第35話 鬼になった日
駄目だ……血が足りない。
血、血、血、血、血。
血が欲しい。
【ルナ・レストン 吸血鬼
女 9歳
LV1
体力:68/142
魔力:5056/5070
筋力:58
敏捷:88
物防:90
魔耐:50
犯罪値:212
スキル:『鑑定(78)』『システムアシスト』『陽光』『柔肌』『苦痛耐性』『色欲』『魅了』『魔力感知(14)』『魔力操作(58)』『魔力制御(23)』『料理の心得(12)』『風適性(8)』『闇適性(15)』『集中(5)』『吸血』】
ステータスを確認するとやっぱり軒並み落ち込んでいた。
特に体力の消耗が激しい。
このままだと……死んでしまう。
「はあ……はあ……はあ……はあ……」
欠損した左腕から血がダラダラと流れ出る。
これを止めるには……やるしかないのか?
本音を言えば、使いたくはない。
あの自我を失ったかのような喪失感は耐え難いものがある。
自分が自分でなくなってしまう感覚。
しかし……やらなければ死ぬ。
「……がはっ!」
グチャグチャに掻き乱された内臓が悲鳴を上げる。
口から吐き出された血の塊は私の限界を示していた。
「……常識を捨てろ。後悔を捨てろ。矜持を捨てろ。過去を捨てろ。葛藤を捨てろ。そして何より人間性を捨てろ。何かを得るにはそれ相応のモノを捨てなければならない」
かつて言われた言葉を思い出す。
そうか……そうだよね。まさしくその通り。
生を選ぶのなら。まだ生きていたいのなら。
掴め、進め、そして……喰らえ!
結局はそうすることでしか私達は生きられない。
誰だってそうだ。
何かを食べなければヒトは生きてはいけない。
だとするならば……何も迷うことなんてない。
これは当たり前のことなんだ。
ただのありふれた悲劇の一つ。
「……あはっ」
そう考えると不思議と納得できた。
何もおかしなことじゃない。
そして、何も難しいことじゃない。
私はふらつく足取りで近くにあったガンツの死体へと近寄り……
──ズブリ、と自分の犬歯を死体の首元へと突き立てる。
まだ温かい。死んで間もない血なら……うん大丈夫そうだ。
私は本能の赴くまま、ごくごくと新鮮な血を嚥下する。
ああ……それにしても何て甘美な味なのだろう。
体に力が宿るのを感じる。
これが……血を得るということか。
もっと早くにやっていればよかった。
今となってはなぜ、こんな当たり前のことを拒絶していたのか不思議でならない。血を吸わない吸血鬼なんて、そっちのほうがよほど不自然だろうに。
「はあ……美味しい……」
思わず恍惚とした声が漏れる。
もっと……もっと欲しい。
もっと、もっと、もっと、もっと!
気付けば目の前の死体はからからの干物みたいに干乾びていた。これ以上も吸えない。一滴たりとも残っていない。
なら、どうする?
決まっている。
探しに行けばいい。
次の獲物を。
私が生きるために。
殺して奪えばいいのだ。
"奴ら"が私にそうしたように。
「あははっ、あははははっ!」
哄笑と共に、私は歩き始める。
目の前の獲物……土蜘蛛に向けて。
かつてないほどに力が宿っているのを感じる。
かつてないほどに感情が高ぶっているのを感じる。
吸血に伴う興奮作用なのだろう。自分で自分を止められなくなる感覚。
だけど……今はこのひりひりと身を焦がす恐怖すら気持ち良い。
目の前の敵が堪らなく愛おしい。
まるで一目惚れした乙女のように、私は敵を求めていた。
己を高める糧として。
「……もっと、もっと私に力を頂戴!」
《スキル『狂気』を入手しました》
《スキル『再生』を入手しました》
《スキル『影魔法』を入手しました》
二度目の吸血。
この身を犯す破壊衝動すら受け入れた私はその日……
──本物の吸血鬼になった。




