第373話 最終決戦
女王の元へ向かう直前、私はノラへ一つのお願いをした。
「血を吸わせて欲しいって……一体どうして?」
「女王と戦いになる可能性もあるからさ。常に血を吸って過ごしているこの国の吸血種に対抗するためには、私も血を吸って力をつけておく必要がある」
「それはそうかもだけど、でも……いいの? ルナはその……人族と同じ姿であろうと今まで頑張って来たんじゃない? 血を吸ったら、角とか……」
「良いんだ」
「で、でもでも……その、いきなり角とか伸びてたら警戒してるってのが女王にバレちゃうんじゃない?」
「それも大丈夫。対策はあるから」
角の部分だけを折れば、ぱっと見で普段の私との違いには気付けない。
吸血種の目をもってしてもこの変装を見抜くことはできないだろう。
「でも……」
両手をもじもじと組み、心配そうにこちらに見るノラは私の姿が変わることを懸念しているようだった。確かに、これ以上伸びてしまうと前髪で角を隠すことさえもできなくなってしまうだろう。だが、それでも……
「本当に良いんだ、ノラ。だからお願い、やらせて欲しい」
「……分かった」
最後まで迷っているようだったが、最終的に私のお願いをノラは承諾してくれた。私が血を貰おうと近寄り、肩に手を置くとびくりと体を震わせる。
「それじゃあ……」
「あ、あ、ちょっと待って!」
「ん?」
「その……ここだと人目があるから、その……」
そう言えば血を吸われた人は、なんというかその、少しだけ恥ずかしい感じのことになるんだったか……これは私の配慮不足だったな。
「わかった。それじゃあ私が使ってる客室に行こう。そこなら誰も来ないはず」
「う、うん……」
顔を赤くしたノラの手を引き、客室へ向かう。
吸血後は力が抜けてしまうこともあるみたいだし、すぐ横になれるようにベッドでやったほうがいいか。
「こっちおいで、ノラ」
手招きしてノラをベッドに腰掛けさせる。その間もノラは借りてきた猫みたいに大人しかった。体がかちこちに緊張しているよう見える。
「ルナ、あのさ……ノラ、初めてだから……優しくしてほしい」
なるほど、血を吸われるのは初めてだったのか。
確かに、自分の血を吸われるのは怖いと感じてもおかしくない。
「分かった。最初は少し痛いかもだけど、すぐに気持ちよくなるよ」
「う、うん……ルナの頼みだし……頑張る」
「それじゃあ……」
緊張からか、ぎゅーっと目を固く瞑っているノラの上着のボタンを一つずつ外してやる。鎖骨から伸びる方が良く見えるよう、上着をズラしていくと真っ白な肌が露になっていく。
あれ……なんか、今更だけど……やたらえっちじゃないか? これ。
(いやいや、これは女王対策で必要なことだから)
私が思考の沼に嵌りかけていると……
「ルナ……いいよ?」
私が気を使っていると思われたのか、ハグを求めるように両手を広げるノラ。
うん、もういいや。えっちでもなんでも。可愛いから。
◇ ◇ ◇
「吸血モードになると、頭の方も冴えてきたりするのかね。賢者モードとでも名付けようか? 君の推察は当たってるよ」
目的を問い詰める私に、女王はあっさりと答えを告げた。
「君の言うように、私の目的は過去に帰ることだ。ここで君を殺して、成り代わる。姿の変化に関しては、こっちの時代で過去に帰る術を見つけるのが遅れたからで説明すればいい」
「……つまり、私を過去に返すつもりは最初からなかったってわけだ」
「まあね」
女王の雰囲気は、冗談を言っているようには見えない。
こいつは本気で私を殺して過去に戻るつもりらしいな。
「なぜ、そんなことを……」
「君は気付いているんだろう? 私が他人から認識されなくなっていること」
「……」
「多分、タイムパラドックスの弊害なんだと思う。過去に戻って未来を変えてしまった私は世界の異物とでも呼ぶべき存在になってしまったのさ。その結果、世界から弾かれた。千年前からずっとね。私は他人に認識されない身体にされてしまったのさ」
女王が認識阻害の魔術を使っていないことは分かっていた。
故に、女王の記憶が残らないことには何らかの理由があると思っていた。
とはいえ……
「千年前からずっと……他人に認識されなかった、だって?」
軽い口調で語る女王の人生を想像し、私は絶句した。
その人生の辛さに、ではない。その辛さが想像すらできないことに対して。
「まあ、例外もいたけどね、そんなものも本当に極僅かさ」
口元を歪め、笑みを浮かべる女王。
「私は逃げたんだよ。孤独の恐怖から。その結果、皆死んでしまった。だから私は過去に帰ってその罪の清算を行わなければならない」
「罪の清算って……その為に自分自身を殺すっての?」
「自分なら別にいいんじゃない? 代わりはいるわけだし」
「…………」
なんとも自分勝手な理屈を用意したものだ。流石は私。清々しいまでに自分勝手な滅茶苦茶理論だ。これはちょっと……説得は無理かも。
「納得してくれた? なら、私のために死んでくれる?」
「んなわけ」
「だよね」
笑顔を浮かべ、片手を頭上に掲げる女王。
その周囲に魔力が集まっていくのが、見える。
「影法師──『鬼装天凱』」
生み出された無数の武器が、振り下ろされた女王の手に合わせ私へ殺到する。
「ちっ……!」
こいつは本気で私を殺す気だ。だったら私も覚悟を決めなければ。
私と本気で殺し合う覚悟を。
「影法師──『鍔鬼』ッ!」
右手に刀を生成した私は飛来する武器の一つ一つを弾き返し、撃退する。
傷を治す為に『再生』スキルを使っていては、長期戦において不利になる。魔力の消耗を抑えるために、負傷は避けた方がいいだろう。
「さて、ステップ0は達成として……次はどうかな?」
「──っ」
飛来する漆黒の武器、その速度が徐々に早くなっていく。
私の持つ風系統の魔力性質……何かを飛ばすのは得意ってわけだ。
だが、影魔術が術者の手元を離れても消えないのはなぜだ? 『黒鉄の水』と同じ性質を私がたまたま持っていた? いや、アレはヴォルフが土系統の魔力性質を持っていたからこそできた芸当のはず。私に使えるとは思えない。
「殺し合いの最中に考え事? 随分と余裕じゃない」
笑う女王の声に意識を取られた瞬間、私の右足に激痛が走る。
見ると、背中側から飛んできた剣に太ももを貫かれていた。
そうか、この魔術、後ろからも飛ばせたのか。
「だけど、その程度の能力じゃあ……死ぬよ?」
痛みと衝撃にバランスを崩した私へ、女王の武器が襲い掛かる。
過去一番の最高速で飛来するそれらを、私は回避することができなかった。




