第350話 とある夢見る少女のお話
電光掲示板の光がギラギラと街中を照らす中、私はレイチェルと二人で仲良く夜の街を探索していた。この時間帯だと飲み屋の客引きも多いらしく、歩いているだけで多くの人に声をかけられた。
「あら、レイチェルちゃんじゃない。もうお仕事終わったのかい?」
「おーい、ちょっと一杯飲んでいかなーい?」
「あ、レイチェルだ! やっほー!」
いや、時間帯というのはあまり関係ないかもしれない。
話しかけられるたびにレイチェルは頭を下げたり、手を振ったり、軽く雑談を交わして対応していく。こういう人当たりの良さが、レイチェルの知人を増やしているのだろう。
「人気者だね」
「そんなことないよ。みんな気の良い人達だから自然とそうなってるだけだって」
謙遜するレイチェルだが、こればっかりは個人の資質によるものだろう。
「誰とでも仲良くなれるのは一つの才能だと思うよ」
「そうかなぁ……でも顔が広いってのも良いことばかりじゃ……」
「や、やあ、レイチェル! 調子はどうだい!」
レイチェルと会話しながら歩いていると、再び話しかけられる。
今度の相手は白いエプロンを着た若い男性だった。
「あ……こんばんは、ルーク」
「こんばんは! えと……その、良かったら寄って行かないかい? 新種の花が入荷したんだ。夕焼け色の花弁が君の髪に似てとっても綺麗で……」
「ごめんねルーク。今日はその……デート中だから」
「「えっ」」
レイチェルが突然口にしたデートと言う単語に、私とルークとやらが同時に声を上げる。
びっくりした、急に何を言い出すんだろうこの子は。
「また今後寄らせてもらうね」
「え、あ、そ、そっか……うん、分かった! 待ってるね!」
やや強引に話題を切ったレイチェルはルークと手を振って別れる。
「……えと、レイチェルさん? 今のは?」
「花屋さんだよ。常連ってわけでもないんだけど、色々と気を回してくれてるみたいでね。この前も花束をプレゼントしてもらったの」
「いや、男の方じゃなくてさ。その、さっき……デートって」
「ふふ、びっくりした? 話を切る理由としてはちょうどいいかなって思ってね」
びっくりしたかと言われれば確実にびっくりした。
なんなら今もドキドキしてる。まさか私だけでなく、レイチェルもこの遊びをデートだと思ってくれていたなんて……
「あ、こっちの方が人通りが少ないかも」
人目を避けるためか、私の手を引いて、裏通りへ進んで行くレイチェル。
目的地があったらしく、大人しくついて行った先にあったのは、機械音が耳を打つ何かの遊興施設のようだった。
「ルナはゲームスポット来たことある?」
「あると言えばあるし、ないと言えばない……かな」
「?」
レイチェルが不思議がるのも当然だろう。こっちの世界では始めて来た場所ではあるが、この施設は私が前世で行ったことのある場所に酷似していた。
というかゲームセンターだった。
「エアホッケーに、UFOキャッチャー……うわ、プリクラまである」
「他の街だと呼び方違うのかな? でも経験者なら手加減はいらないね」
「何かやりたいのがあるの?」
「あれ!」
レイチェルが指差した先にあったのは、レーシングゲーム機だった。
画面を走る車高の低い車はどれも魅力的なデザインで、男心をくすぐられる。
「いいね。やろうか」
「よし! 勝負だね! 負けた方は恥ずかしい秘密をいっこ暴露すること!」
「え……私、あの機械触ったことないんだけど?」
「お金は出してあげるんだから多少のハンデは我慢しなさい」
勝てる気はしないが……まあ、そこまで重い罰ゲームでもない。
興味もあるし、ここはレイチェルに付き合うとしよう。
「さーて、負けないぞー!」
筐体に設置された椅子に座るレイチェルから見様見真似で隣の椅子に着席する。
レバーやハンドルは直感的に操作ができそうだ。これなら何とかいけるか?
「3、2、1……GO!」
私がタイミングを計りやすいようにか画面の文字に合わせてカウントダウンをしてくれたレイチェルの声に合わせて、アクセルを踏む。急発進する車体をぐねぐねと曲がるコースに合わせてハンドルを切ると、レイチェルの感嘆の声が。
「おお! 初めてにしては上手いじゃん!」
「こっちのことばっか気にしてたらクラッシュするよ!」
店内の騒音に負けないよう、少し大声で会話する私達。
第三コーナーを回ったあたりで、奇妙な光る箱のようなものが画面に現れる。
「ん……?」
それを元ゲーマーの直感から障害物ではなくお助けアイテムだと判断した私は、試しに突っ込んでみる。すると、画面の左下にあったという空欄がぴろぴろぴろぴろ!という軽快な音と共にキノコの形をしたアイテムを表示する。
「これ、マ〇カーやんけ!」
思わず叫ばずにはいられなかった。
そして、それが私の致命的な隙となった。
「今だっ!」
背後から迫っていたレイチェルの機体が緑色の亀の甲羅に似たアイテムを投げつけてくる。それに見事、激突してしまった私の車は一回転して停止する。
「やっぱ、マリ〇ーやんけ!」
思わず叫ばずにいられなかった。
横を通り過ぎていくレイチェルの真っ赤なボディの車に元ゲーマーとしての血が騒ぐのを感じる。初見のゲームで負けるのは仕方ない。だが……〇リカーで負けるわけにはいかない!
「うおおおおおおおっっ!」
アクセルを踏みしめ、ハンドルを小刻みに捌く。
このキノコが私の思った通りのアイテムであるのなら……
「えっ……!?」
大きくコースアウトした私の車体に、レイチェルが驚きの声を上げる。
コース外を無理やり走行する私の車は悪路のせいで、みるみるうちに減速していくが……
「ここだっ!」
アイテムを使用した瞬間、まるでニトロでも積んでいたかのような加速を見せる。一時的に速度を得た私の車は悪路を突き抜け、本来のコースに舞い戻る。大きくカーブしたコースによってタイムロスした他の車をごぼう抜きにして。
「これで……一位だっ!」
私の車はそのままトップを守ったまま、コースを走り抜ける。
フィニッシュ! というゲーム音と共に一位の文字が画面を彩る。
「ぐわー! まさかショートカット使われるとはなぁ!」
悔し気に頭を抱えるレイチェルの記録は2位。他にもたくさんのNPCがいるレースでこの記録は悪くない。とはいえ……
「私の勝ちだね」
「ぐぬぬ……次はワンホッケーで勝負しよ!」
「いいよ。次の罰ゲームはどうする?」
「あー! もう調子乗ってるぅ!」
わしわしと頭を撫でてくるレイチェルに思わず笑みがこぼれる。
それから私達はゲームセンターを満喫した。レイチェルは負けず嫌いな性格なのか、あらゆるゲームで私と勝負をしたがった。UFOキャッチャーですら、取った景品の数で勝負しようとしたのだから筋金入りだろう。
それら勝負を全て真っ向から受けた私もそれなりだろうけど。
「はー、結局私の負け越しかぁ……仕方ない。最後にピクスチャ撮って帰ろ」
「罰ゲーム、忘れないでね」
「分かってるてば」
ゲームを通じて、すっかり仲良くなった私達はプリクラによく似た機械に一緒に入り、並んで写真を撮ることに。備え付けのペンで写真に文字がかけるあたり、そのまんまプリクラって感じだ。
「ルナ、何か書いてよ」
「え、レイチェルが書いてよ。私、こういうのよく分からないし」
「だから面白いんじゃん。ほら、時間なくなっちゃうよ」
レイチェルに強引にペンを渡された私は、内心でテンパっていた。
だって、普通、こういう時になんて書くかなんて知らないし。
ずっと友達だょ♡、とか書けばいいのか? いや、無理無理無理!
「あー……えーっと……」
「ほら、なんでもいいから早く早く」
レイチェルに急かされた私はそのままの感情を書きなぐることにした。
こういう場面で書く言葉にしては相応しくない気もするが。
「……なんで、『ありがとう』?」
あー、やっぱりレイチェルも変に思ってるぅ。
「いや、その……今日、連れてきてもらってすごく楽しかったから。この気持ちを忘れたくないなってのと、単純にレイチェルに感謝したいなって」
「…………」
「へ、変なこと書いてごめん! やっぱ撮りなおそう。ちょっと考えるから」
「か……」
慌てて弁解する私に、レイチェルは両手を頬に当て、
「可愛いぃぃぃぃぃぃっ!!」
にまにまと口角の上がった笑顔のまま、私に抱き着いてくる。
「なんでそんな可愛いこと言うの!? 私を萌え殺す気!?」
「え、いや、私は別に……」
「撮りなおすなってもったいない! これでいこう! これが良い!」
「そ、そう……? ならこれで……」
予想していた展開ではないが、レイチェルが満足そうならそれでいいか。
その後、るんるん気分のレイチェルからシールになっている写真を受け取って、私達はゲームセンターを後にした。
「はー、今日は楽しかったぁ。ルナも可愛かったし」
帰り道でそんなことを呟くレイチェルは先ほどの一幕が忘れられないらしい。
恥ずかしいからさっさと忘れて欲しいところなんだが……あ、そうだ。
「それより罰ゲームのこと、忘れてないよね?」
「あ、そうだった。恥ずかしい秘密を一つ教えるんだったね」
私だけ恥ずかしい思いをするのは不公平だと思ったので、早速罰ゲームの執行を催促することに。
「笑わないでね?」
「それは保証できないかなぁ」
「もー、でも別ゲームだから仕方ないよね。私さ、今の社会を変えたいなって思ってるんだ」
鼻の頭をかきながら、レイチェルは恥ずかしそうに話を始める。
「吸血種の人たちと私達の間には埋まらない溝があるように見えるの。でもそれって、埋めようと思えば埋めることができるはずなんだよ。互いに歩み寄って、理解し合える社会になればって」
語りながら空を見上げるレイチェルの瞳は、ネオンの光を受けて輝いて見えた。
「私はもっと多くの吸血種の人と関わるような仕事がしたい。私達の想いを伝えるためにね。監査局で働いてるのもその一環なんだ。いつになるかは分からないけど……いつかそんな日が来たらいいなって思ってるの」
それはレイチェルの夢の話だった。未来への希望の話だった。
確かに、誰かに面と向かって話すには恥ずかしい話かもしれない。
だけど……
「笑うような話ではなかったね」
「ほ、ほんと? この話をしたら普通笑われるか、バカにされるかだったけど……」
「そうなの?」
「うん……」
「なら、その人たちよりレイチェルは立派だよ。未来の目標があって、それに向かって努力しているんだからさ。レイチェルの夢を笑うのは、本気で何かに向けて努力をしたことがない人達さ。そんな人たちの声を聞く必要なんてないよ」
他人の夢を笑うのは、自分に夢がない人達だと私は思う。
それが悪いとは言わないけど、少なくとも高尚ではない。
「そっか……ルナは笑わないんだね」
「むしろ応援するよ。私にできることなんて高が知れてるだろうけどさ」
「……ううん。そんなことないよ。ちゃんと聞いてくれただけで嬉しかったから」
両手を後ろに、覗き込むように私の顔を見て笑みを浮かべるレイチェル。
「ありがとね、ルナ」
その笑顔はとても魅力的で、思わず顔を逸らしてしまう。
「あ、照れてる」
「照れてない」
「えー? 絶対照れてる」
「照れないってば」
「そう? それならそういうことにしておこっか」
くすくすと笑うレイチェルになんとなく、これからもこの関係性は変わらないような気がした。年上の余裕、というやつなのだろうか。精神年齢なら私の方が上のはずなんだが……
「でも、私の夢を笑わなかったってことはルナにも夢とかあるの?」
「え?」
「だってルナの言う通りならそういうことになるんじゃない?」
「まあ、なくはないけど……」
男に戻るという大望がね。
「え、なになに? 教えて?」
「いやだよ。恥ずかしいし」
「私だって教えたのに!」
「それは罰ゲームだったからじゃん!」
「なら普通に教えて? ね? いいでしょ?」
ぐっ……夢の話をしろと? 女の子に向けて? それなんて羞恥プレイ?
「絶対に笑わないからさ、お願いっ!」
両手を合わせて頼み込むレイチェルに逡巡する。
ここは未来の世界だ。ここでレイチェルに教えたところで誰かの耳に伝わるというリスクはないだろう……なら、別にいいか? 言っちゃっても。
私は迷いに迷い、それでも大恩あるレイチェルのお願い攻撃に屈してしまい、
「私は……その、男になりたい」
最終的に、絞り出すように自分の夢を語るのだった。
それに対するレイチェルの反応も予想通りで、
「え……男? え、男になりたいの!?」
「うん……」
これ、思った以上に恥ずかしいな……世の中には似たような思いを抱えた人なんてたくさんいるだろうに。
「ええ、めちゃくちゃ意外。こんなに可愛いのに……なんで男になりたいの?」
「私さ、男の人のことが好きになれる気がしなくて。だから将来のことを考えて、女性と付き合えるようになりたいなって……」
「そうなの? でもさ、それって……」
根ほり葉ほり聞きだされ、顔を真っ赤にしている私にレイチェルが訊く。
「──女性のまま女の子と付き合うのはダメなの?」
「………………え?」
「女の子の方が好きなのは分かったけど、だからってルナが男の子になる必要はないんじゃない? そういう愛の形だってあるわけだしさ」
「…………」
確かに? 元が男だったばかりに考えたことがなかったが、女性同士の恋愛なんて別に否定されるようなものではない。つまり……
「私は男になる必要が……ない?」
いやいやいやいやいやいやいや! それは違う! それは違うぞ私!
初志を忘れるんじゃあない! 男にしかできないことがあるだろう!?
「私はそう思うけどなぁ。だってさ、ルナくらい可愛い女の子だったら付き合ってみるのもありかなって思っちゃうし」
「いやいや……………………え?」
「ルナは私のことどう? 付き合ってみるのダメ?」
「………………」
なに? なにが起きた? 私に今……何が起きている?
「私はルナのこと、結構好きになってるよ?」
覗き込むレイチェルの瞳が私を捉えて離さない。
もしかして私、今……口説かれてる!?
「あ、え、っと……その……」
「これからも二人でさ、今日みたいに楽しいこといっぱいしようよ。それ以外にもたくさん、さ」
レイチェルの声に脳がぐるぐると回るような感覚に陥る。
楽しいこと? それ以外にも? い、一体それはどんなことなんでしょうか!
「……そ、その。私は……」
「うん」
「そういうのは……もっとお互いのことを知ってからだと……思います……」
燃え尽きそうな思考の中で、なんとか言葉を集めて告げる。
すると、レイチェルは少ししてにっ、と笑顔を浮かべた。
「もうルナは本当に可愛いなぁ。冗談にも真剣に答えてくれるんだから」
「……へ? 冗談」
「うん。冗談」
なんだ……冗談か。めちゃくちゃ本気にしてしまったじゃないか。
「でも、ルナがその気になったら本気にしちゃうかもね」
「……それも冗談?」
「にひひ、どっちでしょう?」
口元に手を当てて、笑みを浮かべるレイチェルに私はつくづく思い知らされる。
やっぱり女の子って……分からないなぁ、と。




