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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第6章 従者近衛篇

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第334話 高度100メートルからの逃避行


「……どうしてその名を」


 完全に足を止めた男……ヴェルト・リンデは驚きの表情で私を見ていた。


「別に。好きな名前で呼んでくれって言ったのはあなたでしょ、ヴェルトさん」


「…………」


 初めて男の動揺が見て取れた。畳みかけるならここだろう。


「あなたにあなたの情報網があるように、私にだって私の情報網がある。これでも貴族の友達は多いんでね」


 含みを持たせたセリフで注意を引き、あえてゆっくりとした口調で話しかける。

 話しながらも思考は止めない。『集中』スキルをぶん回し、さらに思考を加速させていく。


「そろそろ腹の探り合いは止めて本題に入ろう、ヴェルトさん……互いに何の罪もない隣人を傷つけたいわけじゃないでしょう?」


 先ほどの意趣返しとばかりに、『あなたの交友関係も抑えていますよ』と言外に告げる。

 もちろん、私が彼の家族友人について知っているわけがない。

 私が知っているのは、『鑑定』とかいうチートスキルで知ったヴェルト・リンデという名前だけ。


 しかし、その情報は彼のような人物にとっては大きな意味を持つ。

 その組織が秘密であればあるほど、その名を秘密にしていればいるほど彼にとって私の持つ情報網は得体が知れない気持ちの悪いものに映るはずだ。


「……なるほど。言われた側はこんな気持ちになるのか参考になったよ。お礼に一つ、確定しているとても大切なことを教えてあげよう」


 くるり、とこちらに向き直ったヴェルトの底冷えするような視線が私を捉える。


「私の家族に手を出したら、必ず殺す」


 背筋が凍る、という表現があるがまさしく今のような感覚を言うのだろう。

 まるで体の芯を冷やされた真水が通り抜けていくかのような感覚……言うならば『殺気』か。放たれたソレから、その言葉に嘘がないことが伝わってくる。もしも彼の家族に手を出せば、あらゆる手段を使って報復に来るだろう。

 だが……それだけ大切な家族がいるという情報を私は得たぞ。


「分かってるよ。私も同じ気持ち。だから、話は私達だけの間で終わらせよう」


 実際に私が持っている手札がブタであることを知られてはならない。

 だから交渉はなるべく短時間に、そして簡略化する。


「貴族の社会では交渉が決裂した際によく決闘で問題を解決してきたみたいでね。どうかな、ここは王国の風習にのっとって純粋な力勝負で決着をつけない? 私が勝ったらもう二度と私達に手を出さないこと。そっちが勝ったなら私の命も含めて好きにすればいい」


「……無粋な提案だね。そもそもそんな口約束が履行される保証がないから話は平行線になっているわけなのだが?」


「そこに関しては心配いらないよ」


「……と、言うと?」


「勝負が終わった時にはもう二度と私を敵に回したくないと思い知ってるってことだよ」


「ふはっ!」


 強気な私の態度に、ヴェルトは顔を上げて噴き出した。

 本当に思わず笑ってしまったという仕草で、さっと口元を隠すヴェルトだがその口の端が持ち上がっているところまでは隠しきれていない。


「あなたと言う人は……本当に面白い。良いだろう。君の提案を承諾する。ただし、その決闘には幾つか条件をつけさせてもらうよ」


「無茶苦茶な条件じゃなきゃ別にいいよ」


「安心したまえ、非常にわかりやすい明快なルールを付け加えるだけだ」


 ヴェルトはそう言って頭上を見る。バルコニーから見える時計台の頂上にはその名の通り、巨大な時計がかけられている。その時刻は現在、23:58分を示していた。


「時計の針が0時を指し示した瞬間から日の出まで、私達『銀の矢』のメンバーの刺客からの襲撃を乗り切り、生き残ったら君の勝ちとしよう。ただし、私達が狙うのは……レイン君だ」


「え? いや、そっちがギルドメンバーを使うのは別に構わないけど……レインは関係ないでしょ。これは私とあなたたちの勝負なんだから」


「君はこれから私の手足となるんだ。自分の手足を傷つけたい人間はいないだろう? それに私達は殺しのプロフェッショナルだが、戦闘は専門外だ。殺さず捕える技なんて用意がないのだよ。ゆえにターゲットは死んでもいい人間でなくてはならない。悪いがこればかりは譲れない」


「…………っ」


 レインを守って日の出まで……逃げ切れるか? この男から?

 いや、この男だけじゃない。何人いるかもわからない『銀の矢』のメンバーを相手にしなければならないのだ。私一人ならばどうとでもなるだろうが……正直に言って、自信はない。自信はないが……


「おい、ルナ・レストン。やめろ、僕の命のためにお嬢様の命を危険に晒すな」


「うるさい。いいからお前も黙って覚悟を決めろ」


「お前……」


「……どうやら答えは決まったようだね。では……」


 そこまで柔和な笑みを崩さなかったヴェルトが一転、


「──ゲーム、スタートだ」


 にやり、と獲物を狩るハンターような笑みを浮かべるのだった。

 そして、同時に時計の針が0時を指し示し……



 ──カツーン──



 ヴェルトが持っていた杖で地面を鳴らす。すると彼の足元から急速に魔法陣が広がっていく。それはたちまち私達の足元を越えていき、バルコニー全体を覆っていく。


「こいつ、魔術師かっ……」


 先手を取られた私は咄嗟に距離を取ろうとして……気付く。

 床がまるで粘土にでもなったかのように沈み始めていることに。


「《自由なる風よ・我が呼び声に応え・敵を切り裂け……》」


 更に追加される呪文……こいつ、複数の魔術を同時に使えるのか!?


「──『斬空(エア・スラッシュ)


 ヴェルトの持つ杖の先に収束してく風はやがて一つの形を与えられ、私達に向けて飛来する。まるでギロチンの刃のように鋭く研ぎ澄まされた魔力は風を切り、ぐんぐんこちらに迫ってくる。


(足場を悪くした上で避けづらい不可視の刃……これが奴の攻撃手段か!)


 確かにこれを回避するのは至難の業だろう、受けたのが普通の人間なら、ね。


「──『形成(ヴィルディング)』ッ」


 男の詠唱が聞こえた瞬間にこちらも詠唱を始め、何とかギリギリのところで魔術を完成させる。

 漆黒の魔力は籠手のように私の左手へと集まり、実体化する。


「くっ……らああああっ!」


 迫りくる刃を左手で受け止めつつ、弾くように上方へ風を受け流す。

 魔力を視認することができる吸血種ならタイミングを計るのは難しくない。

 速くはあるが、これぐらいの攻撃なら耐え続けることもできるだろう。


「流石に良い腕前をしている。だが、レイン君はどうだね?」


 男の杖がレインへと向けられる。そこで私はいつの間にかレインと私の距離が離れていることに気が付く。どうやら今の一撃はただの牽制だったらしい。


「レインっ! 逃げろ!」


「遅いね」


 ひゅっ! と風を切る音と共に風の刃がレインへと放たれる。

 くそっ……間に合うか……っ!?


「影法師──影槍ッ!」


 足裏に影槍を生成、泥の中をかき分け進んでいくとやがて固い地面と思われる部分に到達する。さらに射程を伸ばすと、地面からの反発を受け私の身体が宙へ浮く。

 足元の影槍を足場に、方向を調整、そして……跳躍。

 レインの眼前に飛び降りた私はそのまま風の刃を影法師で撃墜していく。


「あっぶねぇッ! おい、レイン! もっとしっかりしろ! あと少しで死んでたぞ!」


「う、うるさいっ! それよりここから逃げる手段を考えろ! この距離は危険すぎるっ!」


「分かってる、分かってるけど……!」


 時計塔から逃げるにしてもバルコニーの出口はヴェルトの背後にある。

 この攻撃の隙をついて通り抜けることは不可能に近いだろう。

 だったら……


「……おい、私につかまれ」


「は? なんでだよ」


「いいから早く!」


 私の言葉にレインは私の服の袖を掴む。


「そうじゃなくて、腰に抱き着くくらいしっかりと!」


「は、はぁ!?」


「死にたくないなら早くしろ!」


 言っている間にもヴェルトの攻撃は絶え間なく襲ってくる。

 一度でも防ぐことに失敗したら、一瞬でなます切りにされるだろう。

 余裕がないことはレインも分かっているのか、今度はぎゅっと私の腰に抱き着いてくる。


「動きにくい中でさらに動きにくくしてどうするつもりだよ!」


 私を非難するレインの言葉が聞こえてくるが、私には反応している余裕がなかった。

 これはタイミングが命だからだ。ヴェルトの『断空』が詠唱を必要としている以上、連射には必ず隙がある。その一瞬を……逃さないっ!


「──影槍ッ!」


 ヴェルトの攻撃の間に生まれた一瞬の隙、その瞬間に魔術を差し込んだ私にヴェルトが身構える。

 反撃されたと思ったのだろう、だけど残念。私の魔術の射程は君ほど長くはないんだ。

 だから……使い方はさっきと同じ。


 バババッ! と泥のようになった床から私とレインは抜け出し、空中へダイブする。

 ただ上に行ったところで意味はないから、斜め上、後方へ吹っ飛ぶような角度で空中へ射出した。

 つまり……


「っ、きゃあああああああっ!!」


 バルコニーから外へ、約100メートルの高さからの自由落下にレインが悲鳴を上げる。


「影法師──影糸!」


 耳元のやかましい悲鳴を聞きながら、必死に私は周囲の情報を拾い上げる。

 塔の壁面にある僅かな窪み、出っ張り、装飾、そう言った部分に何本も何本も糸を絡めて落下の速度を緩めていく。そして……



 ──ドスンッ!



 最後はレインを抱きしめるような体勢で私は背中から地面に着地した。

 いや、着地というか落下か。体中が痛い……けど、死んではいない。


「い、生きてる……?」


「なんとかね……それより早くここを離れよう」


「わ、分かった」


 私の身体から身を離したレインが手を差し伸べる。

 その手を取って体を起こしてもらった私達は一度だけ顔を見合わせ、それから走って夜の街に消えていくのだった。

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