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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第7章 未来篇

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第361話 命の方舟


 ルナと吸血種の男の攻防は人族であるノラの目には捉えることはできなかった。

 それはルナに血を渡してからも変わらない。ズキリ、と痛む右腕に視線を向けると……


「……レイチェル?」


 気を失っていたレイチェルの瞳が開いて、ぼんやりとノラを見つめていた。


「……ノ、ラ……?」


「うんっ、うんっ、そうだよ! ノラだよ!」


 意識を取り戻したレイチェルに、涙が溢れてくる。

 今はそんな場合ではないと分かっていても、止められなかった。


「良かった……本当に……っ!」


 両腕でレイチェルの身体を強く抱きしめる。

 血を吸われ過ぎたせいか、ひどく冷たい体だった。


「……今すぐ治療を受けに行こう。立って、レイチェル。ノラが手を貸すから」


 肩に腕を回して、レイチェルの身体を支える。ふらつきながらではあったが、レイチェルは自分の足で立ち上がってくれた。


「……ノラ……わ、たし……」


「今はしゃべらないで。歩くことに集中して」


 何か言いかけたレイチェルの言葉を無視し、強引に歩かせる。


「ルナが戦ってる。ここも危険だから、すぐに逃げないと」


「ルナ、が……」


「うん。ルナなら、きっと何とかしてくれる」


「…………」


 ゆっくりと歩き始めていたレイチェルの足が止まる。


「レイチェル?」


「……ルナを、守らないと」


「え?」


「ルナは……まだ、小さい、子供……だから……」


「…………」


 レイチェルはこんな時だというのに、自分の身よりもルナの身を案じていた。

 いや、こんな時もなにもない……ずっとレイチェルはそうだった。

 身寄りをなくしたノラに手を差し伸べてくれたあの時からずっと……だから、


「レイチェルを死なせるわけにはいかない。歩くんだよ、レイチェル」


 振り返り、背後を気にするレイチェルの身体を強く引く。

 その時、私の身体が、ドンッ、と押される。


「え……?」


 レイチェルに突き放されたのだと、彼女の突き出した両腕を見て分かった。

 だが、彼女がなぜそうしたのかは分からなかった。

 次の瞬間、その光景を目にするまでは。


「──────────────」


 レイチェルの胸元から、一本の長刀が突き出る。

 周囲に飛び散る真っ赤な血に、頭の中が燃え上がる感覚。


「──レイチェルッ!!」


 気付けばノラは叫んでいた。絶対に失いたくない、大切な人の名を。


「レイチェルっ、レイチェルっ、レイチェル……っ!」


 私は必死になって叫んでいた。何度も、何度も。

 最早、理性的な思考なんてものは残っていなかった。

 あるのはただただ深い絶望と、怒りだけ。


「ノラッ!」


 ルナの声に振り向くと、彼女は天井を指差していた。

 見るといつの間にか天井に大穴が空いている。彼女が魔術で作ったものだろう。


「跳べ! ノラ!」


「え……」


「レイチェルを治療院へ連れていけ! 早くッ!」


「──っ!」


 言葉の意図を理解したノラはレイチェルを抱きかかえ、


「『ノアの箱舟(ノアズ・アーク)』ッ!」


 間髪入れず『ノアの箱舟』を発動。

 ルナが空けてくれた大穴から室外へ。


「『ノアの箱舟(ノアズ・アーク)』ッ!」

 

 そのまますかさず二度目の跳躍。術式の再展開に必要な時間を待っている余裕はない。二重三重に術式を遅延展開し、強引に術式を発動し続ける。


(急げっ、急げっ、急げっ! 今すぐに治療院に……ッ!)


 深夜の街を飛び回る。

 誰かに見られるかもだとか、そんなことを気にしている暇はなかった。

 とにかく早く治療院へ連れて行くことだけを考えていた。だから……


「はっ……!」


 激しい頭痛と浮遊感に、自身の魔力が尽きたことに気付く。


「くっ!」


 ギリギリのところで近くの屋上に飛び移り、着地する。

 ノラの腕力ではレイチェルの身体を支え切ることができず、二人で屋上を転がるようにしての着地となってしまった。


「レイチェル……っ!」


 駆け寄ると、レイチェルの倒れた位置から屋上に血が広がっていた。

 出血が止まらないのだ、傷があまりにも深すぎる。


「レイチェルっ……ダメだよっ……しっかりして……!」


 魔力が切れた以上は魔術の使用はできない。並以下の体力しか持たない自分ではレイチェルの身体を担いで治療院まで行くこともできない。

 つまり、もう……


「……ノラ」


「レイチェルっ!」


 口を開いたレイチェルに思わず手を握る。

 力のない、冷たい手だった。


「大丈夫、ノラはここにいるよっ」


「……ごめん、ね」


「え……?」


 レイチェルの口から漏れたのは謝罪の言葉だった。

 焦点が合っていないのか、星空を呆然と見上げるレイチェル。


「あなたのこと……理解、して……あげられ、なくて……」


「なんで……」


「わたし、ね……イヤ、だったの……ノラが、私の傍から……いなく、なるのが」


「……そんな……」


「ノラは……ノラの、やりたいように生きて……欲しい……」


「そんな……最期みたいなこと、言わないでよっ!」


 まるで死ぬための準備をしているようなレイチェルに、叫ばずにはいられなかった。これを見過ごしてしまえば、本当にそうなってしまう気がして。


「何か手があるはず、だから……っ」


 レイチェルの手を強く握りしめる。

 彼女がどこにも行かないように。

 そんなノラに……そっと、レイチェルも優しく握り返す。


「ノラ……大好きだよ」


 そして、ゆっくりとレイチェルは瞳を閉じる。

 その目尻には涙が滲んでいた。


「……レイチェル?」


 返事は、なかった。


「……おかしいよ、なんで、レイチェルなのさ……レイチェルは、何も悪いことなんてしてないのに……」


 思わず溢れる涙に、自分にとって彼女がどれだけ大切だったかを理解する。

 隣にいるのが当たり前で、当たり前すぎて気付いていなかった。

 手を伸ばせばいつだって手が届く場所にいた……大切な人。


「レイチェル……」


 何度も何度も名前を呼び、手を握り続ける

 だが、彼女が握り返してくれることは二度となかった。

 そして、ようやくノラは理解したのだ。


「うっ……ぅっ……ああッ……!」


 レイチェルは……死んだのだと。


「──あああああああああッ!!」



  ◇ ◇ ◇



 ノラが『ノアの箱舟』でこの場を離脱するのを見送った私は眼前の敵を見据えていた。彼女達を追って、これ以上の危害を加えられないように。


「そう睨まないでくださいよ。ただ、邪魔者を排除しただけじゃないですか。これ以上、あなたの援護をされても厄介でしたのでね。まあ、まさか庇われるとは思わず狙いは外してしまいましたが……っと」


 ──ズガァァァァンンンンッ!!!


 私が投擲した瓦礫を頭を振ってかわすヴォルフの背後で、壁に激突した瓦礫が粉々に砕け散る。

 良く回る口ごと頭部を潰してやるつもりだったが……仕方ない。


「雰囲気が変わりましたね。友人を殺されて頭に来ましたか?」


「まだ死んだと決まった訳じゃない」


「死にますよ。あの傷ではね。あなただって分かってるでしょう? だからそんなに怒っている」


 淡々と語るヴォルフは、本当にただ邪魔者を先に排除しようとしただけなのだろう。

 私を怒らせてやろうだとか、そう言う狙いはなく、純粋にこの勝負を愉しみたかったから。

 だったら……いいさ。付き合ってやろうじゃないか。


「……認めるよ」


「?」


「あんたの言うとおりだ。力を前に人は屈する。だから事前に備えておかないといけなかったんだ。あらゆる暴力……理不尽に対抗できるように」


 師匠から修行を受けていた時に指摘されたことがある。

 私は戦いに対する姿勢が、どこか気が抜けている、と。

 私自身、それを悪いことだとは思っていなかった。強さを求めていた理由も、ただ自分や周りの大切な人の身が守れればそれで十分だと思っていたから。

 そこそこの強ささえあればいいと、そう思っていた。

 ……それが間違いだった。


「私はきっと甘えていたんだ。自分の生まれとか、周囲の環境だとか、そういうのに。なんとかなるなんて、そんな思い込みで……今日、私は失敗した」


 考えれば当たり前の話だった。吸血スキルを互いに発動させた状態なら、少女の肉体である私と、成人男性である向こうのどちらに分があるか。

 魔術の練度に関しても、影魔術に自らの魔力性質を加え、『固有魔術』に昇華しているヴォルフの方が一枚も二枚も上手と言えるだろう。


「もしも本当に誰一人失いたくないって言うなら、誰にも負けない強さが要る」


 そこそこでも、ほどほどでもない。

 私は……誰よりも強い、『最強』でなくてはならなかった。


「……理想を語るのは立派ですけどね、現実問題としてあなたは私に勝てませんし、実力差は今からどうにかできるようなものではないでしょう?」


「そんなことはどうでもいいんだよ。これは覚悟の問題だ」


「覚悟?」


「ああ」


 きっと私はこの日のことを一生後悔するだろう。

 だが、それは最重要事項ではない。

 大切なのは今、何ができるのかだ。


『ノラのこと、守ってあげて欲しい』


 ああ……覚えているよ、レイチェル。絶対に忘れないさ。

 だから、安心してくれ。


「──必ず守る」


 両手を構え、戦う姿勢を取る。

 挫けそうだった心に、戦意を詰め込む。


「すぅ……はぁ……」


 誰かが言った。男なら、できるかどうかではなく、やるかやらないかだと。

 だから、これは私が私自身に掲げる『覚悟』だ。それがどれだけ不可能に見えようとも関係ない。


「──私はもう、二度と負けない」


 やると言ったからにはやるのだ。

 男に二言はないのだから。

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