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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第6章 従者近衛篇

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第325話 たまには誰かに寄りかかりたい日もある


 ルナが屋敷にて戦闘を行っている最中、レインは中庭で警戒を続けていた。

 ルナを襲った正体不明の攻撃。それについて目算は立っていた。


「……いつまで姿を隠しているつもりですか。リィル先輩」


 レインの声に近くの木陰が騒ぎ出す。視線を移すと、そこには細身の男性が立っていた。


「いやぁ、レインちゃんの本心が分からなくてねぇ……なんで邪魔した?」


 両手をぶらりと下げ、猫背で佇む男。全身を包むローブが闇夜に同化し、その輪郭をぼやかす。

 はっきりと認識できる特徴はフードの隙間から覗く鋭い眼光と、その両の目元に彫られた涙をあしらったタトゥーだけ。

 一言で言うと不気味な男だった。


「分かりませんか?」


「分かりたくないねぇ……オレぁ嫌なんだよ、知り合いを殺すのはさぁ……」


 けだるそうに後ろ頭を掻く男……リィルは物憂げにレインへと尋ねる。


「オレたちゃあ仲間だろう? だったら邪魔しないでくれねぇかなぁ……さっきのだってレインちゃんへの援護のつもりだったんだぜぇ? それなのにさぁ……」


 言いかけたリィルの視線がレインの更に奥……屋敷の方へと注がれる。


「……おいおい、嘘だろぉ? あの二人がしくじったのかい……?」


 追うように視線を向けると、屋敷の玄関からメアリーを担いで出ていくルナとそれについて行くクレアの姿が見えた。どうやら護衛には成功したらしい。


「…………」


「ターゲットに逃げられて何笑ってんだい? レインちゃん」


 言われてレインは自らの口元に手を当てる。笑っていた? この僕が?


「そんな顔はオレたちの前じゃ一度もしてくんなかったのになぁ……裏切りは確定ってことでいいのかい?」


「…………」


「そっか……悲しいなぁ……お前のことは気に入ってたのになぁ……」


 無言のレインに対し、目元を抑えて泣いている仕草を見せるリィル。

 咄嗟に魔術の詠唱を始めるレインに、


「ああ、いやいや、今はいい……やめておこうや……オレも団長や回収班に報告とかいろいろせにゃならんようだしな……」


 リィルはひらひらと手を振りながら戦意のなさを主張する。


「……僕がお前を逃がすと思うのか?」


「思うね。なにせお前じゃオレには勝てない。誰がお前に殺し方を教えたと思ってる?」


 寒気すら感じる口調だった。淡々と、ただありのままの事実を口にしただけ。

 リィルが逃げるのではなく、レインが逃がしてもらえるのだと。言外にそう告げていた。


「なに、お前がその気なら近いうちにその時は来るさ……悲しいことだがな」


「……楽しみにしています」


「ふっ……冷や汗だらだら流しながら言っても格好はつかねぇよ、レインちゃん」


 レインの精一杯の強がりを一笑し、その場を立ち去るリィル。

 レインにはその背を見送ることしかできなかった。



  ◇ ◇ ◇



 屋敷での襲撃事件から数日が過ぎた。

 治療院へメアリーさんを送り届けた後、すぐに緊急手術が執り行われた。

 私の影糸による応急処置が役に立ったのか、メアリーさんはなんとか一命を取り留めた。

 その点は喜ばしいことなのだが……


「お嬢様、そろそろ休みませんか? もう三日もこうしていますし……」


「ええ、そうね」


 クレアは肯定したが、その場から動く気配を全く見せない。

 ここはメアリーさんが入院している治療院の一室。

 手術は成功したが、その後もメアリーさんが目覚めることはなかった。


 メアリーさんの体を温める為もあってか、その手をずっと握って放そうとしないクレア。このままでは彼女まで倒れてしまいそうだ。とはいえ私が何を言ったところでクレアは聞く耳を持とうとはしなかった。そんな微妙に気まずい空気の中……


「ちょっとお邪魔しますわよ」


 その空気をぶち壊すかのように軽快な足取りで病室に乱入してくる人物が一人。


「なんですのクレア、その顔は。辛気臭いにもほどがありますわ」


「……カレン?」


「ええ。あなたの親友のカレンですわ。それより、あなたちゃんと寝ていますの? 目の下がすごいことになっていますわよ」


「…………」


「心配する気持ちは分かりますが、限度というものがあります。今日はもう休みなさい。看病は私がしますから」


「でも……」


「あー、ここはお嬢の顔を立ててやってはくれませんかね? これで追い返されたらマジで何しに来たんだこの人って感じになっちゃうんで」


 カレンの後ろからひょっこりと顔を出し、遅れてやってきたセスが困ったような表情で病室に入ってくる。


「あなたが根を詰めたところでお母上が目を覚ますわけでもないでしょう。それよりも彼女が目覚めた時に元気なあなたの顔を見せてあげなさい」


「……そうね。ごめん、それと……ありがとう、カレン」


「ようやく素直になりましたわね」


 カレンの言葉もあってか、ようやく病室を離れる決心を付けたらしいクレア。

 荷物を手に取っている間にカレンは私に近寄って、耳元でささやく。


「しばらくはクレアの様子を見ていてくださいまし」


「いいんですか? 私の役目はカレンお嬢様の付き人で……」


「私がいいと言っているのですから良いのです。それに……」


 そこまて言ってカレンはちらりと、明らかにやつれた様子のクレアを見る。


「……あの状態のあの子を放ってはおけませんわ。頼りになる人が傍で見ていてあげるべきでしょう」


「それは確かに……分かりました。クレアお嬢様のことは私にお任せください」


 私の言葉にカレンは私の肩をぽんと叩き笑顔を浮かべる。

 こういう時に頼りになる友人がいるというのはありがたいことだ。

 私にとっても、クレアにとっても。


「それじゃあ行きましょうかクレアお嬢様」


 そうして私はクレアの手を引き、病室を後にするのだった。



  ◇ ◇ ◇



 治療院の外は雨が降っていた。とりあえず外に出たはいいものの、向かう先は決まっていなかった。

 クレアもメアリーさんのことで頭がいっぱいなのか、私についてくるだけでアテがあるようには見えない。

 住所を知られている屋敷に戻るわけにもいかないし、近くの宿を探すしかないか。


「お嬢様、濡れるとまずいので傘に入ってください」


 普段は日傘に使っている私の傘にクレアを入れて、歩き出そうとしたところ、


「クレアお嬢様……っ」


 控えめな声でクレアを呼び止めながら、こちらに駆け寄ってくる人物の姿が見えた。


「クレアお嬢様……その、僕は……」


 いつになくおどおどした態度で現れたのはレイン・コートだった。

 声をかけたはいいものの、続く言葉に困っている様子だ。

 そんな様子を一瞥し、ぽつりとクレアが呟くように告げる。


「……あなたが今回の襲撃に関与していたことはルナから聞いたわ」


「えっ……」


 ばっ、と振り向むいたレインから非難がましい視線が向けられる。

 いや、黙っておくわけにもいかないんだから仕方がないだろう。


「ですが、僕は……お嬢様のために……」


「今は放っておいてちょうだい。色々と考える時間が欲しいの」


 口ごもるレインを置き去りに歩き出すクレア。

 雨に濡れないように慌ててついていくが……あまりにもそっけない態度だ。

 元々、クレアが選んで雇った付き人ではないのだから仕方ないのかもしれないが……


「…………」


 最後に振り返ると、雨の中で呆然と立ち尽くすレインが見えた。

 この雨の中、ずっとクレアのことを待っていたのだろうに……少しだけ不憫だ。


「……ルナ」


「はい、なんですか?」


「ルナは……裏切らないわよね?」


 上目遣いに問いかけるクレアの瞳が濡れているように見えるのはきっと気のせいではないのだろう。


「当たり前です。何があろうと私はクレアお嬢様の味方ですよ」


 答えた瞬間、クレアが狭い傘の中でさらにこちらに距離を詰めてきた。

 肩から肘にかけてぴったりとくっつくほどの近距離だ。


「あの……お嬢様?」


「あ、雨……」


「え?」


 私が聞き返すと、クレアは顔を伏せながら早口でまくし立てる。


「雨に濡れるといけないから……」


 確かに小柄な私用であるこの傘はそれほど大きくないが……


「……でしたら仕方ありませんね」


「そうね、仕方ないわ」


 何か気の利いた言葉でも言えれば良かったが、今の私の思考は完全に停止していた。

 なぜって? そんなの決まってる。




 ……弱ってるクレアお嬢様かわええええええええええっ!!!!




 なんだこの小動物感!? 普段そっけない猫が今だけ猛烈にじゃれついてきてるときみたいな高揚感を感じるぞっ! しかもこの人、絶対顔真っ赤だよ! 顔伏せてて見えないけど、耳が真っ赤なんだもん!


「雨……止まないわね」


「……ですね」


 お互いに距離感を探るようにぎこちない会話をしながら歩く。

 いつまでも雨が止まなければいいのに、なんてそんなバカなことを考えながら。

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