第322話 誤解は早いうちに解け
私の眼前で粉々に砕けた魔動具を拾おうとしているレインだったが、修復は不可能だと悟ったのか、ひきつった表情でじっと私を見上げてくる。
「お前、それだけの怪我をしてどうしてまだ動ける。毒だって回ってるはずなのに……化物か……」
「この程度の怪我でダウンしたりしないっての。お前と違って戦闘経験だけは豊富なんでね。なぜか」
レインが私に二度も敗北した理由、それは戦闘経験の差だ。
より詳しく言うと手札の切り方がレインは下手だった。
まず、敵の視界に術式の核となる魔動具の存在を晒したのがダメだ。
前回の決闘で水の魔術を使わなかったことからも、あの魔動具がなければろくに魔術が扱えないということは想像に難くない。
レインは初手で自らの致命的な弱点を教えてしまっていたのだ。
複数ある水弾の軌道を私に見えるように放ったのも悪手だろう。
特に曲げる弾は私に気付かれないように使うべきだった。
背後や側面からの奇襲に適した技を正面から使えば対策もすぐに打ててしまう。
射程に勝る優位性を捨てて接近戦を挑んだのは最早ただのアホだ。
前回の惜しい所までいった決闘の記憶から、格闘戦で決めたいという思いがあったのかもしれないが、こちらとしては近接戦はむしろ望むところ。
自分のやりたいことばかりで、相手のことを分析する判断力に欠けていた。
総じて、戦闘経験の浅さが原因にあるのだろうが……今は授業の時間ではない。
「さてと、それじゃあ質問に答えてもらおうか? どうして私を攻撃してきた?」
「どうしてって……お前、本当に分かってないのか……?」
「最初からそう言ってるけど」
「だったらどうしてこんな深夜に屋敷へやって来た?」
レインは私の問いに混乱している様子だった。
質問文に質問文で返すなんて国語の授業なら0点だぞ。
とはいえ、ここでグダグダ言っていても話は始まらない。
レインは何か誤解しているようだし、その誤解から解消するとしよう。
「クレアからこの時間に屋敷へ来るように言われたんだよ」
「何のために?」
「知らない。要件は教えてもらってなかった。とにかく来てくれって」
「……嘘にしか聞こえないな」
レインの言葉には何か確信的なものが含まれていた。
「断言するね。どうしてそう思うの?」
追及する私にレインは眉を寄せる。疑うような視線がじっと私を見つめるが、私としてはやましいことなんてありはしない。さっさと話せよ、とばかりに睨み返すとゆっくりとレインは語り始める。
「……僕はこの時間に暗殺ギルドから刺客が送られることを知っていた。だから丁度よく現れた君を刺客だと判断したんだ」
「…………へ?」
暗殺ギルドからの刺客? 刺客って……つまり殺し屋ってことか?
「ちょ、ちょっと待って。何? どういうこと? つまり、今日この時間に殺し屋が来るってこと?」
「だからそう言っている」
真剣な表情で語るレインに嘘をついている様子はない。
すぐに信じられることではないが……レインが嘘をつく理由も思いつかない。
それに、一応だがレインの言葉と行動の整合性は取れている。この時間に殺し屋が来ると知っていたレインがその時間に現れた私を撃退しようとするのは自然なことだ。
眠気を誘う毒を撒いていたのも、この時間に誰かが来ると知っていたことの証明だ。
ひとつ問題があるとすれば……
「私、殺し屋じゃないんだけど!?」
「……なんとなくそんな気がしてきた。刺客にしては間抜けが過ぎる」
レインが誤解していたことは理解した。ようやくその誤解が解かれつつあることも。
さらっと罵倒されたのはまあ、この際水に流してやる。
「その刺客って奴の狙いは何? クレアお嬢様なの?」
「ああ」
「だったらこんなところでグダグダしてる場合じゃない」
レインの言葉が本当である証拠なんてどこにもない。
だがクレアに危険が迫っているかもしれないという情報はたとえ嘘でも見過ごすわけにはいかない。
嘘だったなら嘘だったで後でレインをぶん殴ればいいだけだ。
問題はその言葉が真実だった時。その時はクレアに危険が迫っているということになる。
「待て、ルナ・レストン。まだお前の容疑が完全に晴れたわけじゃない。お前をお嬢様のところへは行かせられないぞ。お前はここにいろ、お嬢様のところへは僕が行く」
私のアッパーが相当効いてたのか、ふらつきながらも立ち上がるレイン。
こいつは未だ私を信じ切れずにいるらしい。
「だから私は刺客じゃないって言ってるだろ!」
「その言葉を信じる理由がどこにある。この時間、この場所に現れた時点で貴様は既に危険人物だ。信じて欲しいなら信用に足る証拠を示せ」
殺し屋ではない証拠なんて……そんなものあるはずがない。
まるで悪魔の証明だ。だが、それをしなければこいつの信用は得られない。
「それかお前が本当に殺し屋ではないというなら、お嬢様のことは僕に任せて引き返せ。それが出来ないなら貴様は変わらず僕の敵だ」
ダメだ、レインを説得する方法が思いつかない。
「…………」
使うか? 奥の手を。つまりは『魅了』のスキルを。
だが、このスキルを乱発する危険性はキーラの時にも感じたことだ。
使わずに済むなら使わないのが一番だろう。
そもそもレインの言葉が真実である保証だってどこにもない。
どうすればいい……? どう動くのが正解だ?
「……クレアお嬢様に話を聞いてみてくれ。そうすれば私がクレアお嬢様に呼ばれてやってきたってことが分かるはずだ」
「そんな時間をわざわざ与えると思うか?」
ああ、もう融通が利かないなこいつは!
「お前は私を疑ってるけど、そもそもそんなことを言い出したらお前だって殺し屋かもしれないだろ。私に潔白を証明しろっていうなら自分からしたらどうなんだよ。刺客の情報だって、どこから手に入れたのか怪しいもんじゃないか」
「僕が殺し屋であることを否定することはできない」
「ほらみろ。お前だって……」
「僕は『銀の矢』に所属する殺し屋だからな」
「証明できないんじゃ……え?」
一瞬、レインが何を言っているのか理解できなかった。
間の抜けた表情を浮かべているだろう私を見て、レインが溜息と共に噛みしめるように告げる。
「僕はクレアお嬢様を暗殺するために屋敷に潜入した……殺し屋だ」




