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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第6章 従者近衛篇

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第337話 選手交代


 僕は昔から月が嫌いだった。

 自力で輝くこともできないくせに、夜の世界に我が物顔で居座っているからだ。

 与えられた力、与えられた立場、与えられた環境……それらに胡坐をかいて努力を放棄する貴族たちを僕は心底軽蔑していた。


「商人風情が貴族と対等な顔をしてんじゃねーよ」


 いつか参列した祝賀パーティーで同い年くらいの子供に言われた言葉。

 その日、僕は表の稼業である魔動具技師として成功を収めた父の付き添いで参加していた。

 身分の違う人間がその場で賞賛を受けるさまを見るのが耐えられなかったのだろう。

 今の僕なら完膚なきまでに反撃していただろうが、当時の僕は弱かった。

 何も言えずにただ震える事しかできなかった僕に……


「あなた達、一体何をしているのかしら?」


 その少女は颯爽と、まるで風のように突然現れた。


「身分? これは貴族だけが集まる貴賓パーティーではないのよ。本来、守ってあげるべき臣民に対して嫌がらせをするなんて……恥を知りなさい」


 話を聞くなりそう一喝した少女のあまりに堂々とした態度に、僕に絡んでいた子供達も悪態をつきながら去っていく。


劣等血種(マイナ)風情が調子に乗りやがって」


 去り際に放たれたその言葉の意味も理解していなかった頃、僕は一人の少女に出会った。


「ごめんなさい。貴族の末席として謝罪するわ」


 ただの平民に過ぎない僕に頭を下げる彼女は他の貴族とは違って見えた。


「……少し目立ち過ぎたかしらね。良かったらバルコニーに行きましょう。今日はとても月が綺麗だから、良い気分転換になると思うわ」


 美しいプラチナブロンドの髪をなびかせ、僕の手を引く彼女に、僕は一世一代の勇気を出した。


「あ、あの……っ!」


「なに?」


「お、お名前……聞いてもいいですかっ」


「ええ、もちろん構わないわ」


 少女は優しく微笑み、自分の名前を告げた。

 僕が一生忘れることがないであろう、初恋の人となるその名前を。



  ◇ ◇ ◇



 頭上に輝く月を見上げながら、遥か昔のことを思い出す。

 僕の原点となった記憶。きっと彼女は覚えてはいないだろう。

 だけど、それでも構わない。大切なのは僕のこの気持ちなのだから。


 今夜、逃げ切ることが出来たなら今度こそ自分の気持ちを伝えよう。

 次に、もしクレアお嬢様に会えたなら……


「残念だけど、お前はここまでだぜ。レインちゃん」


 そんな僕の淡い希望は儚くも砕け散る。

 見ると裏路地から大通りへ出る道の途中に、見覚えのある男が立ちふさがっていた。


「……リィル、先輩」


「はあ……なあお前、本当に逃げ切れると思っていたのか? 『銀の矢』が外れることはない。お前だって知ってるだろう?」


「…………」


 狙った獲物は逃がさない。

 だからこそ暗殺ギルドは暗殺ギルドたりえる。

 そんなことは分かっていた。生き残ることはきっと無理だって。

 それでも……


「……諦めるわけにはいかない」


「あん?」


「お嬢様の命がかかっているんだから……何があっても諦めるわけにはいかないっ!」


 魔力を集中、大気中に存在する水分を一点に凝縮させ放つ。


「──『魔弾の射手(ウェーバー)』!」


 手のひらに凝縮された水玉は敵に向け、一斉に拡散し襲い掛かる。

 革鎧すらも貫く高火力の攻撃はしかし……


「……甘ぇよ」


 詠唱が始まる前から既にバックステップで距離を取り始めていたリィルの眼前で霧散する。

 さらにそれだけではなく、リィルの掌には先ほどのこちらと同じように水玉が浮かんでおり、


「──『魔弾の射手(ウェーバー)』」


 既に詠唱を完了していたリィルの手元から無数の散弾が襲い掛かる。

 まるで逆再生でもしているかのように先ほどと全く逆の軌道を見せる水弾。

 先ほどと違うのは、その弾丸が相手に届いたかどうかということ。


「んあ……ッ!」


 右肩と左脚を撃ち抜かれ、激痛が体の芯を迸る。

 たまらず地面を転がる僕をリィルはいたたまれないと言った様子で見つめていた。


「レインちゃんの最大射程くらい把握してるっつの。それがオレの射程より短いっつーこともな。そもそも、オレが教えてやった魔術でオレに勝とうなんて100年早いんだわ」


「はぁ……はぁ……リィル先輩……」


「なんだ? 辞世の句くらいなら聞いてやるぜ」


「……助けてください」


 気付けば僕は情けなくも敵に懇願していた。


「出来る訳ねぇだろ。お前はもう終わってんだよ」


「僕の事ではありません。クレアお嬢様の命だけはどうか奪わないで欲しいのです」


 地面に伏し、頭を下げる。今の僕の無様はさぞ滑稽に映ることだろう。

 だが、それでクレアお嬢様の助かる可能性がほんの少しでも増えるのなら僕自身の誇りなんて取るにも足らない。


「後生です、先輩……どうか、どうか……お願いします……」


「……殺し屋相手にそんな泣き落としが通用するかよ」


「お嬢様はこれまでずっと辛い思いをされてきた。それがようやく普通の生活を手に入れようとしているのです。そんなささやかな幸せさえも許されないのですか……?」


「オレ達がこれまでに殺してきた人間にもあっただろうさ。そのささやかな幸せってやつがな。許す、許さないの問題じゃねぇんだよ。依頼されたから殺す、ただそれだけだ。それに……」


 言いかけたリィルの視線が僕の背後、裏路地の奥へと向けられる。


「たとえオレが許しても、ギルマスが許すわけがねぇ。そうだろ?」


「ええ、許すわけにはいきませんね」


 かつん、かつん、と杖を鳴らして現れた男の姿に思わず声に詰まる。


「ギルドマスター……?」


 そこにいたのは先ほど地下水道で交戦した初老の男性、ヴェルトであった。

 彼がここにいるということはつまり……彼女は敗北したということ。


「…………っ」


 絶望に体温が一気に低下していくような感覚に襲われる。

 手足の感覚がなくなり、自然に震えが始まっていた。


「チェックメイト、というやつですかな。私達以外にもメンバーが集まってきているようですし、最早ネズミ一匹逃げられる状況ではありません……何か言い残すことは?」


 僕の人生はここで終わるのだと、否が応でも理解させられる。

 こらえきれない涙がぽろぽろと頬を伝っていく感触を他人事のように感じていた。


「……ごめんなさい。クレアお嬢様」


 胸中を覆う罪悪感、それに呼応して零れた言葉に自覚する。

 本当のところ、僕はクレアお嬢様の命を第一に考えていたわけではなかった。

 もちろん死なせたいわけでも、苦しませたいわけでもないがそれより優先される感情があった。


 僕はただ……彼女の特別になりたかった。

 それは友達でも、家族でも、仲間でも、従者でもなんでもいい。

 彼女に求められて、それで自分の承認欲求を満たしたかっただけ。


 だからこそ、僕は僕だけの力で彼女を守りたかった。その欲が、僕の判断を鈍らせた。

 こんなことになるのなら、最初から誰かの力を借りれば良かったのだ。


「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……!」


「……旦那、あまり苦しまないように頼んます」


「もちろん。一瞬で終わらせるさ」


 ヴェルトが詠唱を開始する。僕の命が終わるカウントダウン。

 刻まれる最後の時を絶望の中で待つ僕の耳に……


「──レインが謝るようなことは何もない」


 聞き覚えのある声が届いた。


「この声……まさか」


 同じ感想を抱いたらしいヴェルトが背後に振り返る。

 漆黒の闇の向こうになにかがいると、そう直感していた。


「私の認識が甘かったんだ。話の通じない相手に自分の意思を通したいのなら逃げ回るのではなく、戦わなければならなかった」


 月夜の中に現れた声の主は予想通りの人物で、予想外の姿をしていた。

 血のように紅い瞳、闇のように黒い角。


「鬼ごっこはもう終わり……いや、役職交代の方が相応しいか」


 三日月に歪めた口元から覗く鋭い牙はまさしく人外の証。


「──ここから先は、私が『鬼』だ」

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