第34話 やっほい! 自由だ!
「……死ね」
絶望を顔面に貼り付けたガンツを前に、私はただただ冷酷な笑みを浮かべてやった。
次の瞬間、大蜘蛛が男の背後から飛び掛り凶悪な牙でその肉体を滅茶苦茶に引き裂いた。
あまりにも一瞬のことだったのできっと痛みを感じる暇もなかっただろう。
それが唯一の救いだね。喜ぶといい。
この私をあそこまで奴隷扱いしたんだ。
本来ならこの手で死ぬ寸前まで叩きのめしてやりたいところだったけど、その悲惨な末路に免じて許してやる。
さて……
これからどうしようか。
【ルナ・レストン 吸血鬼
女 9歳
LV1
体力:142/142
魔力:5070/5070
筋力:115
敏捷:125
物防:90
魔耐:50
犯罪値:212
スキル:『鑑定(78)』『システムアシスト』『陽光』『柔肌』『苦痛耐性』『色欲』『魅了』『魔力感知(14)』『魔力操作(58)』『魔力制御(23)』『料理の心得(12)』『風適性(8)』『闇適性(15)』『集中(5)』『吸血』】
この半年で大きく変わったのは『苦痛耐性』の熟練度。
私は奴隷紋の発する痛みに数秒は耐えられるよう、このスキルを徹底して鍛え上げた。その結果カンストしたこのスキルで何とかガンツを罠に誘いこんだまでは良かったんだけど……この状況、私もヤバくない?
今まさにガンツの体をモシャモシャしてるあの蜘蛛。
どう見てもヤバイ匂いしかしねえ。
ちょっと鑑定してみようかな。
【土蜘蛛 LV12
体力:5000/5000
魔力:2000/2000
筋力:2300
敏捷:1700
物防:1800
魔耐:2000
スキル:『気配感知』『隠密』『蜘蛛糸』『毒牙』『剛力』『飛脚』『魔力感知』『魔力操作』『魔力制御』『土魔法』】
……は?
え、いやちょっと待って。
こいつのステータス、ほとんど私の20倍近くなんですけど……それって単純に私より20倍怪力で、20倍足が速く、20倍タフネスってことだよね?
……そんなん勝てる訳ないですやん。
例え吸血状態だったとしても勝てない。
無理、無駄、無謀、不可能。
まさしく無理ゲー。
こんなんやってられるか。
こっそり逃げよう。気付かれないように、そっと、そぉっと……
──ギロリ。
あかん。あっさり見つかってしもうた。
つうか気持ち悪いな。あの目玉。こっち見んな。
「…………っ!?」
なんてふざけたことを考えている内に、土蜘蛛は跳躍して襲い掛かってきた。どうやらあの冒険者たちでは足りないらしい。
こんな小柄な私を食べたところであんまり変わらないだろうに。
仕方ない……やるか。
攻撃力では叶わない。
敏捷性では叶わない。
ではどうやって戦う?
そんなの……魔法を使って戦うしかないでしょ!
「《森羅に遍く常闇よ・集い・形成せよ──【ヴィルディング】》」
いつも使っている闇魔法をより強固な形で具現化させるため、詠唱をプラスする。
高い指向性を与えられた魔力は空中の大気に絡みつき、物質化する。
即ち……
「……行け」
──風の槍へと。
魔力が見える私にはまるで光の槍のように映るその魔法。
まるで剣山のように、襲い掛かる光の槍はその一撃一撃が本物の槍に勝るとも劣らない鋭さだ。
だが……その攻撃も土蜘蛛には通用しない。
奴の体に触れた槍は切っ先を折られ、あらぬ方向へと捻じ曲げられた。土蜘蛛の体には傷一つ付いていない。
恐らくその原因は奴の高すぎる魔法抵抗によるだろう。魔力の使える生物というのは、ほとんど無意識の内に体を魔力で覆い天然の鎧として活用する。
そこに強度の差はあるとしても。
そして奴は私が見てきた全生物の中で最も魔法抵抗が大きい。
私の半端な闇魔法程度では傷一つつけられないということだろう。
それなら……
(直接ぶっ叩く!)
地面を蹴り、宙に飛び上がりざま飛び蹴りを土蜘蛛の眼球に叩き込む。
グチャリ、と嫌な音が耳に響く。
よし……これならダメージが与えられそうだ。
と、思った次の瞬間。
私の体は奴の脚に払われ、まるでゴム鞠か何かのように吹っ飛んでいく。
そうだった。奴のステータスはまさしく化け物。単純な取っ組み合いを挑んでも勝てるわけがない。
というか、何でこんなにステータスが高いんだよこいつ。
迷宮の入り口付近にいたモンスターは私の半分くらいのステータスしかなかったってのに……
(考えられる原因としてはあのトラップがやばいモンスターのところへ送る罠だったってことかな。いくら自由になるためとはいえ無茶をしすぎたかも)
迷宮は奥へ進めば進むほど強力なモンスターが生息すると聞いたことがある。
それならばここは最深部にほど近いエリアに当たるのだろう。そうでなくてはあのステータスに説明がつかない。
「……っ!」
咄嗟に地面を転がり、土蜘蛛の脚を回避する。
こいつ……体格差で押し潰すつもりか!?
次々に頭上から降り注ぐ土蜘蛛の脚。
飛び、走り必死に回避していくが……
「ぐっ!」
近くの地面が爆ぜる。
危ない。後数センチずれていたら体を串刺しにされていたところだ。
というか……これ、勝ち目がない。
勝ち目どころか逃げることすら出来そうにない。
よく見れば私の周囲に薄っすらと光る蜘蛛の糸が張り巡らされている。そのせいで大きな動きが出来ない。
蜘蛛糸と蜘蛛脚のコンボ。
これじゃあ捕まるのは時間の問題……
って、まずっ!?
「あ、ああああぁぁっ!」
ほぼ直撃した蜘蛛の脚に綺麗に吹き飛ばされる。
そしてその先には蜘蛛の糸。
まるで鋭利な鋼糸のように張り巡らされたその糸は私の左手に触れると同時に、鋭い痛みを私に送る。
「がっ、あッ!」
まるで脳内を焼き尽くすような痛み。
苦痛耐性のスキルなんかでは到底抑えきれない痛み。
ゆっくりと視線を向けるとそこには……肘から先を失った左手が映った。
だらだらと流れ出る血はまるで川のよう。
現実感などゼロに等しい光景だったが、それはまさしく『現実』だった。




