第351話 友達の親ってどう接するのが正解?
「ただいまー」
その後、帰り際にレイチェルと一緒にレストランで食事を終えた私達はハーバー家に帰宅していた。ご両親への挨拶もそこそこに、レイチェルの部屋に向かう。
「……遅い」
すると、そこに読みかけの本から不満げな顔を覗かせるノラの姿があった。
「二人っきりでどこ行ってたの?」
「なになに? ノラったらもしかしてやきもち焼いてくれてるの?」
「ち、違うよ。ただ、ルナはあんまり出歩かない方がいいと思って……」
「え? なんで?」
「なんでって……」
レイチェルの言葉に、ちらりとこちらを見るノラ。
確かに私の立場を考えると、無闇に動き回るのは危険かもしれない。だが、その説明のためには私が過去から来たことを暴露しなければならないわけで……
「それは、その……なんとなく……」
しかし、そうすると今度はノラが魔術の研究をこっそり行っていたことがバレてしまう。それはノラにとっても不都合なことだろう。
「とにかく! 今度から出歩く時にはノラにもちゃんと言うこと!」
「分かった分かった。今度はノラも一緒に行こうね」
「むー……」
レイチェルにぽんぽんと頭を撫でられるノラだが、ふくれっ面のままだ。
昨日、一緒に中央に行く方法を探そうと言ったばかりなのに置いて行ってしまったことに怒っているのだろう。私からも後でフォローしておかないと。
◇ ◇ ◇
次の日の昼過ぎ、目を覚ました私は喉の渇きを覚えて一階のリビングへと向かっていた。物音がしなかったので、無人かと思ったのだがテーブルを挟んでレイチェルの父親とノラが食事をとっていた。
ノラは食パンを小動物みたいな仕草でもそもそと口に頬張っており、父親の方は食後なのか、コーヒーのカップを傾けていた。
「おはよう、ルナ。食事にするかい?」
「あ、いえ。お腹は空いていないのでお水をいただければ」
「それだけでいいのか? 遠慮はしなくていいんだぞ?」
「いえ、本当にお構いなく。昔から小食なので」
実際、私の食事量は同年代と比べても少ない方だ。
年下のルカと比べても、私の方が明らかに少なかった。
まあ、向こうは男の子だから差が出ちゃうのは分かるんだけど。
「そうか。なら用意してあげよう。かけなさい」
「あ、ありがとうございます」
友達を挟まずに友達の父親とする会話というのはどこかそわそわしてしまう。
居心地の悪さを感じた私はノラの隣の椅子に腰かける。
「おはよう、ノラ。今日は早いね」
「今日は出かけようかなって思って……ルナも予定がないなら来て欲しいかも」
「私も? 分かった。付き合うよ」
なんだろう、まさかレイチェルよろしくデートしたいって訳でもないだろうが。
「二人は仲が良いんだな。いいことだ」
話を聞いていた様子のお父さんがコップに入った水を私の前に置き、
「私はそろそろ出勤するとしよう。二人とも出かけるなら車に気を付けてな」
リビングの隅に置いてあったハンガーラックからスーツを羽織り、身支度を整える。その後、スーツの袖に腕を通したところで、思い出したように口を開いた。
「そうだ。今日は少し遅くなるかもしれないから、食事は先にすませるように伝えておいてもらえるかな?」
「あ、はい。分かりました」
「よろしく」
最後に軽く手を挙げて、部屋を出ていくお父さん。
遅くなるという話だが、こっちの世界だと何時くらいから遅い判定なんだろう。
「そういえばレイチェルのお父さんって、仕事は何してるの?」
「獣医さんだよ。たぶん、深夜外来の予約でもあったんじゃないかな」
「へぇ……」
そう言えば街中でペットと思われる動物を連れている人達も結構いたな。
元の時代の差の一つだ。ペットを飼えるだけの余裕が市民にもあるのだろう。
ハーバー家の家の規模とかを見るに、獣医は儲かるのかもしれないね。
「もぐもぐ……ごくん。よし……それじゃあお母さんに伝言だけしてくるから、ルナも出かける準備しておいてくれる?」
「分かった。玄関で待ってるね」
一度、ノラと別れて玄関に向かう。その途中、私は先ほどの会話のことを思い出していた。なんとなくなのだが……ノラとレイチェルの父親の間には溝のようなものがあるように感じた。
私が向かうまで会話もなかったようだし、二人が話しかけてきたのは私に対してだけだった。確執、というほどではないが、ぎこちなさはあった。
「お待たせ、ルナ」
「いや、大丈夫。行こうか」
昨日とは逆にノラと二人で家を出る。
「それでどこに行くの?」
「秘密基地だよ。あそこには『ノアの箱舟』に関する資料がちょっとだけ残ってるから、ルナが見たら何か分かるかもしれないって思って」
「なるほどね。でも私に『ノアの箱舟』は使えないからね?」
「そうなの? 四次元転移は確かに難しそうだけど、三次元転移も?」
「三次元転移?」
「えっと、時間跳躍じゃない普通の空間跳躍のこと」
「ああ、瞬間移動のこと。使えないよ。あの術式を理解して使いこなせるのは本当に一握りの天才だけだと思う」
学園で習ってきた術式理論の中でも『ノアの箱舟』の術式は特に難解だった。
一緒に触りだけ学んだクレアが開始早々にお手上げを宣言するくらいに。
「そ、そうなの? ノラにもできるのに……?」
「うん。だからノラはその一握りの天才なんだと思うよ」
これ以上ない最大限の賛辞だったが、当のノラはあまりピンと来ていない様子。
「実感とかはないけど……」
「魔術の使用が禁止されたこの時代だと、他の人と比べることもないからね。でも魔術が普通に使われていた時代から来た私が保証する。ノラはすごい魔術師だ」
「そうかな……? なんだか嬉しい……かも……えへ」
褒められて照れているのか、僅かに赤くなった頬を両手で包むノラ。
心底、思う。ノラは素晴らしい才能を持っていると。だからこそ不憫だ。
「ノラは魔術が好き?」
「え? うん。好きだよ」
「そっか」
きっとノラは生まれる時代を間違えた。
私達のいた時代に生まれたのなら、好きなだけ魔術の研究が出来ただろうに。
「だから、その……ルナの魔術とか、見せて欲しいなって」
「私の?」
「う、うん。やるべきことは分かってるんだけど、興味があって……ダメかな?」
上目遣いに頼み込んでくるノラはまるで親におもちゃをねだる子供のようで、
「……いいよ。そんなに多くの種類は使えないけどね」
「やった!」
ついつい安請け合いをしてしまったが……まあ、ノラに恩返しができると思えば安いものだろう。幸い、私の魔術はどれも目立つものではないし、秘密基地で使って見せれば誰かに見咎められることもない。
「それじゃあはやくいこっ、ルナ!」
「分かった分かった。そんなに焦らなくても私は逃げないって」
もしかしたらノラはずっと理解者が欲しかったのかもしれない。
誰に話すこともできない秘密を共有できる、そんな理解者が。
ようやく年相応にはしゃぐノラの姿に、私はそんなことを思うのだった。




