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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第7章 未来篇

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第357話 すれ違う人たち


 夕暮れの公園からの帰り道、私は絶賛大ピンチに陥っていた。


「……また見慣れない場所に出てしまった」


 てっきりレイチェルと一緒に帰るものだと思っていたから、公園までの道のりをよく覚えておらず、迷子になってしまったのだ。

 うーん、私って方向音痴なのかな。前にもこんなことがあったような気がする。


「まずいな。デバイスもないし、連絡手段がない」


 近くの人に聞けばいいんだろうが、人見知りを発動した私はとりあえず自分でなんとかしようと歩き回り、結果、妙に人通りの少ないエリアに出てしまった。

 というかこの辺、墓標のようなものが立ち並んでいるのを見るに、集団墓地とかそういうのなのだろうか。それなら人通りが少ないのも納得なのだが。


「次に会った人には素直に道を聞こう……お?」


 道なりに進んでいると、柵で囲われた中庭のような場所で佇む人影を発見。

 帰り道を聞こうと、近寄るのだが……


「あれ? ルナさん?」


「…………げ」


 なんとその人物は見覚えのある男だった。


「こんなところで会うなんてこれぞ運命、というやつですかね? あ、踏みます?」


「踏みません」


 服の前側を開帳しながら挨拶みたいにキモイことを言ってくるのは、残念ながらクロナ神父だった。


「そうですね。流石にこんな場所でするのは不謹慎ですし、またの機会に」


「またも次もねぇーんだよ」


 というかこの人、TPOを弁えるだけの分別はあったんだな。意外だ。


「で、神父さんは仕事中?」


「いえ、個人的な用件で訪れていただけですよ。何か御用があれば伺います」


「そう。実は道に迷っちゃってさ。帰り道を教えて欲しいんだけど」


「ええ、勿論構いませんよ」


 こんな歳にもなって迷子なんて笑われるかと思ったが、そんなことなく、クロナ神父はとても丁寧に教会までの道のりを教えてくれた。あ、見た目的には普通に子供だから別におかしなことでもないか。


「と、こんなところですかね」


「ありがとう。助かったよ」


 私が絶対に教えたくないのを悟ってか、家の位置を聞こうともしないのは流石の気配りといったところか。人の話を聞くことを生業にしているだけあって、他人の感情の機微に敏感だ。いや、だったら人の嫌がることすんなよって話だが。


「帰り道にはお気を付けください。私はまだ、用事が残っていますので」


「そう、それじゃあ……ええと、また今度」


「はい」


 柔和な笑みを浮かべるクロナ神父だが……用事とはなんだろう。

 いや、こんな場所でやることなんて一つしかない、か。

 居心地の悪さを覚えた私はそそくさとその場を離れようとするのだが、


「ああ、そうだ。最後に一つ、聞かせてもらってもいいですか?」


「え? なに?」


 立ち去ろうとした私の背に、クロナ神父が問いかける。


「あなたのフルネームを教えてもらってもいいですか?」


「フルネーム? なんで?」


「特に深い意味はありませんよ。これから共に同じ危険な橋を渡る相手のことですから、少しでも知っておきたいと思ったまでです」


「…………」


 なんだろう、今まで何の違和感もなかった神父の言動に初めて匂いが出た。

 作為とか、思惑とか、そう言う類の匂いだ。


「……ルナ・レストンだよ」


「そうですか」


 相手の反応を探るためにも本名を打ち明けたのだが、クロナ神父の反応は思ったよりあっさりとしたものだった。さっきの匂いは私の勘違いか?


「……それだけならもう行くけど」


「ええ、足止めしてしまってすみませんでした。また後日、お会いしましょう」


 長々と話していたい相手でもないので、会話を打ち切りその場を後にする。

 もしかしたら彼もセンチメンタルな気分になっていたりしたのかもしれない。墓場に用がある、ということは誰か大切な人を失ったということなのだから。

 彼の身体に隠れて、彼が墓参りに来たと思われる墓石の名前は見れなかった。見ようと思えば見れただろうが、流石にね。私にも分別はあるのだ。



  ◇ ◇ ◇



「あー……ただいま帰りましたぁ」


 迷子になってから数十分、クロナ神父の教えのおかげで無事に帰宅することができた。灯りがついていたので、挨拶しながら家に上がるのだが、キッチン近くを通ったところで良い匂いが鼻孔をくすぐる。

 気になって覗いてみると、エプロン姿のレイチェルの母親が豪勢な料理を用意しているところだった。


「ああ、お帰りルナちゃん。ちょうどいいところに来たわね。ちょっと味見してみてくれる?」


 ちょいちょいと手招きされたので、言われるがままにキッチンへ。

 おたまにすくってもらったスープを一口いただくと、コクとうまみが一気に舌先に広がっていく。


「どうかしら?」


「お母様は料理の天才です」


「あら、ふふふっ、口が上手なのね」


「ところで今日は何かの記念日ですか? いつもより豪勢な食卓に見えますが」


「ううん。最近、娘たちの仲が悪いでしょう? こういう時は一緒に美味しいものを食べれば良いかなって。あ、これは二人には内緒ね?」


 どうやら母親は母親で色々と考えてくれているらしい。

 マジでいい人しかいねぇな、この家。


「良い考えですね。でも、もしかしたら今頃もう仲直りしているかもです」


「そうなの?」


「はい。レイチェルがノラに話をしに行きましたので。恐らく大丈夫かと」


「そう、それならこっそり仲直り記念ってことにしちゃおうかしら。二人はもう帰ってくるのかしら? 連絡はしてるんだけど、返信がまだなのよね」


 ちらりと時計を見る母親に釣られて私もそちらを見る。

 時刻は21時ほど、この時代の人たちからしたらまだまだ活動帯ではある。


「悪いのだけど、二人の居場所が分かるなら迎えに行ってもらえないかしら?」


「構いませんよ。大体の見当はついてますし」


 ノラが家にいないということは十中八九、秘密基地にいるだろう。

 ノラがそこにいるということは恐らくレイチェルも。

 距離としてはここから十数分で着く距離だ。手間と言うほどでもない。


「ありがとう、それじゃあよろしくね」



 ◇ ◇ ◇



 ノラに会いたい。

 秘密基地に近づくごとに、その想いは強くなっていった。

 ルナと公園で別れてから、私は一直線に秘密基地へと向かっていた。


「はぁ、はぁ……確か、こっちだよね……?」


 誰も寄り付かない薄汚れた裏路地を抜け、私はその掘っ立て小屋のような外見をした建物に忍び寄る。鍵がかかっているようだが、中から人の気配はする。


「…………ノラ?」


 恐る恐る問いかけると、中から聞こえていた物音がぴたりと止む。


「私だよ、レイチェル。ノラに話したいことがあって来たんだ」


 中の人物は答えない。私とは話したくないということなのかもしれない。

 怖気づきそうな心をぐっと堪えて、私はノラに語りかける。


「色々と言いたいことはあるんだけどさ……やっぱり私はノラと仲直りしたい。こんな風なままでお別れなんてしたくないんだ。ノラは私にとって、その……妹みたいに大切な存在だから」


 ルナに後押しされて、感情のままに話してみてはいいけど……扉越しで良かった。面と向かって話していたら、きっともっと恥ずかしかったかもしれない。


「ノラにとって魔術の研究や、中央へ行くことがどうしても大切だって言うなら……私はあなたの背を押すよ。やっぱり、どんな時でも味方になってくれるのが家族ってものじゃない? だからさ……」


 そっと、無機質な木製の扉に手を当てる。


「ここを開けて、私に仲直りをさせてくれないかな?」


「…………」


 ノラからの反応はなかった。代わりに、こちらに近づいてくる足音。

 そして……カチッ、と扉の鍵が開く音がした。


「ノラ……っ」


 キィ、と音を立てて開く扉に私はほっと胸を撫でおろす。






「──新法第二条第十三項、魔術に類する研究を行う者を幇助する行為もまた同罪とする」






 次の瞬間、見知らぬ吸血種の男性が部屋の中から現れるまでは。


「まさかこのようなタイミングで来るとは……随分と運のない娘だ」


 男性の背後に広がる部屋の中では資料が入り乱れ、家具にも荒らされた形跡が見て取れる。この人は……まさか……っ!


「おっと、逃げようなどとは思うなよ。関係者と分かった以上は、色々と話を聞かせてもらわなければならないのでね。大丈夫、安心したまえ」


 悠々と両手を広げた男は、鋭い牙の生えた口元に笑みを浮かべる。


「──痛いのは最初の一瞬だけだ」

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