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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第7章 未来篇

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第368話 男の涙は見ないふりをしてあげて


 ファンタジーゲームによくある玉座の間をそのままイメージして作りましたと言わんばかりの大広間で、最奥の大椅子に座る私そっくりの少女。

 おいおい、一体これは何の冗談だ?


「え、なんで……? ルナが……二人?」


 ノラも戸惑っている様子で、私と部屋の主を交互に見比べている。

 そっくりの私達だが……それでもまったく同じというわけではないな。相手の方は私よりも髪が長く、額の角が鋭く伸びている。目の下に溜まった隈も、どこか陰鬱とした雰囲気を醸し出しているように思う。


「イレーサ、もう下がっていいよ。ありがとね」


 主の命令に、背後にいた従者は恭しく一礼すると扉を閉めて部屋を後にする。

 密室にされたわけだが、目の前の少女からは敵意や圧迫感を感じない。

 それもそうだ。まず見た目がただの女の子だもの。私と敵対してきた相手も、今の私のような感覚を味わっていたのだろうか。


「さて、まずは私が誰か、と言う話からした方がいいだろうね」


 態度だけは大きなその少女は立ち上がると、漆黒の外套を羽織って歩み寄る。

 目の前まで来られると身長も向こうの方が少し高いことが分かる。十代後半くらいの外見だろうか。胸元は全く変わってなさそうだが。


「ちゃんと見てる?」


「え?」


「使えるでしょ、『鑑定』」


「あ……」


 なんだ、そっちか。いきなり指摘されてびっくりしてしまった。

 確かに正体を見極めるには『鑑定』が一番か……よし。


【ルナ・レストン 吸血種

 女 1024歳

 LV90

 体力:320/320

 魔力:10520/10520

 筋力:250

 敏捷:262

 物防:212

 魔耐:171

 犯罪値:7241

 スキル:『鑑定(100)』『システムアシスト』『陽光』『柔肌』『苦痛耐性』『色欲』『魅了』『魔力感知(100)』『魔力操作(100)』『魔力制御(100)』『料理の心得(100)』『風適性(100)』『闇適性(100)』『集中(100)』『吸血』『狂気』『再生(100)』『影魔法(100)』『毒耐性(100)』『変身』『威圧』『獅子王』『感知(100)』……】


 確かにこいつ、私だ。持っているスキルまで一緒だし、魔力の極端な多さを見るに疑いようがない。というか、色々とヤバいな……魔力がなんか私の倍くらいまで増えてるし、スキルも熟練度が100でカンストしている。犯罪値? もとんでもない値になってるし。まあ、どういうステータスなのか分からないからどうでもいいっちゃいいのだが。あとは……年齢か。


「なるほどね、あなたがどういう存在かは分かったよ」


「推理パートはもう終わり? 考察を聞かせてもらっても?」


「あなたは私だ。それも()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだろう」


「…………っ」


 私の言葉に、周囲の二人が息を呑むのが分かった。

 未来に来る際にノアから聞かされていたタイムパラドックスに関する話。

 その中の一つに、もう一人の自分と出会う可能性も示唆されていた。

 かなりの確度をもって答えた私の台詞に、


「正解だ。なんだ、思ったより頭良いじゃん私」


 と、私……ルナが笑みを浮かべて答える。


「……でも、なんでそんなことになったのかが分からない。この先に私が過去に帰れるってことはもう確定してるってこと?」


「いいや。それはまだだね」


「そうなの?」


「うん。これは実際に時間旅行を経験した者にしか観測できないことなんだけど……例えばの話、私が過去に戻ってノアを殺したとすると、私は一体どうなると思う?」


「え……?」


「要は『ノアの箱舟』を使える者がいなくなった場合、どうなるのかって話さ。私が未来で『ノアの箱舟』を使い過去に帰還したとして。その後、『ノアの箱舟』の使用者が死んだ場合、私は未来で『ノアの箱舟』を使うことができなくなる。つまり……」


「……タイムパラドックスだ」


「そう、賢い子がいるじゃない」


 私よりも先にノラが話の流れを掴んだらしく、私にも分かりやすい言葉でルナの言いたいことを説明してくれた。とはいえ、その単語にも馴染みのないクロナ神父は話についていけていないらしく頭にハテナマークを浮かべていた。


「えと……すみません。タイムパラドックスとはなんです?」


「有名な『親殺しのパラドックス』を始めとした時間旅行における矛盾のことだよ。過去に戻って自分が生まれる前に自分の親を殺した場合、自分は生まれなくなることになるだろう? その場合、未来から過去に行き、親を殺したという行動自体もなかったことになるのでは? という思考実験のようなものだね」


「なるほど……で、一体その場合どうなるのです?」


「それを先ほど聞いたところなんだけどね。まあ、考えても答えがでるようなものでもないから言っちゃうと……どうもならない、が正解だ」


 肩を竦めて、詰まらなそうな表情を浮かべるルナ。


「時間軸における因果というのは互いに干渉しないもののようでね、親を殺した後は何事もなく親がいなくなった世界を生きることになる。世界と言うマクロな視点で見れば起きている矛盾も、個人と言うミクロな視点で見れば何の矛盾にもなり得ないのさ」


「……あなたはそう観測した、ということだね」


「そうさ。だからこそ、あなたがこれからきちんと過去に戻れるかどうかは保証できないんだよね。私視点での未来は未確定だから」


 なんだか難しい話になってきたな……ついていけるか私?

 とりあえず疑問点から解消してみよう。話はそれからだ。


「でもさ、あなたも一度は過去に戻ったわけでしょう? 未来に跳んだ事実そのものはお互いに共通しているはずだし、あなたの場合はどうやって帰ったの?」


「普通にノアに送ってもらったのさ。約束通り、たったの五年で帰還用の術式を構築してね」


「でも、だったら私はどうして……」


 言いかけて、気付く。なぜなんて、そんな理由は一つしかない。

 先ほど、ルナが言っていたことだ。つまり、あれは仮定でもなんでもなく……


「気付いた? うん。そうなんだよね。私が過去に戻ってすぐ、つまり君が未来に跳んでから一年後くらいだったかな……ノアは死んだんだよ」


「…………」


 私の未来にノアがいなかったということはつまり、そういうことでしかない。


「一体、どうして……」


「因果な話さ。ノアは『ノアの箱舟』を完成させてしまったから死亡した」


「……どういうこと?」


「考えてもみてよ、時間旅行なんて神様みたいな術式を完成させておいて世間が放っておくと思う? ノアの存在を知った各国は、ノアとその術式の奪い合いを始めたのさ。それが第一次魔術大戦の始まり」


 第一次魔術大戦。その言葉には聞き覚えがあった。

 エルフリーデン王国が滅ぶきっかけになった歴史の転換期。

 図書館でその記述を見た時に、あまりにも私が生きていた時代と近いことに驚いたのを覚えているが……そうか、そういうことだったのか。


「『ノアの箱舟』は危険な術式だ。誰かの手に渡るくらいなら、誰の手にも渡らないように葬った方が良いと考えられるくらいにはね。その結果、ノアは刺客の手によってこの世を去ることになった」


「…………」


「それで大戦が終われば良かったんだけどね、そこから色んな国を巻き込んだ泥沼の戦争期に突入しちゃって……まあ、この先の話はいいか。今は、今の話をしよう。今日は交渉のために集まってもらったのだからね。百八番街の反乱については聞いているよ。君達の要求はなんだい?」


 いきなりの展開に面食らったが、確かに私の言う通り、今回ここに来た目的は交渉だった。私がクロナ神父に視線を向けると、彼は一度頷いて話し始める。


「私達は吸血種との共生を望んでいます。あなた方は人族の血がなければ生きていけないことは理解しています。だからといって無茶な献血や、悪戯に人族の命を弄ぶようなことはして欲しくありません。これ以上、互いに憎しみを増やす行為は愚かな歴史の再来を呼び込むことでしょう。ですので……」


「いいよ。認めよう」


「最初は困難に思えるかもしれませんが……え?」


「君の主張を認めよう。百八番街に限らず、今後は人族への理不尽な要求を控えるように沙汰を出す。具体的な法令案は今後詰めるとして、まずはその実行をミストフルの国王として明言しよう。これで納得してくれるかい?」


「それは……はい、もちろん」


 話の流れをいきなり断つように承諾した女王に、私達も困惑が隠せない。

 交渉のテーブルについた以上、こちらの要求を呑む余裕はあると思っていたが、ここまであっさりと譲歩されるとは思っていなかった。


「で、その代わりと言ってはなんだけど……ルナにお願いがあるんだ」


「私?」


「ああ。いつか君が現れるであろうことは分かっていた。だから、君には過去に戻った後のことについてお願いしたかったんだ」


 瞳を伏せ、私に近寄ったルナは、ぽん……と、私の肩に手を置く。


「……過去に戻ったら、ノアのことを守ってあげて欲しいんだ」


「それは……戦争を起こさないため?」


「はは、私なら私がそんな殊勝なキャラじゃないって分かるでしょ。確かに戦争は悲惨なことだけど、私にとって重要なのはそこじゃない。どこの馬の骨とも知れない誰かじゃなくてさ、私は私の大切な人を守って欲しいんだよ」


 私の肩に置かれた手に力がこもる。


「それは、ノアのこと?」


「……他にもたくさんだよ」


 重たい手と、口調だった。私は一体、誰を失ったのだろう。

 誰を失えば……これほど悲しい顔ができるのだろうか。


「それさえ守ってくれれば私は満足だ。ルナが過去に戻るための協力も惜しまない。ああ、そう言えばルナをこの時代に呼んだ術者がいるはずだよね? その人は今、どこに?」


「それは……」


 ルナの言葉に、つい隣のノラに視線を向けてしまう。

 それだけでルナも気づいたらしく、そちらを見る。


「もしかして、この子が?」


「……ノラ・グレイです」


 私そっくりの外見のルナに、どう反応すればいいか分からないようで、視線だけは離さず警戒する様子でぺこりとノラが頭を下げる。その様子にルナはぱっと表情を綻ばせた。


「すごい、こんなに若い子だとは思っていなかったよ。しかも、グレイってことは魔術一族の出身ってことだよね。百八番街にまだいたとはね……ん? あれ、そう言えば少し前にグレイ家の人間を保安局が逮捕していたような……?」


「…………っ」


 腕を組み、考え込む仕草を見せるルナにノラがぴくりと反応する。


「法令を無視したことは悪いことだと分かってる……けど、だからってパパとママを殺す必要なんてなかったはず……ノラは今日、そのことを聞きに来た」


 震える声ではあったが、ノラは女王に向け、精一杯の怒りをぶつけていた。


「あなたが王様だって言うなら、なんでこんな世界を作ったのさ!」


 ノラの言葉はこれまで彼女が我慢し続けてきた感情の発露だったのだろう。

 思えばノラは大切な人を失いすぎている。それも病気や怪我といった、どうしようもないことが原因ではない。この国のシステムを作った張本人に詰め寄りたくなるのも仕方がないことなのだろう。

 この一国民の叫びに対し、国王がどう反応するのかだが……


「えっと……ごめんね、それ、たぶん誤解だよ」


「え?」


「魔術は戦争の引き金になることもあるってのは説明したよね。民間で勝手に魔術の研究をされると困るから、魔術の研究を行う者は中央で監視することにしているんだ。つまり……君のご両親は死んでないよ。今も生きている」


 女王の口からあっさりと語られた真実に、ノラはぽかんと口を開けていた。


「ほ、本当……?」


「本当だよ。この後すぐに会わせてあげるね。その代わり、魔術の開発に協力はして欲しいかな。ご両親もやってる『ノアの箱舟』の研究なんだけど、きちんとした環境で学べば君の才能ならすぐに完成させることができると思う。ルナが過去に戻るために必要なことだし、協力してくれるよね?」


「……パパとママに会えるなら、なんでも……っ」


「よし、決まりだね」


 パン、と手を叩いた女王が話をまとめにかかる。

 終わってみれば、全員の要求が通った形になる。

 あまりにも呆気なく話がまとまったから肩透かしな感じは否めないけど……誰もが納得できる結末があるのなら、それを選ばない理由はない。


「その、ありがとう……私」


「はは、自分に感謝されるなんて変な感じだね。でも、感謝されるようなことは何もしていないよ。地方の吸血種の暴走を止められなかったり、私のせいで傷ついた人がたくさんいるんだから。そっちの神父さんもその一人なんでしょう?」


「……いえ。構いません。過去に何があったとしても、大切なのは未来ですから」


「お、すごくいいセリフだね。確かに、大切なのは未来だ。では改めて、人族と吸血種の未来のために……これからもよろしくね」


 ルナの方から伸ばされた握手を求める手に、一瞬だけ躊躇ったあと、クロナ神父は握手に応じて見せた。


「ようやく……妻と娘の死にも意味ができました」


 ふいに零れた……一筋の涙と共に。


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― 新着の感想 ―
元の時代で、ルナの家族や友人に何かが起きるということか… 未来世界はこれにて一件落着ってことか でもこんな風に話せばわかるんだったら、レイチェルお嬢様が死んだのは貰い事故みたいに運が悪かったってことな…
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