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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第7章 未来篇

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第362話 全身全霊


「はは、気持ちで強さが変わるなら苦労は……」


 ヴォルフの言葉を聞き終える前に、動き出す。

 日常的に行われる『会話』が始まった段階で、私達はつい相手の話を聞いてしまう。それが『敵』の言葉であったとしても。反射的にそうしてしまう。

 そして、このヴォルフはその習性を利用している節があった。

 相手のペースに乗せられてはいけない。

 出し抜かれる前に、出し抜く。先手必勝だ。


「おっと」


 虚を突かれたヴォルフは後方へ下がると同時に、両手に短剣を生成。


「『黒鉄の水(メルクリウス)』」


 放り投げられ、回転しながら迫る短剣を両手で掴む。

 そのまま相手に投げ返そうとした瞬間、ふっと質量が喪失する。

 受け止められることを前提に、術式の効果時間を短縮しやがったか。

 抜け目のない男だ。だが……


「私の剣の腕を酷評してくれたけど……あんたも別に使い手ってほどじゃない」


 右手に魔力を集中……注ぎ込んだ膨大な魔力をもって巨大な爪を生み出す。


「食らえッ!」


「ちっ……!」


 張り手の要領で突き出した『月影』を前に、ヴォルフは後方へ飛んで威力を逃がすことしかできない。

 やはり、この男には大質量の攻撃を捌くだけの技量はない。


(私が奴に勝っている部分があるとすればそれは魔力量だ。このまま物量で押し切ってやるッ!)


 巨大な手に押されるように床を滑るヴォルフはやがて壁に激突し……


 ──ドゴォオオオオオオオオオオオッ──!!


 粉々に砕ける木片と共に、大きく吹き飛ばされる。


「やってくれま……──ッ!?」


 吹き飛ばされながらもこちらを見続けるヴォルフの目が驚愕に開かれる。

 手元から伸びた『影糸』が、ヴォルフの身体をぐるぐる巻きに捉えたからだ。

 そして……


「おおおおおおッ」


 影糸に絡まったヴォルフの身体を力任せにぶん回す。

 夜の街を流れ星のように飛んでいくヴォルフは大通りを飛び越え、対面のビル、その壁面を突き破ってフロアの内部へ突っ込んでいく。


「きゃああああああっ!」

「な、なんだなんだ! 誰か飛んで来たぞ!」


 まだまだ営業時間だったらしく、いきなり壁を突き破って現れた男にビルの従業員が悲鳴を上げるのが聞こえる。すみませんね、営業妨害しちゃって。


「はぁ……はぁ……あなた、無茶苦茶しますね、ほんと」


 口元の血を拭うヴォルフの眼前に、影糸を伝って降り立つ。


「周囲を気にして戦う必要はなくなったからね。あなたのおかげで」


「……はっ」


 犬歯をむき出しにして向かってくるヴォルフは、再び両手に短剣を作り出す。

 抜け目のない男ではあるが、芸はないな。私は左右から迫る刃に対し……


 ──パシィィィッッ!!


 人差し指と中指で挟むようにして侵攻を止める。


「かかった!」


 そこまではヴォルフも読めていたらしく、触れるほどに接近した私の両腕に重りとなる『黒鉄の水』を嵌め込むが……


「やっぱり、芸はないね」


「は……ぐはッ──!?」


 ここまでの展開を呼んでいた私は、視認性の低い、極限まで細めた影糸を両腕にくくりつけ、重りをつけられた瞬間に一息に切断していた。

 更には、重りを外したことで背面に流れた体重を利用した前蹴りを、今度こそヴォルフの下腹部……具体的には男の急所とされる部分に叩き込んでやった。

 苦悶の表情を浮かべ、ほとんど白目になっているヴォルフの髪を再生した左腕で掴み、そのまま地面に叩きつける。何度も、何度も何度も何度でも。


「なんだなんだ、吸血種同士の喧嘩か……?」

「喧嘩ってレベルじゃないような……」


 私達の戦いを遠巻きに見ているのは、さっきの従業員か……さっさと逃げればいいのに。


「ッ……クソが!」


 私が周囲に気を取られた一瞬の隙に、ヴォルフは強引に蹴りを放った。

 威力はないが、体格差と筋力差のせいで、あっけなく吹き飛ばされてしまう。

 やはり吸血種の『再生』スキルが厄介すぎる。ヴォルフの魔力量も決して少なくはない。()()()()()()()()()()()、長期戦は避けた方が良いだろう。


「はぁっ! はぁ……ッ! 『黒鉄の水(メルクリウス)』!」


 ヴォルフも長期戦は避けたいのか、両手に生成した短剣を次々に投げ込んできた。

 視界を飛び回る短剣をかわし、弾き、受け、逸らし、回避する。防御に回った私に攻勢と見たらしいヴォルフは、一息に距離を詰め掌底。

 合わせるように肘で受けた私はそのまま回転して回し蹴りを放つ。

 が、地面に現れた大盾に阻まれてしまう。


(くそっ……生成速度が速すぎる……!)


 思わぬ妨害に体勢を崩してしまった私に、ヴォルフの拳が命中。

 鼻骨の折れる音と共に、血が噴き出す。やはり、一瞬でも視界から離すとそれが隙になる。何があってもヴォルフを視界に捉え続けなければ。


 瞬きすらも放棄し、顔面に拳を受けてもヴォルフを視界に収める。

 すると、ヴォルフの次の動きが『視えた』。


「──『鍔鬼』ッ!」


 コンビネーションの要領で打たれた左の拳を、右頬の端で受けながら、カウンターの要領で生成した短刀をヴォルフの胸にめがけて突き出す。心臓さえ突ければ私の勝ちなのだが……


「はっ、危ない、ですねぇッ!」


 寸前でヴォルフの右手が間に合った。掌で短刀を抑えるようにして心臓から距離を取る。膂力が強すぎる、拮抗した状態から力押しで勝つことは無理だ。

 しかもこの距離……


「──『黒鉄の水(メルクリウス)』ッ!」

「──『影槍』ッ!」


 ヴォルフの生成速度が生きる間合と判断した私は、先行入力とばかりにヴォルフの生み出した影の剣に影槍をぶつけて相殺する。が、それでもヴォルフの方が早く、迎撃し損ねた剣が私の首を貫いた。


「…………ッ」


 劣勢を悟った私は、退路を求めて背後に跳ぶ。

 が、ここでもヴォルフの方が速かった。


「はっ……!」


 私の撤退よりも速く距離を詰めたヴォルフの拳を両腕で受ける。

 それだけで私の両腕の骨は砕け、私の身体はピンボールのように吹き飛ばされた。壁を突き破り、空に放り投げられる展開はさっきと逆……


「まだ良い調子ですかァ!?」


 私を追って身を投げるヴォルフは、それでも冷静に私の射程の外を陣取っていた。

 つまり……


「──『黒鉄の水(メルクリウス)』ッ!」


 私の攻撃は届かず、ヴォルフの攻撃が届く間合。

 何度目とも分からない短剣の投擲だが、状況が悪すぎる。


(回避……いや、そんな隙は……ッ)


 足場もなく、自由の効かない空中でヴォルフの攻撃すべてを防ぐことはできなかった。


「ぐっ、あああああッ!」


 体中をサボテンのように串刺しにされながらも、心臓と落下の衝撃に備える。


「──『影……糸』ッ」


 信号機に糸を括りつけ、振り子のようにして落下の勢いを殺す。

 横方向への運動エネルギーに変えた私は代わりにボウリングの球のように回転しながら、通行人にぶつかってしまう。


「うわああっ!?」

「な、なんだぁっ!?」


 血だらけで振って来た私に、先ほどのビルの従業員とまったく同じ反応で人々が逃げ出していく。ここまで派手にやったらもう潜伏とか言ってられないな。まあ、それもこの窮地を乗り切れたらだけど。


「……不思議です」


 眼前に降り立った蝙蝠がヴォルフの形に代わり、値踏みするような視線を向けられる。

 不思議なのはこっちだけどな。なんで『変身』スキルで服も一緒に蝙蝠に変えているんだ。熟練度の差か? ちょっとやり方を教えて欲しい。


「あなたの戦い方、さっきとまるで違う。いや、戦い方と言うよりは……」


「──ッ!」


 話しながらも距離を詰めてくるヴォルフに、無詠唱で影槍を放つ。

 心臓狙いの一撃を跳躍してかわしたヴォルフの顔が、眼前に迫る。

 首を絞めようと伸ばされた両腕を、両手を使って握りしめたところで、


「反応速度が桁違いに上がっている……?」


「はっ……やっと気づいた?」


「ムラはあるようですが、今だって……」


 ヴォルフの影から伸びた剣を、私の影から伸びた槍が受け止める。


「明らかに見てから対応している」


「…………」


「何をしているんですか?」


「答える義理は……ないねッ!」


 姿勢を後ろに下げながら、ヴォルフの身体を支えるように蹴りつけ後方へ投げ捨てる。


「──『閃血』ッ!」


 空中で弾丸を食らったヴォルフは、地面を転がりながら私と距離を取る。


「……今の攻撃も、正確に私の心臓を狙っていた。吸血種には体感時間を操作する能力がありますが、それにしたって正確すぎる。しかもずっと」


「…………」


 この男の分析は正しい。体感時間の操作……つまりは『集中』スキルが私の戦闘力を底上げしてくれていた。


「まさか……()()()使()()()()()()()()()……この戦闘中、ずっと?」


「はっ……!」


 図星を突かれた私は笑って誤魔化すことしかできなかった。

 そう、説明してしまえば簡単な理屈だった。ヴォルフの身体能力に対抗するために、私は『集中』スキルで反応速度を極限まで高めることにした。とはいえ、このスキルにも弱点はある。『集中』スキルが必要な場面かどうかを判断してから使っていたのでは、反応がワンテンポ遅れてしまうという弱点が。


 だから、私はこのスキルを()()使()()()()()()()()()()


「バカなんですか、あなた……? そんなことをしたら、たった十数分の今の攻防だって何時間にも感じていたはず……」


「……出来ることは全部するさ。勝つためならね」


「…………」


 幸いにも、魔力の消費量が体感時間ではなく実際に経過した時間に比例する。そこまで燃費の良いスキルではないが、私の魔力量をもってすれば相当の時間を常時使ったまま戦闘行動が可能だ。


「最高出力で使った感じ、体感で一秒を三十秒くらいには伸ばせることが分かってきたよ。ここまで引き延ばせば、アンタの動きも全部見切れる」


「……そこまでしますか」


「言ったでしょ、できることは全部するって」


 はっきり言って効率は悪い。これだけの魔力と精神力を消耗して得られる効果が『ちょこっとだけ敵の動き出しを早く見切れる』という一点のみ。今の攻防だけ見ても、性能差を覆せるだけの活躍はしていない。

 今まではやろうとすら思ったことのない運用法だが……


「私はもう、誰も失うわけにはいかないから」


 これが今の私にできる最強の姿なのだ。


「そのためなら何日、何カ月、何年でもやってやる」


 すべてがスローモーションとなった世界で、ゆっくりと……ゆっくりと……ゆっくりと……私は……拳を……構える……。


「さあ、続きといこうか?」

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