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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第6章 従者近衛篇

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第335話 どこまでも歪で正直な命


 王都の夜道をレインと二人で疾走する。

 ヴェルトの追撃は今のところなさそうだが、なるべく早くこの場を離れる必要があるだろう。そう思って走り続けていたのだが……


「もうちょっと早く走れないかなぁ!」


 後ろを走るレインの動きが明らかに鈍くなっていた。

 速度を落とし並走するが、


「ぜえ……ぜぇ……うる、さい……っ」


 苦しそうに息を切るレインの言葉にもいつものキレがない。

 見るとレインの服に血が滲んでいた。


「お前、それ……」


 私の視線に気付いたのか、レインはその血を手で隠してしまう。


「はぁ、はぁ……大丈夫だ……」


「大丈夫って……ちょっと見せて」


「は? いや、待て、勝手に……」


 嫌がるレインの手を振り払い、上着を捲ってみると……


「……なにこれ」


 腹部に広がる青黒く変色した傷口は、明らかに大丈夫なんて言える状態ではなかった。


「なんだよこれ、お前、これまでずっと隠して……」


 驚く私の手をレインは振り払い、傷を上着で再び隠してしまう。


「……今は一つの場所に留まるべきじゃない、行くぞ」


「いや、だけど……」


 傷の状態を見るにすぐにでも治療院で専門的な治療を受けるべきだと思ったが、悩む私の態度を見てレインが眉を吊り上げる。


「あの男は僕の怪我に気付いていた。だから、僕の命を条件に出してきたんだよ。そんな条件なんて呑まずに僕を殺していれば僕達二人だけの犠牲で済んだのに……いいか、僕のことはどうでもいい。このゲームに勝てなきゃ全ては終わりだ。お前が勝手に始めたこのゲーム……負けたら絶対に許さないからな」


 今にも倒れてしまいそうな傷だというのに、鬼気迫る剣幕でまくし立てるレイン。

 こいつ、まるで自分が死んでいた方が良かったみたいな言い草だ。

 いや、みたいなというか実際にそう思っているんだろう。


「あのな、お前……」


 私がレインの考えに物申そうと口を挟んだとき、


「あら、大丈夫?」


 話しかけてくる人の声に振り向くと、40歳くらいに見えるダウンコートを着た年配の女性が心配そうな表情でこちらの様子を伺っていた。


「物音がすると思って様子を見に来たら……どうしたの? そっちの子は怪我してるの?」


「……止まれ」


 近寄ってこようとする女性にレインが静止の声を上げる。

 この状況で他人と関わりたくないという気持ちは分かるが、今は緊急事態だ。


「レイン、応急手当は必要だよ。この人の手を借りよう。せめて包帯か何かだけでも……」


「分からないか、ルナ・レストン」


 レインは警戒した様子で女性に向かうと、


「扉の開く音はしなかった。つまりこいつは……」


 レインが言い終わる前に女性が駆けだす。

 こちらに向けて一気に距離を詰めてくる女性にレインもタイミングを合わせる。


 いつの間にか女性の右手に握られていたナイフを左手で受け流す……と同時に右手のアッパーカットで女性の顎を撃ち抜き、一撃で失神させる。あっという間の出来事に、私はその場から一歩も動くことができずにいた。


「……こいつは僕らの物音を聞いて来たと言ったが、そんな距離の家屋にいたのなら当然僕らの耳にもこいつが近づく音は聞こえて然るべきだ。そもそも、こんな夜中のトラブルに自ら近づいてくる奴なんてそれだけで信用ならない」


 周囲を警戒しながら、女性の懐を探ったレインは二振りのナイフを見つけたらしく、それを腰のベルトに差し込み拝借していた。


「『銀の矢(アルテミス)』の構成員はお前が思っている以上に多いぞ。ゲームが始まってからそれなりに時間も経っている。これからも追手は現れ続けるだろう。だから、囲まれる前に僕らは移動し続ける必要がある。分かったか?」


「……分かった」


 有無を言わせないレインの様子に私は頷くしかなかった。


「よし、なら次だ。移動するぞ」



  ◇ ◇ ◇



 その後もレインの言葉通り、刺客が何人も襲い掛かって来た。

 これが昼まであったなら警戒はもっと難しかったかもしれないが、この時間に接触してくるという時点で警戒に値する。吸血鬼の五感も周囲の警戒には役立った。今のところ何とか襲撃に対処できてはいるのだが……


「思ったより数が多い……っ」


「だから言っただろう!」


 背後に迫る襲撃者から逃げるようにゴミだらけの裏路地を走り抜ける二人。

 そんな私達の顔の間を……ひゅんっ! と回転する何かが通り抜ける。そのままガツンとレンガの壁にぶつかり突き刺さったのは黒塗りの短剣。い、今のは危なかったぞ。


「このままじゃジリ貧だ! どうすればいい!」


「僕に聞くな! 少しは自分で考えろ!」


 言い合いながらも逃走経路を模索する。そこでとある物が目に入った私は……


「こっち!」


 方向転換して走り出す。一蓮托生のレインもついてくるのだが、


「……おい、行き止まりじゃないか!」


「大丈夫!」


 言いながら路地の壁を左手で殴って破壊する。人一人が通れるくらいのスペースを確保したところで、レインが慌てた様子で乗り越えようと身を乗り出す。


「急げ、今の音でまた奴らが……」


「落ち着け」


 レインの首根っこを捕まえ、待ったをかける。


「これは囮だ。本当の逃走経路はこっち」


 地面を指差すとレインも私の意図を察したらしく、はっとした表情を浮かべる。


「なるほど、地下水路か」


「まず誰もいないはずだから時間稼ぎにはなる。行くよ」


 私が先ほど見つけたのは地下に通じるマンホールだった。

 極力痕跡を消しつつ、地下へと通じる梯子を下りていくと……


「うっ……」


 予想はしていたけど酷い匂いだ……とはいえ今さら地上に戻るわけにもいかない。


「酷い場所だ……点検用の通路があるだけマシか。下水の中を歩かなくて済む」


「そうだね。とはいえ長居はしたくないな。別の場所から上がれるところを……」


「きゃっ……!」


 言いかけた私の腕にレインがいきなり抱き着く。

 何事かと思って振り向くと、レインが地面を見ながらが涙目になって震えていた。


「ね、ねず、ねずみっ……!」


「そりゃネズミくらいいるでしょうね」


 私が足でダン! と地面を鳴らすとネズミは驚いて通路の向こうへと走っていく。


「ふぅ……」


 レインはまるで命の危機を乗り越えたとばかりに安堵の息を漏らす。

 そして、自分が私の腕に抱き着いていると今さらながらに気付いたのか、


「き、気やすく触れるな」


 とかなんとか言ってくる。そっちから触れて来たくせに。


「お前、結構ピンチになると素が出るよね。塔から降りた時とか、今の悲鳴とか」


「う、うるさい。忘れろ」


 ぶっきらぼうに言い放つが、頬が赤くなっているのが隠せていない。

 別にからかうつもりもないんだけどね。誰だって悲鳴くらいでるし。


「というか今はネズミなんぞに構っている暇はない。行くぞ」


 そう言って歩き出すレインに続く形で私も移動を開始する。

 月明りの届かない地下は真っ暗だったが、吸血鬼である私は暗闇でも問題なく見通すことができる。

 このアドバンテージは大きいぞ。奴らが追ってきたとしても私以上の速さで進むことはできまい。


「お、おい、ちょっと歩くのが速いぞ。というかもしかして見えてるのか? この暗さで?」


「あー……暗視の魔術が使えるからね、私」


 吸血鬼だから見えるんだよ、とは言えないので適当に誤魔化しておく。


「なら先導してくれ。こっちは足元すら覚束ないんだ」


「分かった、それじゃあ手を貸して」


「手?」


「変な方向に行かないようにね」


 私はレインに手を貸そうと手を伸ばすのだが……一向に私の手を取ろうとしない。

 先ほど、気やすく触れるなと言ったばかりだから気まずいのかもしれない。

 そういう細かいところに気を使うタイプみたいだし。


「手、借りるから」


 時間もないので私はレインの傍に歩み寄り、その小さな手を掴み取る。

 冷たく、細い手だった。外見をどれほど取り繕うとも誤魔化すことができない女性の手だ。


「…………」


「…………」


 それからしばらく、私達は無言で進み続けた。

 ぴちゃん、ぴちゃん……という水路に響く水音だけが聞こえる中、沈黙に耐え切れなくなった私はずっと気になっていたことを聞いてみることにした。


「ねぇ、なんで男装なんてしていたの?」


 先ほどの悲鳴の件と言い、ちょこちょこ甘さが見え隠れしている辺り、女性的な部分を全て捨て去っているというわけではなさそうに見える。


「……答える必要があるか?」


「いや、別にないけど……」


 再びの沈黙。少しでも気を紛らわしてやろうという私なりの気遣いだったのに。

 もういいや、と投げやりな気分で歩いていると、


「……昔の僕は今よりもずっと臆病だった」


 ぽつり、とレインが静かに語り始めた。

 言葉の意図が読めなかったが、折角レインが話し始めてくれたので続きを促すように無言でただ言葉の先を待つ。


「そんな時に出会ったのがクレアお嬢様だった。クレアお嬢様はいつだって気高く、美しく、そして優しかった……僕はクレアお嬢様の傍に並び立てる人間になりたいと願った。だけど、暗殺者の家に生まれた僕に普通の生き方なんて望むことはできなかった。こんなやり方でしか僕はクレアお嬢様の役に立てなかった……」


「……そっか」


 言葉の端々から感じるレインの気持ち、それは後悔の念だった。

 それが生まれによるものなのか、生き方によるものなのかは分からない。

 だが、たった一つだけはっきりしていることがあった。


「お前、本当にクレアのことが大好きなんだな」


「は、はあ? 何を今さら当たり前のことを……というか勢いで話したが、このことはクレアお嬢様には絶対に言うなよ」


「え? なんで?」


「なんでって、それは……恥ずかしいだろうが」


 躊躇いがちな口調に思わず振り返ると、レインは吸血種の視力でなくても分かる程真っ赤に頬を染めていた。あれ、この反応もしかして……


「……もしかしてレインって、クレアのことがラブなの? ライクじゃなくて?」


「~~~~~~~っ」


 あー……この反応、ガチのやつですわ。言われなくても分かる。

 イマイチ話が繋がらないと思ったらそういうことだったのか。

 男装していたのも全てはクレアの気を引くため。従者として潜入するだけなら別にメイドでもいいわけだからね。この話の悲しいところは、男装するよりメイド姿の方がクレアの気を引けたであろうところなわけだが……これは流石に言わぬが情けか。


「い、言っておくが僕だって分かってるからな。女性同士でその……そういう感情を持つのがおかしいってことくらいは」


「え? 別にそれは良いんじゃない?」


「……否定しないのか?」


「否定しないよ。だって私だって女の子の方が好きだし」


「えっ!?」


 私の言葉にレインは本気で驚いた声を上げる。

 追手が来てるかもなんであまり大声は上げて欲しくないところなんですけどねぇ。


「他人と比較してどうかなんて大した問題じゃないでしょ。大切なのは自分の心がどう思うかなんだから。自分が他人と違うって思うのは勝手だけど、自分の方がおかしいだなんて決めつけるのは自分に対して失礼だと思うよ」


「自分に対して失礼……?」


「そ。自分のことを本当に理解できるのは自分だけなんだから。自分の一番の味方は自分でなくちゃね。自己否定からは何も生まれないし、ただ自分が辛くなるだけだ」


 女性としての肉体、男性としての心。

 どこまでも歪なこの命、それは何度も考えたことだった。


「別に公言する必要はないけどさ、ことさら隠す必要もないんじゃない? だってそれが等身大のレインなんだから」


「……そんなことを言われたのは初めてだ。お前は、その……誤解を恐れずに言うと変わっているな。年下の癖に割り切っているというか、達観しているというか……」


「……私は思ったことを言っただけだよ」


 まさか精神年齢でいうならずっと年上だよ、なんて言えるわけもなく適当にはぐらかす。


「なあ、僕もひとつ聞かせてもらっていいか?」


「ん? いいよ」


「……どうして僕を助けた?」


 おずおずと、レインは躊躇うように私に尋ねた。


「僕の好きにさせたくないみたいなことを言っていたが、それだけの理由で断るにはリスクが大きすぎる。君にとって僕はその……どうなっても別に構わない程度の存在でしかないはずだ。クレアお嬢様のことを思うのなら絶対にあの条件は呑むべきだった。なのになぜ……」


「私のためだよ」


 レインの言葉に私は即答する。質問を想定していたわけじゃなかったけれど、その質問の答えは考えるまでもなく私の中で出ていた。


「確かにアンタのことは別に好きでもなんでもない。殺し屋になって誰かを殺すことになる覚悟はできてた。でもさ、あそこでレインを殺せって言われた私は嫌だって思ったんだ。あそこで話した理由はその場で考えた後付けの理由だね」


 誰かの命を終わらせること、それはこの世で最も罪深い行いだろう。

 だが、それ自体を否定することはできない。人はいつだって他の誰かを犠牲にして生きている。クレアの命を守るためなら知りもしない他人の命なんてどうなろうと構いやしない。その命に自ら手をかけることだって躊躇はしてもやり切ることはできるだろう。だけど……


「クレアの命もレインの命も、全部天秤に乗せても私は私が嫌だと思ったことはしたくない。自分の信念に背くようなことはしたくない。あの時はそう思ったんだ」


 好きではないとはいえ、知り合いの女の子を傷つける。

 それはあまりにも男らしくない、と。私はそう思った。


「レインが女の子だって知らなかったら、あっさりやっちゃってたかも」


「……なんだそれ」


「知らないの? 女の子は守ってあげなきゃダメなんだよ。特に、か弱い女の子はね」


「僕がか弱い女の子だって言いたいのか?」


「少なくとも私よりは弱いじゃん。二回も負けてるし」


「あれは……調子が悪かっただけだ」


「強がるねぇ。まあ、それもアンタらしいか」


 あくまでも私より弱いという事実を認めようとしないレインに思わず笑みがこぼれる。


「……というかさ、それって結局結局土壇場で日和ったってだけの話じゃないか?」


「まあ、一部ではそういう説があるらしいね」


「強がってんのはどっちだか……」


 話しながら歩いていると、レインの手がするりと抜けていく感触。


「レイン?」


「もう大丈夫だ。目も慣れてお前のアホ面まで見えるようになってきたからな。これ以上お前の手を借りる必要はない」


「そこはもうちょっと感謝を伝えてくれてもいいんじゃない?」


 ぶっきらぼうなレインの物言いに苦言を呈するのだが、


「僕を助けたのは自分のためなんだろう? それなら僕がお前に感謝する理由はない」


「うーわ、そういうこと言う? そんなだから友達がいないんでしょ」


「は? 今その話は関係ないだろ。というか友達くらい……いる」


 あ……これはガチのやつや。


「そういうお前はどうなんだよ。お前だって友達が多いようには見えないが?」


 うん、これは完全に友達がいないやつの台詞だわ。

 一々かちんと来る物言いしやがって。


「私は少ない友達を大切にするタイプなの。クレアとかね」


「…………」


 嫌味に対して嫌味を返した私にレインはまさかの無言。

 少しは怒るかと思ったのだが……振り向きレインの顔を見た私は自分の考えが間違っていたことを悟る。


「いつかお前は僕の手で殺す……絶対に」


 少し怒るなんてもんではない。殺意マシマシ特濃原液100%の怒りがこもった瞳でレインは私を睨みつけていた。怒りすぎて血涙流してるやつ、初めてみたよ。こいつやべぇな。


「いや、その……うん。なんかごめん」


 レインの前でクレアの話をするのは金輪際やめにしよう。

 私だって死にたくはないからね。

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