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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第6章 従者近衛篇

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第324話 大切な人ほどすぐ傍にいる


 一刻も早くクレアの部屋へと向かうため、私は屋敷の玄関ではなく外壁へ向かっていた。


「影糸──影舞踏っ!」


 魔力で生み出した糸を階段のように編み込み、足場とする。

 射程5メートルの影糸では限界があるが、二階にあるクレアの部屋へは届くだろう。


 たんたんたんっ、と三段目からは跳躍し窓枠に指をかける。

 そのまま腕の力で体を持ち上げ、窓の外から中の様子を伺うと、クレアに迫る謎の男の姿が目に映った。

 しかもその男はこともあろうにクレアの服を切り裂き、地面に押し倒したではないか。


「ッ……!」


 考えるよりも先に体は動いていた。


「影糸ッ!」


 再度、影糸を展開。窓枠の上部に先端を引っかけて、外壁を蹴って跳躍する。

 ぐんっ、と勢いよく身体は窓枠から離れるが、上部に引っかけた影糸を基点に私の身体は振り子のように頂点を迎えた後に窓へ向かって突き進む。


 タイミングを計って影糸の繋がった右手を思いっきり引っ張ることで私の身体は宙へ浮き……


 ──バリィィィィンッ!!!


 破砕音と共に室内へと飛び込む。飛び散ったガラス片が眼球の傍を通るが、瞳は閉じない。

 私の瞳は真っすぐにクレアを襲う男へ注がれていた。


 突然のことに男が驚きの表情を浮かべるのが見える。

 咄嗟に持っていたナイフを構えようとするのは良い判断だが……少しだけ遅い。


 私は飛び込んだ勢いそのまま男の懐に飛び込み、掌底を男の腹部に叩き込む。

 悶絶の表情を浮かべて腰を折る男の髪の毛を掴み取り、顔面に膝蹴り。

 鼻の骨が折れる嫌な感触が伝わってくるが、構わずトドメとばかりに回し蹴りをお見舞いしてやると、男は後方に冗談のように吹っ飛んでいった。


 クレアは……泣いているのか?

 あの気丈なクレアがこんなになるなんて……いや、無理もない話か。

 見知らぬ男に襲われれば誰だって恐怖に身を固めるだろう。 


「遅くなってしまい申し訳ありません、クレアお嬢様。ですがご安心ください。貴方にはもう指一本触れさせはしません」


 安心させるように、努めて優しい声で話しかけつつ、そっとクレアの身体を支えるように抱きしめる。

 私の声に、クレアはようやく私の存在に気付いたのか、ぎゅっと服を握り返してくる。

 頼りにされている。そう感じた瞬間に更に力が漲った。


「──貴方は私が守ります」


 はぅ、とクレアの吐息が漏れる音がする。

 それと同時にほう、という感嘆の声も。


「その歳にしては良い動きをする。前任の付き人に若く優秀な魔術師の少女がいたと報告を受けていたが……お前のことだな?」


 先ほど蹴り飛ばした男とは別にもう一人の大男が潜んでいたらしい。

 大男は私の一撃で気絶したらしい男の横を素通りして、こちらに近づいてくる。

 ぴちゃっ、という音に目を向けると地面に真っ赤な血が大量に広がっていることに気が付く。その血の中心に倒れる女性……あれはメアリーさんだ。


「……お嬢様、下がっていてください」


 私は上着をクレアに渡しつつ、左半身を前に半身の構えを取る。

 相手の情報が何もない現状、せめて私の右腕の不調は隠すべきだろうという判断だった。


「来なよおっさん。年下の女の子にボコボコにされる覚悟があるならだけど」


 安い挑発を交えつつ、周囲にも気を配る。

 この男以外にも伏兵がいる可能性は当然警戒しなければならない。

 外の敵の事も気になるし、クレアを狙われる展開だって考えられる。

 あらゆるパターンを想定する私に……


「…………っ」


 大男が無言のまま仕掛けた。一瞬で距離を詰めた男は右拳を放つ。流れるようなその動きは明らかにプロと言える身のこなしだった。

 迫りくる右拳を屈んで避ける。私と男の身長差では拳を当てにくいだろう。

 だが……


「ふんッ!」


 男のバカみたいに太い足から繰り出される前蹴りが私の体にクリーンヒットする。

 拳を当てにくい体格差だが、蹴りならばむしろちょうどいい。先ほどとは逆に今度は私が吹き飛ばされる番だった。


「ルナッ!」


「ごほっ……だ、大丈夫です……」


 大丈夫とは言ったものの……強烈な痛みが腹部を襲っている。

 できるのであれば今すぐにでも地面を転がって泣き喚きたいところだ。

 まあ、男の子だからしないけど!


「俺は相手が女だからと油断したりはしない」


 完全に私をターゲットにしたのか、クレアには目もくれず大男が再び距離を詰めてくる。


「……『影槍』ッ!」


 大男の動きに合わせて影槍を放つ。完全に命中した……そう思った次の瞬間、男の姿がブレて見えた。


「魔術師……なるほど、それがお前の奥の手か」


 くそ、しまった。今の動きはフェイントだ。

 大男は絶好の追撃タイミングをあえて見送ることで私の手札を晒しに来た。

 冷静な男だ。加えて、吸血鬼の目すら騙してみせた体捌き……先ほどの拳と蹴りを交えた戦い方から見るに体術メインの戦闘を得意としているのだろう。

 魔術師と言うわけでないようだが、油断ならないな。


「……意外だな」


「?」


 次の攻撃に備えていると、男が急に私に向けて話しかけてきた。


「その強さであればいくらでも働き口があるだろうに、わざわざ貴族の護衛などを選ぶとはな。見たところまだ子供のようだし、世間を知らんということか?」


「……はっ、分かってないね、アンタ」


 思わず笑ってしまった私の様子に男は眉を寄せる。


 この男達は殺し屋というからにはきっと金銭目的でクレアを殺しに来たのだろう。

 クレアだけではない、今まで何人もの人間を金のために殺してきたに違いない。

 そういう生き方しかしてこなかったから……いや、できなかったから、私がなぜ命をかけて戦っているのか理解できないのだろう。


「貴族だからとか、護衛だからとか、仕事だからとか、そんな薄っぺらい関係で私達を結ぶなよ」


 語る言葉に力がこもる。体の奥底から湧き上がる衝動の名前を私は知っていた。


「大切な人を守るのに、理由なんていらない」


 何の違和感もなく出てきた言葉に私は心底クレアのことが好きなのだと自覚する。

 大切な人を守る時にのみ発動する私の原罪、色欲の派生スキル……


 即ち──『獅子王』の発動を私は実感していた。


「お前は選択を間違えた」


「どういう意味だ?」


「呑気にお喋りなんてせずにさっさと本気で来るべきだったってことだよ」


 考える暇も与えずに攻め続ければ怪我を負った私ではこの男の猛追をしのぎ切れなかったかもしれない。

 だが、男は私の力量を測るために追撃の手を緩めてしまった。

 それが直接の敗因になるとも知らずに。


「もう、お前は私に届かない」


 瞬間、全速力で男に向けて疾走する。


「──ッ!?」


 男の驚愕の表情が浮かぶ。咄嗟に振るわれた蹴りを目前に、私は方向転換。

 右回りに男の背後へと回り込む。


「こいつ……っ!」


 男は背後に視線を向けるが、すでにそこに私はいない。

 ダンッ! という音が天井から聞こえたことで男もようやく気付いたことだろう。

 私が天井を足場に勢いよく急降下していることに。


「らああああッ!」


 高く跳躍した私は天井を足場に反転、見上げた男の顔面に全力の踵落としを叩き込む。

 ミシッ……! と鼻骨が砕ける音がしたが、その程度で私の一撃は止まらない。

 男はその場で半回転して後頭部を床に叩きつけるように転倒する。


 ズドンッ! という激しい衝突音と共に血が飛び散る。

 たったの一撃、それだけで勝負はついてしまった。


「肉弾戦は得意分野だったんだろうけど……悪いね、こっちも急ぎなんだ」


 白目を向き、顔中の穴という穴から血を流れ出す男を置き去りにクレアの元へ。


「ここは危険です。ひとまず場所を移動しましょう」


「る、ルナ……お母さん、お母さんが……っ」


「お母さん……?」


 震える声のクレアが見つめる先にはメアリーさんがいた。

 お母さんってどういう意味だ? 混乱しているのか?


「大丈夫です。彼女も一緒に運びます。治療院を目指しましょう」


 私の言葉にこくこくと頷くとクレアは立ち上がろうとして……腰を抜かしたのか力が入らない様子だ。


「あ、あれっ……」


「こんな状況です。仕方ありません。少し待っていてください」


 私は一旦、メアリーさんの容体を確認することにした。

 近づくとその出血量の多さにイヤな予感がしてくる。


「呼吸と……脈はある……けど」


 医者ではない私から見てもメアリーさんの顔色は悪い。

 傷口を確認してみるが出血が止まっていないようだ。


「……まずいな」


 このまま血が止まらなければ死んでしまう。

 他人にやるには勇気がいるけど……やるしかない。


「頼むぞ──『影糸』」


 なるべく細く生成した糸で傷口を縫い繋ぐ。

 そのまま慎重にメアリーさんの体を抱き上げ、クレアの元へ。


「お嬢様、立てますか?」


「……う、うん。ありがとう」


 努めて冷静になろうとしているのが分かる口調だった。

 ひとまず動けるようにはなったようだし、急いで治療院へ……


「……ルナ、さん?」


 移動しようとしたところでうっすらと瞳を開いたメアリーさんが声を上げる。


「聞こえますか? 今から治療院に移動します。それまでなんとか……」


「……ね、がいし……ます……」


「え? なんです?」


 話すだけでも辛そうな様子だったが、それでもメアリーさんは消え入りそうな声で何かを訴えかけるように話しかけてきた。よく耳を傾けると……


「娘を……よろしく、お願い……します……」


 確かに聞こえた。娘をよろしくお願いします、と。

 ここまで来て、私もようやくピンときた。


 キャサリンがクレアの義母であることは聞いていた。

 義母……つまり、本当の母親は別にいるということだ。


「お嬢様、もしかして……」


 私の疑念の視線にクレアは小さく頷いて答える。


「うん。メアリーは……私の本当の母親なの」

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― 新着の感想 ―
[一言] わあレインの罪がまた増えた。 絶対に死なせじゃダメのやつじゃん。
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