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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第7章 未来篇

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第358話 知らないうちにやらかしていることはままあること


「あれ……? ノラ?」


 私が秘密基地に向かおうとハーバー邸を出たところで、買い物袋を抱えたノラと遭遇した。


「ただいま。どうかしたの?」


「いや、秘密基地の方にいるものだと思ってたから……それは?」


「これ? これはね……えっと……」


 買い物袋を掲げながら、ノラは照れくさそうな表情を浮かべる。


「その……レイチェルが好きなお菓子を買ってきたの」


 躊躇いがちなその言葉だけで、ノラが何をしようとしていたのかを察する。


「レイチェルはノラのことを探しに出かけたみたいだよ」


「レイチェルが……?」


「うん。それでさ、私、今からレイチェルを迎えに行こうと思ってたところなんだけど……良かったらノラも一緒に行かない?」


「……行く」


 少しだけ迷った様子を見せたが、最終的にノラは頷いてくれた。


「レイチェルはさ、秘密基地のことに気付いていたみたいだったよ」


「え……そ、そうなの?」


「うん。たぶん、ノラが自分から打ち明けるのを待ってたんじゃないかな」


 これは完全に私の妄想なのだが、なんとなくそんな気がした。


「レイチェルはノラのことを本当に大切に思ってる。だからこそ、秘密にされたことがショックだったんじゃないかな。教えたところで認められなかったとは思うけど……」


「……そう、かもね」


 二人で並んで歩きながら、ぽつぽつと心境を吐露するノラ。


「ノラだって、気付いてないわけじゃないんだ。もう何年も経ってパパとママが帰って来ないのは……きっともう、この世にいないからなんだって」


「…………」


 私も、その可能性については考えた。

 だが、両親の姿を追い求めるノラを前にどうしても言えなかった。

 それはきっとレイチェルも同じだろう。もしかしたら、レイチェルはそんな悲しい現実にノラが直面しないように引き留めたのかもしれない。


「ノラは自分にとって都合のいい未来ばかりを想像して、今を見ようとはしなかった。だから、気付いてなかったんだ。自分がこんなにも愛されてたんだって。ちょっと考えればすぐにわかることなのに」


 空を見上げながら、しみじみと語るノラの横顔はどこか大人びて見えた。


「レイチェルは監査官だから、ノラみたいに未許可で魔術の研究をしている人を見逃がすなんて、本当は絶対にしちゃダメな立場なの。なのに、今までレイチェルはノラのことを見守ってくれていたんだね……」


 私に話しかける、というよりも自分自分に言い聞かせるような口調だった。

 監査官とは確か、この時代の警察官のような役目のお仕事だったか。

 なるほど、レイチェルがノラの魔術研究をしきりに怒っていたのは心情的な部分以外にも、そう言った立場的な事情もあったのか。

 だとすると、むしろ怒るだけで済ませていたレイチェルが優しすぎる気もしてくる。


「そういう周りの人たちの優しさに支えられて、ノラは生きてきたんだなって。だから、ノラもみんなのために何かしたい。それはきっと、すぐにはうまくいかないけど……それでもやりたいんだ」


「……そっか」


「だから、その……ごめん。やっぱりノラ、中央へは行けないや」


 躊躇うように絞り出したその言葉は、なんとなく想像がついていた。


「謝る必要なんてないよ。ノラは何も間違ったことは言ってないんだから」


 理想の未来へ駆けだすことも、地に足付けて今を生きることも、きっと大きな違いなんてない。違いがあるとすれば、それは自分で選んだかどうかだ。


「私はノラの選択を尊重するよ。一人で行くことになったのは残念だけどね」


「……ありがとう、ルナ」


 紆余曲折を経て、ノラは決断した。

 今を生きるという決断を。ただ、それだけの話だ。

 それから私達は他愛ない話をしながら秘密基地へ向かった。


「へぇ、子供の頃のレイチェルはやんちゃだったんだ」


「今でもその片鱗はあるけどね」


 子供の頃のレイチェルは周りの子供たちと喧嘩ばかりしていたらしい。

 活発なのは昔からだった、ということか。


「不思議なのは喧嘩していた子とも次の日には仲良くなってたりしてたんだよね。どうすればあんな簡単に人と仲良くなれるのかなぁ……」


「それは私も知りたいかも」


 レイチェルについて語りながら歩いていると、やがて秘密基地の近くまでやってきた。狭い路地を通って建物まで近づくが、周囲にレイチェルの姿はない。


「入れ違いになったかな」


「かもしれないね……あれ?」


「どうかした?」


 秘密基地の扉に手をかけたノラが固まったまま、呟く。


「鍵……開いてる……」


「……レイチェルかな」


 自分で言っていて違うと分かった。レイチェルには鍵開けの技術なんてないはずだからだ。そうでなくても、勝手に中に入るような子ではない。

 嫌な予感を感じた私はノラの代わりに前に出て、扉を開くと……


「……っ」


 その瞬間、微かな血の匂いが私の嗅覚を刺激した。

 一体何があったのかと周囲を見渡した私は気付く。


 部屋の隅の壁に寄りかかるようにして倒れ込むレイチェルの姿に。


「レイチェル……っ!?」


 ノラもほとんど同時に気付いたらしく、私の横を通り過ぎレイチェルに向けて駆けよっていく。その頭上に影が降りた瞬間、


「ノラッ!」


 私は全速力で駆けだした。振り返るノラの顔に降りかかる影……それは頭上に潜んでいた誰かの影だった。


「──『月影』ッ!」


 ノラに迫る何者かを認識した私は、そいつに向けて全力の拳を振るう。

 巨大化した爪は抉るように影を捉え、横殴りの衝撃で吹き飛ばす。

 手加減をしている余裕はなかった。普通の人間であれば、死んでいてもおかしくない衝撃だったはずだが……


「……油断しましたよ」


 吹き飛ばされたその人物は、何事もなかったかのように起き上がる。

 その男の顔には見覚えがあった。


「お前、あの時の……」


 この時代に来たばかりの頃、路上で騒ぎを起こしていた吸血種の男だ。

 名前は確か、ヴォルフだったか。どうしてこいつがこんなところに……


「ルナっ、ど、どうしようっ、レイチェル、レイチェルが……っ!」


 背後で泣き叫ぶノラの声に、思考を引き戻される。

 レイチェルは意識がないのか、血の気の失せた表情でぐったりとしていた。


「お前、レイチェルに何をした……ッ!」


「何を? 見れば分かるでしょう。多少、血を頂いただけです」


「なに……?」


 見ると、確かにレイチェルの首元に真新しい噛み傷がある。


「……お前、彼女の意識がなくなるまで血を吸ったのか」


「死んではいないのですから構わないでしょう。別に死んでいても良かったのですが。こうしてあなたに会えたのですからね。あの親切な花屋さんには感謝しなければいけませんね」


「花屋……? ルークのこと? 一体なんで感謝なんて」


「この場所を教えてくれたのは彼だからですよ。聞き込みなんて原始的なやり方だと思っていましたが、効果はあったようですね。気を付けなくてはいけませんよ、どこにでも人の目はあるものです。特に人に知られたくない秘密の場所へ向かう時などは、ね」


「…………」


 以前、ルークと話した後にすぐ秘密基地へ向かったことがある。まさか、あの時に尾行されていた……? いや、尾行ではなかったとしても向かう方向性が分かってしまえばそれだけで私の行動範囲を絞ることはできたわけか。


 確かに、迂闊だった。だが、どうしてこの男は私を探していたんだ?

 まずはヴォルフの目的を知る必要があるな。


「……で、あんたの目的は? 私に会って握手したいって訳でもないんでしょ?」


「目的、ですか。心当りがあるのではないですか?」


「心当り……?」


 いや……まったく、ないが。


「初めてあなたを見つけた時にどこか見覚えがある顔だと思って調べたのですよ。そうして見つけました……指名手配者、ルナ・レストン。それも特級指名手配とは、あなた一体何をしでかしたんです?」


「……特級指名手配? 悪いけど、何を言っているのか分からない。どういうことか説明してもらえる?」


「説明も何も、あなたは女王から直接指名手配されている。この事実があるだけですよ」 


 このヴォルフという男もあまり多くを知っているわけではないのか、戸惑っている様子。

 人違いの線も考えたが、名前が一致している以上それも可能性としては薄い。


 この国のトップが私を捕らえようとしていることだけは分かったが、それ以外の事情が読めない……が、少なくとも状況はかなり悪そうだ。


「それで、ルナ・レストンさん。私と一緒に来てもらえますか?」


「……断る」


「ですよね」


 ヴォルフはにっこりと笑みを浮かべると、両手を前に突き出す。

 そして……


「──『黒銀の水(メルクリウス)』」


 呪文と思われる言葉を吐いた瞬間、ヴォルフの手元に二本の短刀が現れる。


「吸血種とヤるのは久しぶりですよ。愉しみです」


 短刀を回転させながらヴォルフはそう言って嗜虐的な笑みを浮かべるのだった。

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― 新着の感想 ―
千年以上生きているこの時代のルナ・レストンがいるってことなんでしょうね。 肩書は不死者の王とかヴァンパイアクイーン辺りかな? こういう展開大好き。
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