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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第7章 未来篇

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第354話 人の趣味にケチをつけるな


 一礼し、頭を上げたクロナの表情にはにこやかな笑みが浮かんでいた。

 額に角はない、見た目は人族のものだ。


「お二人の話は聞かせていただきました。中央に行くために、街境を越境……つまりは密行しようということですが、これについておすすめはできません。というのも、各街の境界には感知結界が引かれており、許可なく侵入すればすぐにバレてしまうからです」


 丁寧な口調で分かりやすく説明してくれるクロナ。

 敵意は感じないが……私達の話を聞かれてしまった。これは、まずいかもだ。


「……説明ありがとう。で、私達をどうする? 吸血種様に密告でもする?」


「まさか、そのつもりなら黙って隠れていますよ。ああ、誤解されないように先に断っておきますが、お二人の話を聞いたのは偶然です。そこの告解場でつい居眠りをしてしまいましてね、お二人の話し声で起きてきたというわけです」


 クロナはそう言って伸びをして、近くの長椅子に腰掛ける。


「本来なら報告するのが正しい市民の在り方なのでしょうがね、あいにく私は吸血種の方々に対してそこまで忠誠心が高いわけではありませんので」


 ちゃりん、と音を立てて金属製のペンダントを見せつけるように揺らす。

 十字架の十字部分が月のようなデザインになっているペンダントだ。

 月に関連する何かを信仰している宗教なのだろう。


「……その言葉を信じる材料が私にはないんだけど」


「我が信仰に誓って嘘はついていませんよ」


「…………」


 私は以前に宗教家は信じるな、とティナに教わったことがある。

 宗教を盾に論理を展開する手合いには話が通じないのだとか。


「どう思う、ノラ?」


「……分かんない」


 傍らのノラも私と同じような印象なのか、判断に迷っている様子。


「私のことが信じられないというのは当然のことでしょう。ですから、ひとつご提案があります」


「提案?」


「ええ、お二人は中央へ行きたいのでしたね? 私がそのお手伝いをいたしましょう。恐らくですが、まず間違いなく辿り着くことはできます」


「……なんだって?」


「宗教団体の幹部は月に一度、中央へ赴き適性審査を受ける必要があります。その際に君達を忍び込ませるのです。リスクはありますが、無理に越境を試みるよりは可能性があるでしょう」


「それは……確かに可能性はありそうだね。でも、それは私達にとってはメリットのある話かもしれないけど、あなたにとってはそうじゃないでしょ。それどころかデメリット、リスクしかない話のはずだけど?」


「仰る通り。ですので、交換条件を提示させてください」


 やはり、か。意気揚々と現れたからには何かしらの目的があると思った。

 問題はその内容だけど……


「……聞くよ」


 私達に差し出せるものは多くない。とはいえ相手の条件を聞く前から、降りることもない。他の手段もない現状では特にね。


「では、単刀直入に申しましょう……」


「…………」


 ごくり、と神父の口から出てくる難題を覚悟する私に……


「そのおみ足で、どうかこのわたくしめを踏んでいただけないでしょうか?」


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」


 なんだ? 今、この男はなんて言った?


「ねぇ、ノラ。私の聞き間違いかな、あの人今、踏んでくれって言った?」


「えと……そう、だね。私にもそう聞こえた」


 どうやら私の聴覚に問題はないらしい。

 となると、問題があるのは神父の頭、ということか。


「…………本気?」


「ええ、本気も本気、真剣と書いてマジでございます」


「ええ……なんで?」


「あなたを一目見た瞬間、身体中に電流が走ったかのような感覚を覚えました。その美しい白髪、女神のように整ったお顔立ち、そして女性として完成された体格と脚線美……ぜひ、あなた様に踏んでいただきたい」


「うわぁ……」


 ドン引きした風に声を漏らしたのは私ではない。

 隣に立つノラだ。この大人しい子が、ガチでドン引きしていた。

 ウジ虫でも見るかのような目つきで、神父のことを思いっきり見下している。


「ルナ、帰ろう。ここにいたら心が穢れる」


 それどころか、さっきまであんなに嫌がっていた帰宅を自ら提案するだと!?

 私がどれだけ言葉を尽くしても頑としてそこだけは譲らなかったのに!?


「ああっ、そんなご無体な! これでも我慢して、罵倒のセットまでは要求しなかったというのに! ほんの一瞬! 踏んでくださればそれで! できれば優しめにフミフミしていただければほんとそれだけで!」


「なんで妥協したみたいな雰囲気出してるの! 十分厚かましいから! 行こう、ルナ!」


 私の手を取って歩き出すノラ、私達が神父の横を通り過ぎようとした時、


「あああっ! お待ち下されっ! この通り、一生のお願いですからぁっ!」


「ぎゃああああああああっ!」


 椅子に座っていた神父が地面を這うようにこちらに近づき、私の足首を掴む。

 いや……違う、掴もうという動きはしているが実際には触れていない!

 僅か数ミリの距離を残してぎりぎり触れずにいる! 逆にキモイ!


「踏んでいただけるのであれば、あなた様の奴隷としてなんでもいたします! ですからどうか、どうか後生ですからっ!」


「この人、必死すぎて怖いよぉ!」


 何がこの男をそこまで駆り立てるのか分からんが……これはチャンスだ。


「ルナ、早く逃げようっ!?」


「待って、ノラ」


「え?」


「……私は構わない」


「ええっ!?」


 私の言葉が信じられないといった様子でノラが目を見開く。

 ノラがこの男を気持ち悪がる理由も分からないでもないが、私は男として神父の気持ちも分かる。分かってしまうのだ。


「私はこの男を踏む」


「おっ……おおおおおっ!! ありがたき幸せっ! ありがたき幸せっ!」


 私の言葉に歓喜の声をあげ、クロナは腹を見せる犬のように地面に寝転がる。

 なるほど、自身が踏まれる瞬間を余すことなく眺めるとしたら、自然とこのポーズになるのか。背中を踏まれたのでは足の感触だけで、視覚的に愉しめないからな。こいつ、できる。


「待って待って、やめとこうよ! こんなの絶対おかしいよ!」


「ノラ……さっきも言ったよね」


「え?」


「自分の好きなことを否定されるのなら、それは社会の方が間違ってるって」


「それとこれを同列に扱わないで欲しかったぁぁっ」


「とにかく、どちらにしても協力者は欲しいところだったんだ。それに、彼のことを信用しないとしても、今の私達では対処ができない。それなら彼の要求をある程度飲んで、飼いならしておいた方がいい。そうでしょう?」


「それは、そうかもだけど……」


 ちらり、とクロナの方を見てうへぇ、と嫌そうな顔を浮かべるノラ。

 散々に言われている当のクロナだが、私の飼いならす、というワードに反応してぶるりと体を震わせていた。うん、気持ち悪いね。


「ノラにはちょっと見せられないから向こう見てて」


「……う、ん……ルナがそこまで言うなら……分かったよ」


 納得は出来なさそうな様子のノラだが、なんとか聞き分けてくれた。

 さて、後は私が覚悟を決めるだけだ。こういうことは時間をかけるだけ変な空気が生まれてしまうもの。さっとやってさっと終わろう。

 そう思って、私がクロナに向けて足を向けたところ、


「あ、お待ち下され」


「なに?」


「ブーツと靴下は脱いでください。そこだけは譲れない」


 情けない服従のポーズのままの癖に、なぜかキリッとした表情で宣言された。

 くっ……こいつ、まだ下げる株を残していたとは……


「分かったよ。皿を喰らわば毒まで、だ」


「……毒を喰らわば皿まで、では?」


「………………」


 は、恥ずかしっ! なるだけ尊厳を保とうと格好つけたのに!

 やばい、顔が赤くなっていくのが分かる。真っ白な肌の私が赤面すると、滅茶苦茶目立ってしまうというのに……!


「おおっ! 感じます! 感じますぞ! 今です! 今すぐその表情のまま踏んでくだされ!」


「ぐぅ、ぬおおおおおおッ!」


 先ほどまで固めていた覚悟が、あっという間に崩壊する。

 ここにきてものすごい心理的抵抗を感じる。だが、やらねば中央へ行けない。

 中央へ行かねば、魔術の情報も得られない、過去に帰れない。つまり……


 ──この男を踏まねば、ティナが救えないっ!


(やるしか……ないっ!)


 意を決した私は履いていたブーツ、次に靴下をしゅしゅると脱ぎ捨て、ゆっくりと足を下ろしていき……ぴとり、とクロナの腹に足裏を乗せる。


「あはぁぁああああああああっ!」


 それと同時にクロナが恍惚とした表情で嬌声をあげる。

 その時点ですでに足を百回くらい洗いたいほどに気持ち悪かったが、まだ乗せただけ。踏む、という行為を所望されたからには力を込めねばならない。


 ぐっ、ぐっ、ぐっ……と、足裏に力を込めて踏んでやる。


 本気で踏み抜くと腹ぐらい貫通しそうだったので、努めて優しく。

 もはや無我の境地だった。何も考えず、ただクロナの腹を踏み続ける。

 そんな行為が数十秒続いたころ、私はとんでもない事実に気が付く。


(しまった、こいつ……時間の指定をしていない!)


 この男が望むなら、何分、何時間であろうとも踏まなければならない可能性がある。それは流石に、いかに私と言えど精神がもたないッ!


「おい、神父。これ、一体いつまでやれば……」


 精一杯の強がりとして、強気な口調で話しかけるが、神父の返答はない。

 奇妙に思って、神父の顔を見ると……


「……うっわ」


 神父は口から涎を垂らし、気絶していた。

 男の私から見ても、非常に気色悪い光景だった。

 うん、やっぱりノラに見せなくて正解だったようだ。

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へ、へんたいだーーー!
こいつを信用してはならない、と。 ···違う意味だった!?WWW
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