は必ずこうなる。だってお前は私なんだから」


 左手を真横に伸ばした女王、ぽつぽつと等間隔に並ぶ匣が明後日の方向へ伸びていく。

 なんだ……何をしている……?


「守れるものなら守ってみろ」


 匣から伸びた影糸が、まるで触手のように瓦礫の山に入り込む。

 そして、瓦礫の山から一人の人族を引きずりだした。

 こんな時に人命救助か? と思ったが、女王はそのつもりはないようで影糸に絡まった女性を引き寄せると、その首元に顔を寄せる。そして……ズブリ、と鋭い牙を突き立てる。

 ビクン、と震えた体を見るに女性はまだ生きている。ということは……


「はぁ……美味い……久しぶりだ、この味、何年振りだろうか……」


 吸血スキルが発動する。発動するが……


(嘘、だろ……)


 ビキッ、ビキッ! と脈動するように伸びていく女王の角に、悟る。


 今の今まで、この女……()()()()()()()()()()()()()!?


 ノーマルモードで、吸血モードの私を圧倒していた。

 その事実が、到底信じられなかった。


「この私に血を吸わせたんだ。お前のその威勢、尽きてくれるなよ?」


 にやり、と笑う女王の笑顔は最早人のものではない。

 鬼……いや、それよりももっと恐ろしい。

 魔王が、そこにいた。

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― 新着の感想 ―
なんだろう…あの、某ハンティングゲームの金色のアレを彷彿とさせる… 通常個体と激昂個体の対比っぽくてなかなかの絶望感。 今の女王が過去に行っても師匠とかオスカー氏がすぐに気づいて黙ってない気がする。…
あと3回も変身を残しているのか…?! もうダメだオシマイダー ルナがんばれ!ルナに負けるな!
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