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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第7章 未来篇

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第344話 旅行先との文化の違いには気を付けろ


 夜の世界には闇が広がっている。

 空に輝く星辰から送られる光はあれど、地表に広がる暗黒を払うほどではない。

 その暗闇の中では腹に一物を抱えた悪党が、次の獲物を狙って舌なめずりをしている。それが私のいたあの時代の常識だった。


 故に、太陽の落ちた時間に出歩くなんて自ら危険に飛び込むのと同義だ。

 だったのだが……


「嘘でしょ……これ……」


 待ちゆく人々にそんな緊張感など見られない。

 ここには安全と安心があるのだろう。背後を歩く人物が自分を狙ってやしないかなんて気を配る人間は皆無に見える。

 それはつまり、ここが私のいたあの世界とはまるっきり別物と言う証明で……


「あ、ルナ。そっちは行っちゃダメっ!」


 あまりの衝撃にふらついた私の袖を、ノラがぐいっと引っ張る。次の瞬間──ブゥオン! という排気音と共にバイクにしか見えない搭乗物に乗った人物が通り過ぎていく。


「そっちは輪道だから危ないよ。こっちを歩いて」


 私の危なっかしい歩き方を見てか、ノラが小さな手で私の手を掴む。

 まるで迷子の案内だ。いやまあ、状況的にはまさしくその通りなんだけど。


「……ここが千年後の世界ってのは本当なの?」


「う、うん……誤差はあるだろうけど、大体それぐらい」


「……そっか」


 信じられない。信じられないが……認めるしかない、のか?

 車道を走る車両、スマホを片手に談笑する人々、夜の闇を切り裂いたネオンの光……もちろん、こちらの世界では微妙に用語が異なっているようだが、その実態は私が元いた世界とほとんど変わらない。つまり、世界そのものが変わったように思えるほどの長い年月が経っているということだ。


 これだけの変貌だと、むしろ日本に戻って来たと言われた方がしっくりくる。使っている言語が異世界語だから間違いなくこっちの世界なんだけど。


(『鑑定』スキルも問題なく使える……となると他のスキルも同様か)


 スキルの発動も確認して、ここが日本ではなく異世界だと確信する。とはいえなぁ……まるで二度目の異世界転生を果たしたような気分だ。


「えっと……ひとまずルナはこの世界の知識を覚えるべき……なのかな……」


「…………」


 まだ混乱冷めやらぬ私に、ノラが今後の方針を提示する。

 だが、今の私の思考を占めているのはこれからどうするか、ではなくどうすれば元の時代に帰れるか、ということだった。


「……ノラは『ノアの箱舟』の術式が使えるんだよね? だったら私を元の時代に帰すこともできるの?」


「あ……ま、待って待って!」


 私が質問すると、ノラは慌てて身を乗り出して私へ耳打ちする。


「人のいるところで術式とか、そういう魔術に関することは言わないで……っ」


「え? なんで?」


「あう……それはその、説明が難しいというか時間がかかっちゃうんだけど……とにかく魔術の話とか、ルナが過去から来たこととかは絶対に他の人に話さないで。詳しい話は家についたら話すから」


 意味深なノラだが、悪意は感じない。ここは彼女の言うとおりにしてみよう。


「分かった」


「う、うん。それじゃさっそく行こう」


 私の手を引いたまま歩き出すノラ。この流れはつまり、このままノラの家に向かおうということか?


「その、もしかして私もお邪魔していい感じ?」


「う、うん。ルナに行く場所がないのは分かってるから。身分証も持ってないだろうからスポットにも泊まれないだろうし……」


「そっか。ありがとう。でも迷惑になるようだったらさっきの部屋とかでも……」


「あっ、あっ、あっ……!」


 歩きながら話していると急にノラが私の前に回り込んで口元を手で押さえようとしてくる。


「……あの部屋の話もしない方がいいのかな?」


「う、うん。ごめん……全部後でちゃんと説明するから」


 何がここまで彼女を慌てさせているのは分からないが、ここまで来たら彼女に全てを任せてしまおう。ひとまず親切心からか、何なのかは分からないが私に親身になってくれているのは分かる。

 私が内心でそう腹をくくっていると……


「あ……そうだ。先にこれだけは言っておかないと」


「なに?」


 思い出したようにノラが気になることを言い始める。


「この街で生きていくうえで絶対に逆らっちゃいけない存在がいるの」


「逆らっちゃいけない存在?」


 貴族とかそういうのだろうか。それなら私のいた時代にもあった。

 身分の違いというのはこの世界において無視できない要素の一つだ。

 同じ罪を犯しても貴族と平民では罰の重さが違ったりする。ふざけた話だとは思うがそれが当たり前の世界なのだ。


「うん。それはね……」


 その逆らってはいけない存在についてノラが話をしようとした時、



「──きゃあああっ!」



 女性の悲鳴が夜の喧騒を突き破って聞こえてくる。


「なんだ……?」


 見ると少し進んだ先が人だかりになっているのが見えた。

 転んでしまったらしい少年の肩を両親と思われる男女が掴んでいる。

 三人の家族が恐怖の表情で見上げる先には……


「……卸したばかりの服だというのにやってくれましたね」


 後ろ姿しか見えないため、表情までは伺えないがすらりと伸びた長身の男性、その低い声が聞こえてくる。威圧感のある声は怒っている様子だ。


「す、すみませんっ、この子が喉が渇いたと言ったもので……っ」


「そんなことはどうでもいいんですよ。あなたの子供のせいで私の服が汚れてしまった。その事実が重要なのです」


 明らかに上から目線の物言いをする男。見たところ子供が男にぶつかって飲み物を零してしまったのだろう。これだけの人が歩き回る場所なら不思議な話ではない。だというのに男はまるで彼らが大罪を犯したかのように糾弾している。

 たかが服に飲み物をかけられた程度で、だ。


「器の小さいやつだな」


「…………ッ!」


 私が呟いた瞬間、ばちっ! とノラの小さな手が私の口を覆う。

 いきなりの行動にびっくりする私だったが、それ以上にノラはびっくりした様子で目を見開いていた。


「き、聞こえたらどうするのぉ……あ、あの方がさっき言った、その……」


「……もしかして例の逆らっちゃいけない人?」


「(こくこくこくこく)」


 口に出すのも恐れ多いのか、ノラはぶんぶんと頭を振って肯定する。


「……貴族か何か知らないけどさ、どんな身分だからって限度はあるでしょ」


「貴族? い、いや違うよ。そんなのよりもっと恐ろしい人達なんだ……」


「え?」


 男の身なりから貴族だと読み取った私の予想はどうやら外れていたらしい。

 どういうことなのかと私が疑問に思っていると、


「仕方ありません。私も公務中ですし……こうしましょう。ちょうど私も喉が渇いていたところなんです。女の方で構いません。ここで私に()()()()()


「は、はいっ……」


 男が子供の母親と思われる女性に指示しているのが聞こえた。

 女性は男の言葉に、しゅるり、と襟のボタンを外して首元を露出する。いきなり服を脱ぎだしてどうしたのかと思ったが、どうやら肌を見せるのが目的だったらしくそこで手を止める女性。

 もう少し脱いでくれたら胸元が……じゃなくてなんだ、どういうことだ? 何をしているんだあの人は?


「それでは──いただきます」


 状況を掴めない私の前で、男が身を乗り出して女性の首元に口を寄せる。

 そして……


「あっ……んっ……ううっ……」


 女性の艶めかしい声と共に、じゅるじゅると何かを啜る音が聞こえてくる。

 明らかに異常な状況だったが、周囲の人たちはその様子を遠巻きに見るでもなくただ目を逸らして歩き去っていく。まるで関わり合いになりたくないみたいに。


「あの方たちはこの街……いや、この国で絶対に逆らっちゃいけないお方……」


 ぽたり、と地面に落ちた赤い雫。

 それは女性の首元から零れた鮮血だった。

 見間違いでもなんでもない。私の目の前で女性は男に……血を啜られていた。


「──吸血種(ヴァンピール)様。ノラ達人間が絶対に逆らっちゃいけない存在だよ」

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