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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第7章 未来篇

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第343話 旅行前日の夜はよく眠れない


 師匠の家にある研究所。散らかり放題の一室でカーテンの隙間から漏れる月明りに照らされたノアが私に向けて真剣な表情で問いかける。


「準備は出来たか、ルナ?」


「うん。いつでもいいよ」


 私は足元に広がる巨大な魔法陣を見ながら頷く。

 これは時間跳躍を可能にする『真・ノアの箱舟(ノアズ・アーク)』の術式が書かれた魔法陣だ。複雑に走る無数の線にどんな意味があるのか分からないが、ノアが間違いはないというのだから問題ないのだろう。

 とはいえ、時間跳躍とかいう大仰な行為を前に緊張していないと言えばウソになる。足元の魔法陣と合わせて、今の気分は人体錬成の実験体だね。


「『真・ノアの箱舟』の術式については先ほど説明した通りダ」


「私が理解できなかったのも先ほど説明した通りだけどね」


「良い。最初から完全な理解は期待していナイ。要はある程度のイメージを固めておくことが重要なのダ。空を飛ぶ魔法にしても体に羽を生やすのと、空気の固まりに乗って飛ぶのでは結果は同じでも原理が違うだろう?」


 なるほど……イメージ、か。確かに私は術式の結果ばかりを気にして、それがどのような理屈で行われているかについては深く考えたことがなかった。

 1+1の結果が2であることを暗記しているだけで、計算しているわけではない……という感じだろうか。簡単な魔術ならともかく、複雑な計算式が必要となる魔術では計算方法に着目すべきなのかもしれない。


「ルナが単一の系統魔法しか使えない原因もここにアル。一言で言うとお前は魔術に対して頭が固すぎる。理論的に可能なことでも感覚的にできナイと思い込んでいるのだろう。本来、魔術はもっと自由なものなのにダ」


「あー、その辺の講義は帰ってきてからでいい? このままだと日が明けちゃう」


「む……それもそうダな。ノアの悪い癖ダ。魔術理論の話になるとつい話過ぎてしまう」


 こほん、という咳払いと共にノアは改めて私に向き直る。


「……それか流石のノアも少しばかり緊張しているのかもしれナイ。なにせこの魔術が成功すれば歴史に名を残す大偉業になるわけだからナ」


「そんなものに興味ないくせに」


「まあナ……だが、公表しない訳にもいかないだろう。この魔術の研究を進める為には資金調達も必要ダ」


「だったら未来のノアは大富豪にでもなってたりして」


「ならば次に会っていた時には豪勢な食事を振舞ってやろう」


「それは楽しみだ」


 未来は何も確定していない。だが、そうであったらいいと思う。

 無駄話の嫌いなノアが雑談に付き合ってくれたのは互いに緊張をほぐす時間が必要だったからだろう。それほどこの魔術の持つ意味は大きい。


「よし……始めるぞ」


 覚悟を決めた表情のノアが魔術の詠唱を始める。

 瞳を閉じてその瞬間を待つ私に……


「……ルナ」


 背後から声が聞こえてる。振り向くと、私の時間跳躍を無言で見守っていた師匠が珍しく不安そうな顔で私を見つめていた。


「絶対……ちゃんと帰ってこいよ」


 おいおい、やめてくれよ。そんな心配そうな顔をするな。

 そんな顔でそんなことを言われたらマジで帰って来れないような気がしてくる。

 でもまあ、師匠の心配はもっともか。これから行う時間旅行にはどうしたってリスクがつきまとう。

 だから……


「はい、必ず」


 私は自分自身を奮い立たせるように強く頷く。

 そして、いつもなら師匠の隣にいる()()の姿を探して周囲を見渡すが……その姿はどこにもない。


(見送り……来てくれなかったか)


 私が探していたのはアリスの姿だった。

 師匠の話では話も聞かず、どこかへ出かけてしまったとのことだが……もしかしたら、完全に怒らせてしまったかもしれない。事情を知る中で、唯一最後まで私が未来に行くことを否定していたからね。


(だとしても……旅立つ前に顔くらいは見たかったな)


 僅かな寂しさを感じる私の視界が、徐々に色彩に覆われ始める。

 どうやら術式の効果が現れ始めたらしい。

 私は今、これから未来へ飛ぶ。


「行ってこい、ルナ」

 

 詠唱を終えたらしいノアの声を最後に、

 ──私の身体は浮遊感に包まれるのだった。



  ◇ ◇ ◇



「う……ぐ、ぁ……」


 激しい頭痛と嘔吐感……まるで脳をミキサーにでもかけられたかのようだ。

 私は……時間跳躍に成功したのか?

 ノアとの打ち合わせでは5年後に跳んだはずなのだが……


「え……?」


 状況を把握しようと周囲を見渡した私は、ここが見覚えのない場所であることに気が付く。ベニヤ板を継ぎ接ぎしてできた壁面には、術式理論の書かれた紙が所狭しとばかりにびっしりと釘で張り付けられている。


 足元で踏みしめる大地の感触……天井から吊るされた裸電球を見るに、職人が作った豪邸というわけではなさそうだ。

 ……ん? 裸電球?


「なんだこれ、どういうことだ……?」


 見慣れた魔動具とは違う照明器具に思わず首を傾げる。


(そういえばノアは……?)


 術式の展開には観測者となる目が必要だと言っていた。

 ならば近くにいるはずなのだが……


「あ」


 いた。ノアはなぜか机の下に引きこもり、おっかなびっくりと言った表情で私を見ている。肩まであった滑らかな髪はより短くなっており、軽くカールするウルフカットに整えられている。着ている服もなんだかいつもの印象と違う、ゆったりとした厚手の生地を着込んでいる。イメチェンでもしたのだろうか?


「あの……ノア? 術式は成功したってことで良いんだよね?」


 私が話しかけるも、ノアは両手を前に震えているだけ。

 ……なんだか様子がおかしい。


「……ん?」


 ノアの様子に注目した私は彼女の頬に黒子があることに気が付く。

 こんな場所に黒子なんてなかったはず……まさか……


「君、もしかしてノアじゃない?」


 恐る恐る問いかけると、少女は……こくりと頷く。そして、


「えと、私の名前……の、の、ノラ……」


 吹けば飛んでいきそうな声で告げる少女。声もノアとは違う。

 つまり……どういうことだ?


「えと、さっきのは名前かな? ノノノラさん? 私状況がよく分かってないんだけど……」


「~~~~っ」


 呼びかけると少女はぶんぶんと勢いよく首を横に振りだす。

 急に激しく動き始めるもんだからびっくりした。


「ノラ……っ」


 机の下から顔だけ出して見上げるような体勢で今度ははっきりと告げる。


「ノラの名前は……ノラっ! ノラ・グレイっ!」


 両手を握りしめて精一杯の勇気を出しましたって感じだ。

 小動物みたいな反応で可愛いなこの子。しかし、ノラ・グレイ(・・・)と来たか……。


「そっか、間違えてごめんね。改めてよろしくノラ。私の名前はルナ。いくつか聞きたいことがあるんだけど……」


「……ルナ、やっぱりそうなんだ……ウソみたい」


「…………へ?」


 話の途中だったが、ノラは信じられないものを見るような目で私を見る。


「あっ、せ、説明。説明しないとだよね……えと、えと……」


 話そうとすることがまとまっていないのか口ごもるノラ。

 慌てているのか、緊張しているのか、単純に会話が苦手なのか……


「……大丈夫。ゆっくりでいいよ。ちゃんと聞くから」


 私はノラと視線を合わせるように地面に膝をつく。


「あ、ありがとう……えっとね、まず大前提の話からなんだけど……」


「うん」


「その……あなたが挑戦した『ノアの箱舟』は……多分、()()してる」


「…………うん?」


 ノアの言葉の意味が、私にはよく分からなかった。


「あ、えっと! ちがくて! 術式そのものは成功したよ? 正確には、今、したわけだけど……ノラが言いたいのはつまり、その……あなたが考えていたであろう当初の計画は破綻しちゃってるってことで……」


「……どういうこと?」


「えっと、どうしよ……見てもらった方が早いのかな……」


 おろおろ、もごもご、と要領を得ない独り言を呟くノラは、やがて決心したように立ち上がると、私に向けて手を振る。


「こっち、来てもらっていい?」


 何も情報のない私にはそれがいいことなのかどうかすら分からないが……何やら見せたいものがある様子。ついていくしかあるまい。


「えと……ノラは、パパとママが残してくれたこの秘密基地で『ノアの箱舟』の研究をしてたんだけど……それがついさっき、ひと段落したって言うか……」


 ベニヤ板の張られた小屋の外は、狭い裏路地のような場所へ繋がっていた。左右が極端に狭いせいで体を横にして進む必要があるほどだ。そんな道とも呼べない道を、右へ左へと小道を挟んで移動しつつ私を誘導するノラ。

 ちらちらとこちらの様子を見ながら歩くノラの足元が心配になるが、慣れた道のりなのかすいすいと進んでいた。


「と言っても、ノラが行ったのは元々あった研究データを改良しただけ……複数の視点を経由して跳躍する『ノアの箱舟・改』なんだけど……」


「……つまり私はノアの代わりにノラの視点で時間跳躍を終えたってこと?」


「あ……やっぱり、開発者の人の名前、ノアなんだ……」


 私の質問にノラは答えず、合点がいったという風に呟いた。

 その言葉に、その台詞に……私は背筋に寒いものが走る感覚を覚えた。


「……ノラはノアがどこにいるか知ってる?」


「この魔術の開発者さん、だよね? えっと……その、それは……多分、これを見てもらったら全部、分かると思う……着いた、から。その……見て欲しい」


 またまたノラは私の質問には答えず、この狭い路地裏の終着点を指差す。

 促されるまま、路地裏を出た私は……その光景を目撃する。


「……なんだよ、これ」


 結論から言うと、私の視界に広がる世界は、私の良く知る世界とは全く異なっていた。


「確かな暦までは分からないからおおよその概算になるんだけど……えとね、まず旧暦にある大戦直後の魔術全盛期に術式の核心が出来上がったと仮定して……」


 隣に立つノラが何か言っているが、その説明が全く頭に入ってこないほどに今の私は衝撃を受けていた。


(だって、これ……まるで……)


 私に視界にそびえ立つ高層ビル群、広告塔と思われる巨大掲示板から放たれる音と光は夜の世界を過度に装飾する。さらに等間隔に配置された街灯と合わせ、夜の世界から闇を完全に消し去っていた。

 そんな懐かしさすら覚える光景の中、肌を大胆に露出した服で酒と思われる缶を片手に楽し気に談笑する少女たち。今から待ち合わせなのか、スマホのようなものを操作して立ち尽くしている人々。

 溢れるほどの人間が街中を闊歩していた。

 その光景はまるで……


(まるで現代日本の……都会の光景そのものじゃないか……!)


 私が知るこれに最も近い光景は渋谷のスクランブル交差点だ。そんな規模の人間がうじゃうじゃと歩き回っている。到底信じられない光景を前に呆然とする私へ、ノラが更なる衝撃の言葉を放つ。


「それで後は今年の新暦である923年の差から求められるんだけど……えと、落ち着いてよく聞いてね? ここは……」


 不思議なもので、数多の人間がひしめく雑踏の中、そのノラの言葉はやけにクリアに私の耳へ届いた。


「──ルナが来た時代から……大体千年後の世界なの」

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