第318話 カレンVSクレア
私が決闘前に立てていた作戦は二つ。
一つは私とレインが助太刀役として出ることで、レインとの直接対決を果たすこと。この戦いに勝利すれば護衛としての力量を示し、レインに対して一つの交渉材料を手に入れることができると考えたわけだ。
こちらはおまけというか、ぶっちゃけ私の八つ当たりに近い。
万が一の際に備えて、決闘に介入しやすい立場になっておくというのもあるが、本命は別。
肝心な二つ目の作戦、これを成立させるにはカレンの勝利が絶対条件なのだが……
「《審判の刻来たれり・天に頂く黄金の飛翔・雷鳴と共に散れ……》」
「《大いなる風よ・我が呼び声に応え・蹂躙せよ……》」
私達の戦いが終わっても、クレアとカレンの戦いは続いていた。
カレンの雷撃魔術は一撃必殺の技だ。直撃すれば体を痺れさせ、行動不能にすることができる。
私の予想ではカレンが2、3発魔術を打ち込めば決着だと思っていたのだが……
「──『雷轟』!」
「──『空力』!」
カレンの放つ雷撃がクレアの差し出した手によって、まるで捻じ曲げられたかのような軌道で回避させられていく。不思議な現象だった。まるでクレアが雷撃を操っているかのようにすら見える。
「くぅ……っ! なんで当たりませんの……っ!?」
私と同じ感想を抱いたのか、カレンが焦ったような声を上げる。
「勉強不足ね、カレン。雷の性質をもっと勉強しなさい」
「雷の、性質……?」
「雷がジグザグに進むのは空気の密度の薄い所を探して動くからよ。私の『空力』は空気を操るだけの技だけど、これを利用すれば自在に空気の密度だって操れる。つまり、アンタの雷撃魔術の軌道は私の思うがままってわけ」
操作性に秀でた風系統の特化魔術……『空力』。
私のよく使う影法師と同じ特化魔術に分類されるそれは対応する魔力性質をより顕著に表した魔術となる。空力とはそのまま、空気を操る術。効果だけ聞くと弱そうに聞こえるが、熟練者が操ればまるで念力のように敵を振り回すことすらできる。
クレアの力量ではまだそこまで使いこなしてはいないようだが、それでも持ち前の知識量でうまく対応しているらしい。雷撃魔術にこんな防ぎ方があるなんて、私ですら知らなかったのに。
新しい魔術を覚えただけでなく、それを使いこなす応用力。
魔術の才能だけを比べればカレンの方が上だろうが、クレアにはそれを補って余りある努力と執念がある。これは……カレンの負けだろう。
「アンタの攻撃は何発撃ったとしても私には通用しない。でも、私の攻撃はそうじゃない。今のうちに負けを認めるなら怪我しなくて済むわよ?」
「……お断りですわ」
「そう。それじゃあ……」
呟き、右手を差し出すクレア。
「──『空力』!」
ドンッ!! と、空気が破裂するような音と共に空気の弾丸が放たれる。
不可視の銃弾。それを受け、カレンは……
「ちょこざいですわッ!」
両腕を交差させ、強引に空気の弾丸を突破する。
魔術の打ち合いに勝ち目がないと見たのだろう。全力で駆け出すカレン。
「この程度の威力の攻撃で私が止められると思ったら大間違いなのですわっ!」
「もうっ……この脳筋バカが……っ!」
対するクレアは纏魔を発動し、バックステップで距離を取る。
まるで風に運ばれるかのような軽やかな動き。対するカレンの纏魔は火系統の性質が強いのだろう。自身の肉体を変異させ、より強固なものとした纏魔により、地面を抉るように蹴りながらクレアに直進する。
「逃がしはしませんわっ!」
「ぐっ……!」
追う者と追われる者。背後に移動するという体勢の分、クレアの方が動きが鈍かった。やがて拳が当たる距離まで接敵する二人。
「追い……ついた……ッ!」
「バカね、追いつかせたのよ!」
とん、とクレアの左手がカレンの胸元に添えられる。
そして……
「──『空力』!」
弾かれるようにカレンの身体が後方へ吹っ飛ばされる。
一度は受けきった空力の弾丸を今度は受けきれなかったのだ。
「空気の弾丸って言っても進めば進むほど別の空気の抵抗を受けるものよ。距離が離れていたさっきのと、零距離から放った今の一撃。段違いの威力でしょう?」
クレアの言葉を受け、のろのろと起き上がるカレン。
見ると額から僅かに出血していた。吹き飛ばされる途中で切ってしまったのだろう。慌てて駆け寄ろうとする私をカレンが静止する。
「……まだ、終わってないのですわ」
「もう終わりよ、カレン。分かったでしょう? あなたでは私に勝てないって」
クレアの言う通り、これまでの戦況をコントロールしているのはクレアの方だ。
ふらふらと頼りない足取りのカレンに向け、両手を構えるクレア。
「次は全力の『空力』を撃つわ。当たり所が悪かったら死ぬかもね。それが嫌ならさっさと負けを認めなさい」
「…………やはり、あなたは何も分かっていないのですわ」
「え?」
「あの日以来、あなたは変わってしまった。他人を信じないように、いや、自分が信じたい物だけを信じてきた。本当の意味で誰かと向き合ったことなんてないのでしょう? だからあなたはこんなにも尽くしてくれているルナと向き合うことが出来ずにいる」
「一体、何の話よ。私が分かってないですって? そんなことないわよ。ルナのことにしたって私はちゃんと……」
「だったらどうしてあなたの隣にルナがいないのですか?」
カレンの言葉に、クレアの動きが止まる。
「親の方針? 実家からの指示? そんなこと関係ないはずですわ。事実、あなたは今までそうやって生きてきたのですから。今になって屋敷のメイド達を解雇した理由、それも同じですわ。あなたはあなたの意思で彼女達を手放した」
「……何が言いたいのよ」
「あなたは私の知る誰よりも自分勝手な人間ですわ。そんなあなたがたかが親の命令でここまでのことをするとは思いませんの。ねぇ、クレア。あなた……」
カレンはそこで一瞬、言葉を止めた。
恐らく探していたのだろう、より核心を突くその言葉を。
「あなた──一体何に怯えていますの?」
「…………っ」
クレアの動揺は誰から見ても明らかだった。
そして、それが致命的な隙となった。
右手を構えるカレン。雷撃の詠唱が始まるが、クレアもとっさに対応していた。
再び、カレンの雷撃は相殺されてしまう……かに見えた。
「やはりあなたは何も見えていませんわ。私がわざわざ吹き飛ばされるためだけにあなたの元まで向かったとでも思っていて?」
「え? ……あ」
気付いた時にはもう遅い。カレンは零距離からの空力を受ける代わりに置き土産を残していた。
それはクレアの足元、地面に突き刺さるようにして輝く細い針状の物体だった。
ルールによって魔力を伴わない武器での攻撃は禁止されている。
故にこの武器の用途は直接的な攻撃を意味しない。
この武器が意味するところ、それはつまり……カレンの勝利だ。
「──『雷轟』!」
やや上空に向けて放たれた雷撃はクレアの空力によって捻じ曲げられるが、その後、大きく軌道を変え再びクレアへ襲い掛かる。正確にはその足元に残された針……雷撃に反応し、誘導するように改良された特注の魔道具へと。そして……
──バチチチチチチチチッ!!!
凄まじい音と共に針もろともクレアの身体が稲妻に包まれるのだった。




