第369話 初期作成の武器選びは慎重に
決死の覚悟で臨んだ交渉後、私達三人は王城にて歓待を受けていた。
豪勢な食事に、清潔な客室、城内で働く従業員も私達のことを貴賓扱いしてくれている。これが貴族の暮らしって奴なのかね。確かに悪くはない。
とはいえ、ノラは『ノアの箱舟』の術式開発に、クロナ神父は未来の私と今後の友和案をまとめるために話し合いに出向いたりと多くの時間を拘束されている。完全に自由なニート生活を許されているのは私だけなのだが。
「ルナ、ここの料理すごいね。全部おいしいよ」
ノラと会えるのも食事の時間くらいのもの。
食べ放題形式のレストランで皿一杯に料理を詰め込んで現れたノラに思わず笑みが零れてしまう。
「だからって食べ過ぎないようにね」
「パパが研究は体力勝負って言ってたから大丈夫。カロリーは脳で消費してる」
喋りながらノラはバクバクとすごい勢いで料理を口に詰め込んでいく。
なんだかやる気に満ちている感じだ。両親に再会できたのも影響しているのだろう。
かつてないほどの活力をノラから感じる。
「その様子だと研究は順調って感じなのかな?」
「もぐ……ごくん。それがさ、全然なんだよね」
「あれ、そうなの?」
「ここにある魔術書はどれもすごくてさ、魔術の基礎の基礎すらノラは今まで理解してなかったんだなってようやく分かったの。だから……」
「だから?」
「すごく楽しいんだ、今」
食べていた手を止め、そう言ったノラはしかしまったく楽しそうな顔をしていなかった。むしろ、その表情はどこか寂しそうで……
「……あまり根を詰めすぎないようにね」
「え?」
「私のためとかは考えなくていいからさ。どれだけ時間がかかっても私は構わないから、ノラは自分の時間を最優先してね。両親ともやっと再会できたわけだし」
「……うん」
念願の両親との再会の話を持ちだしても、ノラの表情は晴れない。
私はまだ会ったことはないが、魔術研究のチームに合流したことで両親と再会できたという話は聞いている。だが、そんな嬉しい出来事があっても未だ晴れ切らない表情を浮かべているということはやはり、彼女の中でまだ折り合いのついていない感情があるのだろう。
「……楽しいって言った気持ちは嘘じゃないんだ。でもね、ノラだけこんな風に楽しんじゃっていいのかなって思うんだ」
遠くを見るノラの瞳にはここにはいない誰かが映っているようだった。
だから……
「良いに決まってる」
「え……?」
私は強く断言してみせる。
「自分の一番の味方は自分だよ。だから、そんな風に自分を追い詰める考え方はしないであげて」
ノラは元々自己肯定感の低い子だった。だからこそ、何かあった時に誰かのせいに出来ず落ち込んでしまう気質があるのだろう。
それが悪いとは言わない。誰かのせいにばかりしていても、自身の成長は望めないからね。ただ、やはり物事には限度というものがある。
「とことん自分に甘くなれって訳ではないけどさ、なんていうかその……どんな時でも自分だけは自分の味方であってあげるべきかなって、私はそう思うよ」
この世に完璧な人間はいない。
失敗を経験したことのない人間もまたいないだろう。
ならば、失敗をすることは悪いことではない。悪いのは失敗を恐れて何も行動しなくなること、失敗を失敗として受け止め糧にしないこと。
そして、それは決して、後悔し続けろという意味ではない。
「ノラは幸せになるべきだ。それは生きている者の権利であり、義務だから」
「…………」
うまく気持ちを言語化できたか自信はないが、ノラは真剣な表情で話を聞いてくれた。頭の良い彼女のことだ、きっと私の言葉の意図を汲んでくれる。
「ルナは……その、なんていうか、恰好いいね」
「え? そうかな。久しぶりに言われたかも、そんなこと」
「うん。ルナは恰好いいよ」
可愛いだとか綺麗とかはよく言われるが、格好いいと言われたのは久しぶりな気がする。男の子マインド的にはちょっと、いやかなり嬉しいね。
「ノラもそうありたいと思う。だから……ノラ、頑張る」
ぎゅっ、と拳を握るノラの瞳には決意が滲んでいた。
「よし、早速研究に戻るよ。また夜に会おうね」
「うん、分かった。またね」
ノラと手を振り別れる。少しは元気づけられたかな?
だったらいいんだけど……
「さて、私も頑張るとしようかな」
食事を終えた私はテーブルを立ち、歩きだす。
ノラが迷っていた原因はレイチェルのことだろう。
私も未だに考え続けている。私にもっとできることはなかったのかと。
その結論はやはり変わらなかったけど。
(私はもっと強くならないとダメだ。ノアを守るためにも)
未来の私から頼まれたノアを守るという約束。
話を聞く限り、ノアの一件は引き金になっただけで戦争の火種は既に生まれている。もしもこれから戦乱の時代が始まるというのなら、せめて周りの大切な人を守り抜くだけの強さが必要だ。
だから……私は私を強くする師匠を求めることにした。
固く閉ざされた荘厳な扉を開き、私は私と対峙する。
「あれ……? え? どうして……?」
玉座の間には、突然現れた私に驚く女王……ルナ・レストンがいた。
だらしなく椅子に座っていたらしい私は、背筋を伸ばして座り直す。
いきなり入ってくると思っていなかったのか、びっくりしている様子。
確かにバッドマナーかもだけど自分に気を使う必要もあるまい。
というわけで私は早速用件を伝えることにした。
「……頼みがあって来た。私を強くしてほしい」
「え、っと……え? なんのために?」
「決まってるでしょ。皆を守るためだよ」
もしも私に力があれば、レイチェルは死なずにすんだことだろう。
ならば、あれは私の『失敗』だ。そして『失敗』は活かさなければならない。
「そういうことなら……まあいいよ、ならステップ1だ」
「ステップ1?」
「そ、強くなるって言っても段階があるからね。いきなり奥義を教えても基礎がなってないと意味がない。戦い方の基本はまずどこから始まると思う?」
「えっと……実用的な魔術の修得、とか?」
「違うよ。まず己を知ることから始めるのさ」
そう言って玉座から立ち上がったルナは、頭上に手をかざす。
「大黒天──『鬼装天凱』」
詠唱と共に生まれた巨大な影、そこから超高速で何かが飛来する。
「…………っ」
思わず身構えた私の足元に次々と突き刺さるそれらの影は、剣や斧、槍や刀といった大小様々な武器だった。恐ろしく早い魔術行使、私ですら見切れないとは。
長く生きた分、私よりは強くなっているだろうと予想して師事してもらいに来たのだが……こいつ、底が知れない。一体どれだけの修羅場を……
「ほら、早く選んで」
「え?」
「武器だよ、武器。戦い方を教える前にまず知ることがあるって言ったでしょ」
そこまで言われて、ようやく私は私の意図を理解する。
「これから君には自分に合った最適な武器を見繕ってもらう。それがステップ1だ」




