第317話 ルナVSレイン
右腕を極められた私は身動きが取れずにいた。
強引に力で引きはがそうとも試みたが、不利な体勢のせいかそれも叶わない。
しかし、師匠の元で軍式格闘術を受け続けた私がこうもあっさり技にかかるとは……
「水系統の纏魔に慣れてるね。かなり訓練したんじゃない?」
魔力とはその人によって性質が変わる。それにより、魔力を身体に纏う技術である纏魔は同じ纏魔だとしても、使う術師の魔力性質によってその効果が若干異なる。
風系統であれば機動力に優れ、光系統であれば魔力抵抗に優れるといった具合に。
そして、水系統……即ち『活性』の魔力性質を持つ水系統の纏魔は純粋な肉体強化となる。
「分析もいいけど、早く負けを認めた方がいい。その歳で右腕を再起不能にされたくはないだろう?」
「容赦ないね、お前」
腕にかかる負担が少しずつ増していく。
やれやれ、女の子には優しくしろって教わらなかったのか? 優しくされても困るけどさ。
「でも本当にいいんだ。だって……私も準備ができたから」
私は纏魔の技術が苦手だ。きっとセンスがないのだろう。
だから時間がかかる。でも逆に言えば時間さえあればできる。
「お前は私を地面に押し倒した瞬間に私の腕を圧し折るべきだった」
私の魔力の性質の基本は"闇"だ。
以前に光系統の纏魔を施す際にかなりの魔力を消費して行っていたが、これから行う纏魔はもっとコスパのよい、私にとって最適とも呼べる纏魔。
「旅道中にコソ練しといてよかったよ」
とはいえ苦手な纏魔であることには変わりがない。だから範囲を絞る。
右肩から右腕へ、イメージするのは漆黒の鎧。
つまりは、闇系統の纏魔だ。
「!?」
強引に起き上がろうとする私に、レインが驚く。
それもそうだろう。闇系統の纏魔により収束した魔力は目に見えない防御膜として機能する。
今のレインはまるで鉄の固まりを相手にしているように感じているはずだ。
「そのまま掴まってな」
吸血鬼の腕力でレインの体を持ち上げるようにして立ち上がる。
そのまま私は目の前の大木にレインごと体当たりしようと駆けだすが……
「ちっ……!」
腕の拘束を解いたレインがひらりと宙を舞う。
だけど残念、それは悪手だ。
「読んでたよ、その動き」
急停止からの反転、レインに向けて私は両の掌を向けるように構える。
「影糸・黒縄網」
私の両手から噴き出した影糸は互いに絡み合いながら真っすぐにレインへ向かって伸びていき、そのまま肩、腰、手足に首と巻き付き一瞬でレインの体を捕縛する。
「っ、なんだこれは……っ!」
「新開発した私の固有魔術だよ。まあ、新ってつけるほど新しい技でもないんだけど」
影糸の派生技にあたる黒縄網は切れ味を捨てた代わりに頑丈さを上げた、いわば捕縛専用の型だ。
魔力消費がやや多い点と、編み込みに時間がかかる関係で他の技に比べて速度が出ない弱点はあるが、空中へ逃げた相手への追撃としては申し分ない。
「こんなもので僕が……くっ……」
身体能力を強化した腕力でも引きちぎることのできない影糸に焦りを浮かべるレイン。
「無駄だよ。人間の力で引きちぎれるような強度じゃないから」
なにせ私の有り余る魔力を丹念に込めて作った影糸だ。
腕力だけで引きちぎれるならそいつはもう人間じゃない。ゴリラゴリラゴリラだ。
まあ、相変わらず光系統の魔法で簡単に消滅しちゃうのは変わらないんだけど。
「ルナ・レストン……ッ!」
「そんな目で見たって現実は変わらないよ。アンタは私に負けたんだ」
人を殺せそうな視線で見つめてくるレインに私は悠々と勝利宣言を告げる。
ああ、最高に気持ちがいい。鼻持ちならない野郎の鼻っ柱を圧し折ってやったぜ。
「確かに今回は僕の負けだ。だが、これで終わると思うなよ」
「……これが実戦だったら終わりだよ」
捨て台詞とばかりに呑気なことをのたまうレインに私は溜息交じりに近づいていく。
レインの戦い方を見ていて気付いたことがある。確かに練り上げられた体術と纏魔の技術は見事だったが……こいつには戦場での経験が圧倒的に不足している。
「敗者にいつだって次があると思うなよ」
レインの額へ向けて人差し指を向けながら敗北を突きつける。
「付き人であるお前の敗北はそのまま護衛対象の死だ。私の代わりを務めたいなら絶対に誰にも負けたりするな。死ぬ気で勝て。分かったか?」
「…………ふん」
怨恨交じりの私の忠告はしかしそっぽを向いて無視をされる。
こいつ……まあいい、これで上下の格付けはきっちり示せた。
黒縄網を解除してやるとレインは縛られていた箇所をさすりながら私を睨みつける。
その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるように見えた。
「なに? 泣いてるの?」
「泣いてないッ!」
叫ぶように言い放ち、レインは私に背を向け歩き出す。
年下の女の子に力でも口でも負かされて悔しくて仕方がないのだろう。
さもありなん、といったところか。
というかレインは年上だよな。イーサンと同じぐらいの年齢に見えるが……
そこで私はふと、何の気はなしに『鑑定』スキルを使用した。
ステータスだけで相手の力量を判断するのは危険だと使用を控えていた『鑑定』スキルだったが、つい気になった私は使ってしまったのだ。そして……私は見た。
「…………ッ!?」
私の脳内に飛び込んできたレインに関する情報、それは予想外のものだった。
(なんだこれ、一体どういうことだ……?)
このことをクレアは知っているのだろうか? いや……そんなことは問題じゃないか。
レインは一体何をしているのか。何が目的なのか。それが肝心だ。
(……もっと深く調べる必要がありそうだな)
レインの背を見つめながら、私は得体の知れない不安を感じていた。




