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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第6章 従者近衛篇

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第319話 退学の危機


「そうしてクレアは(わたくし)の雷撃魔術の前に無様に敗北したというわけですわ」


 ティーテーブルを囲み、自慢げに語るカレンに対しクレアは眉をぴくぴくと震わせている。

 あれは彼女が我慢の限界に達しようとしているサインだ。


「まあ、それでクレアお嬢様のお身体の方は平気だったのでしょうか……?」


 頬に手を当て、心配そうにしている彼女はメアリー・ホール。

 クレアの屋敷に唯一残されたメイドだった。

 メイドと言っても年齢は既に四十近いらしく、給仕のおばちゃんと言った雰囲気が近い。

 面倒見の良い人で、私も何度もお世話になった人だ。そのメアリ―さんは現在、給仕中にカレンに捕まり、自慢話に付き合わせているところだ。


「もちろん、私の魔術は手加減の面でも完璧ですわ。後遺症を全く残さないように行動不能にすることができますの。あの時のクレアは干からびたカエルのようにだらしなく舌を出してのびていましたわ」


「ちょっと、いい加減なこと言わないでくれる!? そこまでの無様を晒した覚えはないんだけど!?」


「意識を失っていたクレアには気づけなかったでしょうけど、事実ですわ~」


「ぐっ……!」


 実際に意識を失っていたクレアには自分がどんな醜態だったか知る由はない。

 とはいえ、このまま好き放題言われるのもかわいそうなので助け舟を出してあげよう。


「カレンお嬢様、勝利の美酒に酔っているとはいえ虚言はいけません」


「ルナ……!」


「事実はパンツを丸出しにしたまま仰向けに痙攣していた程度のことです」


「むしろ悪化してる気がするんだけど!?」


 おっと、ついクレアをイジれる貴重な機会にハッスルしてしまった。

 久々にクレアの屋敷に帰ってきたせいか、どうにもテンションが高めだな、今日の私。


「まったく、こんなことなら家に招待なんてするんじゃなかったわ……」


「賭けで負けたあなたに拒否権なんて最初からないわけですが」


「くっ……ほんと、なんでこんな奴に負けちゃったのよ、私……」


「おーっほっほ! これが実力の差と言うやつですわ~~~~~っ!」


 ここぞとばかりに調子に乗っているカレン。決闘に勝った直後からずっとこんな感じだった。長年のライバルだったクレアに直接勝ったのがよほど嬉しいらしい。ペーパーテストでは勝ち目もないし、もしかしたら初白星だったのかも。


「というかなんでも一つ言うこと聞くって話だったのに、『屋敷に遊びに行かせろ』って……もうちょっと賢い使い方は思い浮かばなかったの?」


「ふふ、それだけ遊びに来たかったということなのでしょう」


 頬杖を突きながら不貞腐れるクレアのカップに新しくお湯を注ぐメアリーさん。

 隠しきれない喜びからか、にこにこと相好を崩す彼女に思わずこっちまで嬉しい気分にさせられる。


「私は嬉しいですよ。クレアお嬢様が初めてお友達を家に連れてきてくれたのですから。カレンお嬢様、どうかこれからもクレアお嬢様と仲良くしてあげてくださいませ」


「ちょっとやめてよ! 恥ずかしいじゃない!」


 微笑むメアリーさんの袖を引っ張って止めるクレア。対してメアリーさんはずっと嬉しそうな表情を崩さなかった。屋敷の中ではあまり他のメイドと絡まない人だったから、もっと暗い性格なのかと思っていたけど、どうやら勘違いしていたみたいだ。


 私、クレア、カレン、メアリーさんの四人での会話は終始和やかに進んでいた。

 あれだけの決闘をした後だというのに、むしろ前より仲良くなっているように見える。


「で、実際のところどうなのよ。私の屋敷に押しかけて一体何がしたかったの?」


 クレアの問いに私とカレンは視線を交わす。

 私が語ろうとしないのを見て、カレンが話し始める。


「立ち入ったことを聞きますが……クレア、あなたまた無理をしていません? ルナから聞きましたわ。多くのメイドが本家の意向で解雇されたと。だから……その……」


 言い淀むクレアがメアリーさんを横目で見る。

 メイドの前で話しにくい様子を悟ってか、クレアが話を続ける。


「いいのよ。私が本家とうまくいっていないのは皆知っていることだから」


「やっぱり、今回のこともそうなのですわ?」


「……そうね」


「私達に何か力になれることはありませんの?」


「ないわ。これはグラハム家の問題だもの。どうしても聞きたいのなら、そっちに命令権を使うべきだったわね」


 カレンの心配を一蹴し、こちらの選択ミスを指摘するクレアだったが、


「そんなことは頼みませんわよ」


「なんで?」


「だって、お友達ですもの。あなたの意思を無視するようなことはできませんわ。クレアには命令じゃなくて普通に相談してほしかったですし」


「…………」


 嫌味交じりの台詞に本気で心配した様子で返すカレンに、流石のクレアも言葉に詰まる。


「ふん。私の意思を尊重したいっていうなら押しかけてくるのもやめてほしかったけど」


 言いながら紅茶のカップを口に運ぶクレア。

 その頬が僅かに赤くなっているのを私は見逃さなかった。


「本当に助けが必要な時は相談してくださいます?」


「……まあ、気が向いたらね」


 どこまでも素直じゃないクレアの様子に、思わず頬が緩む。

 見ると、メアリーさんも嬉しそうに微笑んでおり目が合うと自然と笑みがこぼれた。


 和やかな雰囲気で進むお茶会。それだけでも今回の会を用意した意味があるだろう。

 その空気が変わったのは、玄関の呼び鈴がならされてからのことだった。


「おや、誰か来たみたいですね」


 最初に客人に気付いたメアリーさんが玄関へ向かうと、暫くして怒号のような声が聞こえてきた。

 思わず席を立とした私を、クレアが止める。


「ルナ、今のあなたは客人なのだから座っていなさい」


 そう言って席を立ち、玄関へと向かっていくクレア。

 なんだ? 一体誰が来たんだ……?


「……何かよくない予感がしますわね」


「……ですね」


 私とカレンは視線を交わし、静かに待っていることにした。

 吸血鬼の聴力で出来る限り会話を拾ってみると、クレアとメアリーさん、そして聞きなれない女性の声が話しているのが分かった。


『なんで……どうして私が学園を辞めなくちゃいけないのですか……っ』


『そうです、あまりにも急すぎます!』

 

 慌てた様子のクレアとメアリーさんの声。

 それに続く知らない声。


『黙りなさい。才能のないあなたにこれ以上無駄な時間を過ごす暇などありません。実家に戻り、婚約相手を探すのです』


『そんな理不尽な……学費だって自分で払ってます。お母様に迷惑は……』


『あなたのその行動が既に迷惑なのですよ!』


 急な怒声に全てを悟る。今来ているのはクレアの義理の母親だ。

 名前は確か……キャサリンだったか。


『奥様、お嬢様は今、自らの夢に向かって挑戦している途中なのです。どうかご慈悲を……お時間をお嬢様に与えてはいただけないでしょうか』


『一介の侍女風情が私に意見ですか? いつの間にか随分と偉くなったものですね』


『…………申し訳ありません』


『ふん。謝るぐらいなら最初から大人しくしておけばよいのに。そんなことも分からないほどに頭が悪いということなのでしょうけど』


 ……どうやらキャサリンという人物は相当に口が悪いらしい。

 扉の向こうの空気がどうなっているのか、想像もしたくない。


『とにかく、数日後にはこの屋敷を引き払うように手配しなさい。いいわね?』


 そう言ってキャサリンは靴音を響かせながら屋敷を後にした。

 話し合い、というよりは一方的な命令だった。あれがクレアと母親の関係性なのだとしたら、家を出て自立したくなるクレアの気持ちも分かるというものだ。


「……ごめんなさい。待たせてしまったわね。えーと、何の話をしてたんだっけ?」


「クレア、何がありましたの? 顔色が悪いですわよ」


「なんでもないわ」


 カレンが心配そうにしても、クレアは何があったのか語ろうとはしなかった。

 私にはばっちり聞こえちゃってたんだけどね。でも、クレアが話そうとしないことを無理やり聞き出しても仕方がない。だったら……


「すみません。少し外しますね」


 私はお手洗いに立つ振りをして、メアリーさんを探すことにした。

 慣れた屋敷内を歩いていると、やがて廊下の隅で壁を背に立ち尽くすメアリーさんの姿を見つける。


「あの、メアリーさん……」


 話しかけた瞬間に気付く。

 メアリーさんは一人で声を殺して泣いていた。


「えっ、あの、ど、どうしたんですか……?」


「ルナさん……? いえ、なんでもありません。お見苦しいところを見せてしまいました」


 私の姿を確認したメアリーさんは目元を拭い、その場を離れようとする。

 慌てて呼び止めると、腫れた目で私を見るメアリーさん。


「なんでしょう?」


「ひとつだけ確認したくて。お嬢様に聞くのは酷かと思いましたのでメアリーさんに聞きに来ました。先ほど訪ねてきたのはクレアお嬢様のお母様ですよね?」


「それは……」


 メアリーさんはそこで言い淀んだ。


「……先ほど来られていたのはキャサリン様です」


「やはりそうでしたか」


 私の予想は当たっていた。となると、クレアは本当に学園を辞めさせられることになるかもしれない。親に逆らえないのは世の常だ。それが家柄を重視する貴族ともなればなおさら。


「ルナさんは、その……どこまで事情を知っておられるのでしょうか?」


「クレアお嬢様とご両親はあまり仲がよろしくないとだけ聞いてます。それ以外のことはあまり」


「……そうですか」


「あの、ちょっと聞こえたんですけどクレアお嬢様は退学になるのでしょうか?」


「……恐らくはそうなるでしょう」


 弱々しい声音だったが、確かな確信がある口調だった。

 親だからっていくらなんでも横暴が過ぎる……このままクレアが黙って従うとも思えないが。


「でもなんで急に奥様がやってきたのでしょう。クレアお嬢様はずっと真面目に勉学に励んでおられましたし、成績も悪くなかったはずです」


「それは私にも分かりません。ですが、先日レインさんが本家に向かわれていましたので、そこで何かを報告していたのかもしれません」


「レインが……?」


 そう言えばレインは本家から送られた従者だった。となれば学園で起こったことを逐一報告していたとしても不思議ではない。もしもキャサリンがクレアを退学にする機会をうかがっていたとすれば……ある。ごく最近、クレアにとって汚点とも呼べる出来事があった。


(クレアが決闘に負けたから……? いや、その程度のことで退学なんて……でも相手が元々退学にしたいと思っていて、何か口実を探していたのだとすると……あり得るのか?)


 思案に暮れる私に、ぽつりとメアリーさんが言葉を漏らす。


「……全て私のせいなのです」


「え? いや、メアリーさんは悪くないですよ。どちらかというと、勝手に従者の役目を放り出した私の方が……」


「いえ、私の責任なのです。全ては私の弱さが招いたこと……」


 そう言ってメアリーさんは両手で目元を隠し、その場に座り込んでしまう。


「ああ、可哀想なお嬢様……無力な私をお許しください……」


「…………」


 何か深い事情があるのか、落ち込んでいる様子だ。

 そういえば屋敷のメイド達が解雇された時、メアリーさんだけはなぜか残されていた。

 他のメイド達と比べて抜群に仕事が出来たかというとそういうわけでもないのに。

 疑問は残る……が、今は後回しだ。


「大丈夫です」


「……ルナさん?」


「私が何とかします」


 膝をつき、メアリーさんの肩に手を当てながら語りかける。

 落ち込んでいる人がいたら励ます。


 当たり前の事だ。

 私に何ができるのか、それはまだ分からないけど……


「私はそのために帰ってきたのですから」


 きっと今が、今こそがクレアに恩を返すその時なのだ。

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