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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第6章 従者近衛篇

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第321話 ヘルプ・ミー


「クレアお嬢様……?」


「あまり時間がないから手短に用件だけ告げるわね」


 そわそわと周囲を気にしながら落ち着かない様子のクレア。

 無駄話をしている暇はないと言わんばかりに早口でまくし立てる。


「今夜1時過ぎに私の屋敷まで来て欲しいの」


「え? 今夜ですか? 構いませんが……いきなりどうしたのですか?」


「ごめん。全部を説明している時間はないの。全てが終わった時にきちんと説明するから」


 本当に余裕がないのか、クレアはそれだけ言って身を翻す。


「ちょっ……クレアお嬢様!?」


「時間に遅れないでね。頼んだわよ……ルナ」


 私の制止する声も空しく、クレアはそのまま去って行ってしまう。

 あまりにも急な頼みだった。クレアにしては珍しく落ち着きがない様子だったし。


(やっぱり退学の件……だよね、助けてって言ってたし)


 何はともあれ、来てくれと頼まれたのならば行くしかあるまい。

 方針がまだ定まっていなかった私としてもクレアから指示が貰えるのならば、それに従うことに否はない。


(わざわざ深夜を指定したってことは、人気の少ない時間に会いたいってことかな?)


 クレアの思惑はいまいちよく分かっていないが、今は従おう。


「問題は一緒に寝る約束をしていたシアになんていうかだな……」


 シアが寝付いた後にこっそり出かけるか、なんてそんなことを考えながら私は深夜を待つのだった。



  ◇ ◇ ◇



 月明りが煌々と辺りを照らす中、私はクレアに言われた通り屋敷を訪れていた。

 この時間だと周囲に人影もない。私は周囲に誰もいないことを確認して屋敷の塀を乗り、敷地内に侵入する。

 

「……っと」


 柔らかい地面に着地した私はそのまま屋敷へと向かう。

 具体的にどこに来いとは言われていないが、どうしようか。

 そのまま普通に中に入っちゃってもいいのかな?


「……ん?」


 周囲の様子を伺おうとした時、私の嗅覚につんとした刺激臭が香る。

 生物的な匂いではなく、薬品的な匂いだ。学校の保健室に入った時の香り……とでも言おうか。あの何とも言えない独特の香りが周囲に漂っていた。


(なんだ? 前はこんな匂いなんかしなかったけど……)


 違和感を覚えながらも立ち止まるわけにもいかず、屋敷内をゆっくりと進んでいく。

 屋敷の中庭中央に位置する噴水の近くまで来た時に、私は背後に何かの気配を感じた。

 振り返るが、そこには誰もいない。気のせいかと眼前に視線を戻した時……


「君が来るとは意外だったな。ルナ・レストン」


「……っ!」


 噴水の影から姿を現したレインに、思わず身構える。

 こいつ、なんでこんな時間にこんなところにいるんだ?


「……ここで何をしてたの?」


「君を待っていたんだよ」


 驚きを隠せない私とは対照的に、レインは淡々と語る。


「僕の代役が今夜来ることは分かっていた。君だってもう分かっているんだろう? 僕が裏切り者だってことくらい」


 代役? 裏切り者? こいつは一体何を言っているんだ?


「あのさ、お前が何を言いたいのか分からないけど。私はただクレア嬢様に……」


「吠えろ──『魔弾の射手(ウェーバー)』」


 それは唐突な攻撃だった。詠唱を終えたレインの左手に水の塊が浮かんだかと思うと、次の瞬間にその水の塊はまるで散弾銃のように私めがけて一斉に飛び掛かって来る。

 それを認識するより早く、私の体は動いていた。


「ぐっ……つぅ……ッ!」


 衝撃が右肩を貫通し、次いで激痛が私の脳を刺激する。

 見ると、肩の部分の服に風穴が空いており、深夜でも分かるほどに真っ赤な血液が溢れだしていた。

 水の固まりを打ち出す魔術……か? なかなかの貫通力だが、そこまで速さはない。

 今の攻撃だって油断さえしていなければ当たることもなかっただろう。


(まあ、そんなこと言っても負け惜しみにしかならないんだけど)


 服越しのため、正確なダメージは把握できないが右腕全体が痺れた様に動かない。

 危機感を覚えた私は肩を手で押さえながら即座に移動を開始する。

 不規則な挙動でレインに的を絞らせないようにしなければ。


「初見でこれをかわすか、どうやらリチャードを倒したって噂は満更嘘でもないらしい」


「……いきなり攻撃してきて一体なんのつもり?」


「見れば分かるだろう? 君は今日、ここで僕に殺されるのさ」


 再び詠唱を開始するレインの左手に水の固まりが渦を巻くように集まっていく。

 その時、掲げられたレインの左手の裾から、銀色に光る腕輪のようなものが見えた。

 表面に掘られた呪文が薄く発光しているところを見るに、魔術の起動を補助する魔動具なのだろう。


「貫け──『魔弾の射手(ウェーバー)』」


 僅かに変わった文言。先ほどとは違い放たれた水弾は一直線に私へと向かって飛来する。

 なるほど、攻撃範囲を犠牲に射程と速度を伸ばしてきたか。

 だが……


(この程度の速度なら……問題ないッ!)


 完全に軌道を見切った私は紙一重の距離で水弾をかわそうと身を捩るのだが……その瞬間、ぐらりと視界が揺れるように傾いた。


「……ッ!」


 体勢を崩した私の左脇腹を掠めるように水弾が通過していく。

 危なかった、あと数センチ横にずれていたら内臓を撃ち抜かれていた。


(なんだ……? 意識が……これは……眠気、か……?)


 命を狙わている緊張状態だというのに、靄がかかったかのように意識がはっきりとしない。

 気を抜けば瞼を閉じてしまいそうになる強烈な眠気が私を苛んでいた。


「そうか、この匂い……お前、何か撒いたな?」


 屋敷に入った時から感じていた刺激臭の正体。

 それはレインの魔術によって大気中に散布されていた眠剤の匂いだったのだ。


(水弾を撃ちだす魔術も系統は一緒だ、奴は大気中の水分を操る……ッ)


 レインの魔術系統をそう判断した私は即座にレインに向けて駆けだす。

 無から有を作り出す創造系の魔術と違って、すでにある物質を利用する操作系の魔術は燃費がいい。

 さらに加えて、このフィールドでは時間が経てば経つほど私の動きは鈍くなる。

 つまり狙うべきは短期決戦、ということだ。


「穿て──『魔弾の射手(ウェーバー)』」


 接近する私に対し、レインはあらぬ方向へと水弾を発射する。 

 一瞬操作ミスかと思ったが、放たれた水弾は軌道を曲げ、こちらに襲い掛かってくる。

 どうやらあの魔術は曲射もできるらしい。


「ちぃっ!」


 頭上から降り注ぐように放たれた曲射がまるで雨のように降り注ぐ。

 眠気にふらつきそうになる体を……ガリッ!……強く舌を噛み、痛みによって意識を保つ。

 

 口の中いっぱいに広がる血の味を堪能しながら、バックステップで曲射の範囲から離脱する。

 視線を前方に戻すと、追撃の水弾をレインが放ってくるのが見えた。

 連続で放たれる水弾に際限はなく、次から次へと襲い掛かってくる様はまるで機関銃だ。

 

(吸血鬼の視力と身体能力があればかわせるけど……このままだとレインに近づけない)


 私が攻めあぐねている様子がよほどお気に召したのか、レインは楽しそうに話し始める。


「知っているかい? 人間の視野角は左右で120度ほどしかないんだ。つまり、認識できる世界はどう頑張っても全体の三分の一以下ってこと」


「へぇ、博識だねっ……で? それがなんだって?」


「君が対処できる僕の攻撃はたったの三分の一だってことだよ」


 ふっ、とキザな笑みを浮かべたレインの両手に大量の水が集まり、渦のような形を作っていく。

 そして……


「屠れ──『魔弾の射手(ウェーバー)』」


 四方八方に飛び散った水弾は孤を描いて私へ飛来する。あの魔術、両手でそれぞれ発動できるらしい。

 圧倒的な手数による、前後左右から襲い掛かる集中砲火。確かに厄介な魔術だが……舐められたもんだね。


「影法師──『月影』」


 放出した魔力へ形を与える。巨大な爪を生成した私はそれを束ねて盾のように構える。

 すべての攻撃を同時に視認することはできずとも、来ると分かっていれば対処はできる。


 バババババババッ! という、傘を討つ豪雨のような音を背後に聞きながら、視界内の水弾を回避していく。見えている前方からの攻撃には回避、見えない後方からの攻撃には『影法師』のガード。これで受けきることができる。

 だが、受けてばかりでは埒が明かない。どこかで攻勢に出たいところだが……


「なっ……!?」


 視線を戻した時、私の眼前にまでレインが迫ってきていた。


(射程のアドバンテージを捨てて肉弾戦を挑んできた!?)


「くっ……!」


 完全に油断していた私は対応が遅れ、レインの掌底を左腕で受け止めるしかなかった。

 肩をやられた右腕は動かない。これで私の両手は塞がったも同然。


「シッ!」


 さらに追撃と、放った掌底に被せるように取り出した黒塗りされたナイフを振るうレイン。

 首を狙ったその一撃を仰け反ることで回避する……が、この近距離で体勢を崩すべきではなかった。


「吠えろ──『魔弾の射手(ウェーバー)』!」

 

 私の右手首を掴んだレインはそのまま足払いと同時に超至近距離からの水弾を放つ。


(──『集中』ッ!)


 瞬間的にまずいと思った私は『集中』スキルを使用する。

 スローモーションのようにゆっくりと流れる視界の中、ほとんど同時に行われた二つの攻撃への対処を考える。


 まずは足払い、地面に倒れればお得意の関節技が来るだろう。殺すつもりの人間が手加減するとも思えない、私が反撃する暇もなく折る、外す、絞める、どれかは分からないが致命的な連続攻撃がお見舞いされることだろう。


 次に水弾、狙いは私の腹部。的確に急所を狙っている。

 残りの時間から、どちらの攻撃も直撃してしまうと悟った私は……


「ふっ」


 短い呼気と共に、あえて足払いを受けに行く。

 瞬間、脱力し、レインの攻撃に合わせて体を落とす(・・・)

 レインの攻撃の勢いを利用して倒れ込む私と、遅れてくる右腕。

 迫りくる水弾が……


 ──バチィッ!


 破裂音にも似た音を弾かせながら、私の右腕に着弾する。

 肩を撃ち抜かれてから使い物にならなかった右腕を私は盾として利用したのだ。

 これで水弾はなんとか処理できたが、まだレインの攻撃は終わっていない。


 足払いを受け、地面に倒れようとしている私にレインの両手が迫る。

 地面に背を付けた瞬間、レインの体術によって私の身体は破壊されるだろう。

 ならばどうする? 答えは簡単だ。


「なっ……!?」


 ──地面に落ちなければいい。


 空中で静止した私を見て、レインが驚きの声を上げる。

 私の背中には二対の羽のように漆黒の支柱が生えていた。


「──『影槍』」


 背中から生やした影槍を地面に突き刺し、強引に体勢を維持する。

 虚を突いた私はそのまま前蹴りをレインの腹部に叩き込む。

 無理な体勢からの反撃に大した威力はなく、レインの身体をよろめかせる程度の効果しかなかった。


「くっ……」


 レインも反撃に備えていたのだろう。無表情のまま、バックステップで距離を取る。

 今度こそ射程を活かした戦い方をしようって魂胆かな? でも残念。


「──そこは私の間合いだ」


 射程5メートル圏内。絶好の間合へ左手を伸ばし、その技の名を呼ぶ。


「影槍──」


 私の放った影槍は今までで最も細く、そして射程に優れていた。

 レインの胸元直前で止まった影槍に、射程限界だと思ったのだろう。

 レインの視線が槍から私へ移る。どうやら聞こえていなかったらしい。

 私はちゃんと言ったぞ。そこは私の間合いだと。


「裂き誇れ──」


 細く伸ばされた槍の切っ先が、私の号令に合わせ一気に拡散する。

 それはまるで轟々と燃える炎のように。

 それはまるで天に咲き誇る花のように。

 新しく生み出した影の型、その名は……


「──『火廻(ひまわり)』ッ!」


 伸ばした影槍の先から一気に拡散する無数の刃。

 全身を切り刻むことも出来たが……私はあえてレインの両腕に攻撃を集中させた。


 狙いは奴の持っている魔動具だ。

 リング状のそれは魔力で作られた刃により、ズタズタに切り裂かれる。


「あ……」


 レインの落胆の声と共に周囲を漂っていた水球の形が崩れ、地面に落ちていく。

 どうやら読み通り、魔動具がなければあれほど精密な魔術操作はできないらしい。

 戦況の不利を悟ったのか硬直するレイン。だが、それも一瞬のこと。


「……まだだッ!」


 魔術を失ったレインは無手のままこちらに向かってくる。

 右腕のハンデを負った私に肉弾戦でなら勝機があると見たのだろう。


「ハッ!」


 レインの右の掌底を左腕でガードする。

 向き合うような体勢のままレインは続けざまに左手でナイフを払うが……

 私の右手の方が早かった。


「かはっ……!?」


 アッパーカットの要領で顎を跳ね上げられたレインは後方に倒れこむ。


「う、ぐ……なん、で……」


「私の右腕は怪我で使い物にならないはずって? 魔術師相手に常識は通用しないよ」


 しゅるり、と私の右腕から触手のように伸びる黒い影。

 動かない右腕を動かせた理由。種としては単純で、私は『影糸』で自分の右腕を強引に動かしていたのだ。


 水弾で撃ち抜かれた右腕を無理やり攻撃に使ったせいで傷口が酷いことになっている。

 痛みもそうだが、出血が多いな……『影糸』はこのまま止血に使うとしよう。

 本来ならすぐにでも治療が必要なレベルの傷だが、今は後回しだ。


「さて、それじゃあ話してもらおうか。どうしていきなり攻撃してきたのか」


 月明りが照らす中、尻もちをついたレインに私は鋭い口調で詰問を開始するのだった。

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