第36話 土蜘蛛攻略作戦
吸血により、私のステータスは急上昇した。
だけどそれでもまだ足りない。
土蜘蛛のステータスとは10倍近い隔たりがある。
それを乗り越えないことには勝利はない。
「……っ」
痛みを感じて左腕を見れば、斬り飛ばされた肘から先。欠損した部分からうにゅうにゅと肉が盛り上がり『再生』が始まっていた。
これは新しく手に入れたスキルの一つ。
魔力を消費して肉体を再生させる吸血鬼の種族スキルだ。
血を吸った状態、つまり吸血モードに入った間だけ使える専用スキル。
このモードがどれだけ続くかは分からないけど、今は考察している場合じゃない。
凶悪な牙をひけらかし、威嚇してみせる土蜘蛛。
ははっ……駄目だ。全然怖くないよ、それ。
これは『狂気』の影響なのかな?
今の私に恐怖という感情はない。
あるのはただ純粋な戦闘本能だけ。
目の前の敵を排除し、己の生を確定させる生存本能だけ。
時間にして20秒近く。
ようやく再生した左手を握り、感覚を確かめる。
うん……大丈夫。これならいけそうだ。
さて、待たせたな。土蜘蛛。
こっからが……本番だ!
「ふっ……!」
吸血モードの敏捷性は元の倍を超える。
私は持てる力すべてを使って、地面を蹴る。それだけでぐんぐんと背後に流れる景色を尻目に土蜘蛛の足元を駆け抜ける。
途中、頭上から何度も鋭い槍のような脚が降りかかったが『集中』スキルを持つ私は捉えられない。単純に回避能力も上がっているしね。
そうして蜘蛛の背後に回りこんだ私は即座に膝を折り、地面に手を当てる。
ふふ……やっぱり思ったとおり。蜘蛛ってのは体の構造上そう簡単に振り向いたり出来ないようだね。それだけの巨体ならなおのこと。
教えてやるよ……大きさが戦力の決定的差ではないということをな!
右手を自分自身の影に触れさせ、魔力を送り込む。
私が師匠の下で研究し続けてきたのは闇と風系統の魔法体系。
司るのは『移動』と『収束』。何度も何度も試したが結局、詠唱しなければ使えなかった高等魔法。
風系統と闇系統の混合魔術。
つまりは……
──『影魔法』。
先ほどスキルを獲得したとおり、吸血モードの私はこの魔法を無詠唱、無挙動で発動することが出来るようになった。
かつてない規模の魔力を運用し、生み出すのは蜘蛛の十八番とも言うべき即席の設置トラップ。
細い糸のように張り巡らされたその影は空間を駆け巡り、物質化する。
言うなれば影糸。
向こうにだけ有利なフィールドってのはあまりにも不平等だと思うんでね。戦場くらいは平等にさせてもらうよ。
突如目の前に現れた影糸に驚いたのか、それとも自分の真似をされ怒りに燃えたのか土蜘蛛は大きく跳躍し天井に張り付くと素早い動きで駆け出した。
え……そんな動きできるんだ。
まずい、その辺りは糸を伸ばしていないぞ。
折角作った影糸なのに!
仕方ない……そっちがそう来るならこっちにも考えがある。
私は地面を蹴り、影糸の上を疾走する。
土蜘蛛の張り巡らせている糸は切断性を上げるためか、微量の魔力が流れている。つまり魔力が目に見える私には丸見えということだ。
見えてさえいればそうそう引っ掛かることはない。
土蜘蛛は天井、床、地面と三次元的に、私は影糸を利用して二次元的にフィールドを駆け抜ける。
純粋な敏捷性という意味では向こうが上だが、機動力なら負けていない。
向こうは明らかに私より体重があるからね。ステータスの数値ほど速度に差は出ていない。それでも若干私が遅れてる気がしないでもないけど。
「……っと!」
思い出したかのように槍のような蹴りを繰り出してくる土蜘蛛。
ヒットアンドアウェイの戦法に切り替えたのか、土蜘蛛は私に安易に近付こうとはしてこない。
もしかして私が影魔法を準備していることに気付いている?
いや、まさかね。こんな蜘蛛畜生にそんな知性があるわけが無い。
今私が狙っているのは必殺のカウンター。
奴が私の半径5メートル圏内に入ってくれば、その瞬間に影魔法で奴を貫くつもりだ。
闇魔法は『収束』を司る属性。
効果半径がどうしても短くなってしまうのだけがネックだけど、それは逆に言えば高い攻撃力を誇るということでもある。
さっきは防がれたけど、闇系統の特化魔法である『影魔法』ならきっと貫ける。貫けるはずだ。貫ける……よね?
いや、この攻撃が効かなかったら本当に詰むから頼むよ影魔法。
「ふー……」
ひりひりと焦げ付くような緊張感。
吸い込む空気すら熱を持っているかのようだ。
これが……圧倒的強者の重圧って奴か。
狂気スキルを持っているから恐怖には強いはずなのに、気を抜けばその瞬間に呑まれてしまいそう。一瞬たりとも気が抜けない。
地面を駆け、空中を翔け、そして私はついに土蜘蛛を射程距離へと収めた。
半径5メートル、全方位に拡散する影槍を食らえ!
「…………えっ!?」
私の影槍が土蜘蛛に直撃する寸前、ぴたりと私の体は宙に括り付けられていた。遅れて気付く、私にまとわりつくその糸は……
「蜘蛛糸っ!?」
粘着性のあるその糸は土蜘蛛に飛び込んだ私を拘束し、絡め取っていた。
でもこの糸はさっきまで確かになかったはず。魔力の伝導も見えていなかったし、こんなあっけなく捕まるはずが……いや、違う。そうだ、そうだよ。この糸には魔力が流れていなかったんだ!
奴の持っている『土魔法』のスキル……最初に披露していた切断力のある糸こそ奴の魔法の影響を受けていた糸だったんだ。
土魔法、つまりは『固定』に特化した魔力で糸そのものの耐久力を上げ、同時に切断力も上げていた。もし、奴が土魔法のスキルを使わず単純な糸を出せばどうなるか……当然、魔力の通っていない純粋な蜘蛛糸になる。
土蜘蛛は私の目を掻い潜り、罠を張っていたんだ。
私が魔力を目で見ていると推測して……くそっ、まずい。すぐにどうこうなる訳じゃないけど動けないのはどう考えてもやば過ぎる。
「くっ……!」
仕方ない。こうなったら今、この瞬間に勝負を決める!
こっちの動きは封じられたが、その代わりこっちも奴を射程に収めている!
「食らえッ!」
至近距離からの影槍。
鋭く洗練されたその一撃は土蜘蛛の顔面に迫り……
──グチュゥッ──
奴の目玉の一つを貫き、黄緑色の体液を周囲に撒き散らした。




