第311話 新環境と旧交
私が王都を離れていた期間は大体半年ほど。
久しぶりに赴いた教室は私の記憶とはやはり違っていた。
入学当初のどこか張り詰めた空気は鳴りを潜め、クラスメイト達はグループ毎に集まって談笑している。
変わらないのは、ぼっちのクレアお嬢様くらいのものだ。教室の隅で就学時間前だというのに予習を欠かさないその勤勉な姿勢は正直尊敬する。予習なんて保健体育の授業以外でしたことないからね、私。
しかし、雰囲気は変わらないにしてもクラスメイトは見知った顔ばかりだ。
それも当然と言えば当然だけど。
ほとんどの生徒が私のことを覚えていたのか、私の顔を見るとあっ、という表情を浮かべてくれた。
だが、私の主がクレアからカレンに代わっていることに気が付くとその表情はおや?という疑問へと変わる。まあ、それはそうだろう。私だって他人事なら滅茶苦茶気になると思うし。
「ルナ、こちらの机を使いますわ。ついてらっしゃいですわ」
カレンは少し大きめな声で回りに喧伝するように先導する。口角が僅かに上がっており、我が主はご満悦の様子。
二人用の机に鞄を乗せ、そのまま椅子に座るカレン。そして、私に見えるように隣の椅子をぽんぽんと叩きだす。座れってことか。
私がカレンの意図を呼んで隣に座ると、カレンはにまにまと若干気持ち悪い笑みを浮かべる。
「どうかされましたか?」
「ええ、ルナが隣にいますわ」
「?」
「ふふ、そうやってちょこんと椅子に座っている様子はまるでお人形のようですわね。ずっとクレアが羨ましかったものですわ。こんなに可愛い子をいつも侍らせて、その上ルナは勉学も優秀と来たものですからね。きっと多くの生徒がルナのことを付き人にしたいと思っていたはずですわ」
この学園における従者の役割は二つ。一つは単純な護衛。もう一つは授業のサポートだ。比重としては後者の方が大きい。学園において護衛が必要になるケースなんてそれこそクレアのような特殊な事情がない限り存在しないからだ。
そうなると従者に求められるものとして、優秀な成績が上がる。私は師匠に魔術の基本をいやというほど叩き込まれたから、クラスの中でも上位の成績を持っていた。
「そういえば確かに休憩中になるとよくクラスメイトの方から質問を受けていましたね」
「う~ん、それに関しては別の意図もあったような気がしますが……」
あの頃はクレアお嬢様の付き人という立場があったため、主人の印象を下げないように対応していたが地味に面倒だったのを覚えている。質問の内容もそこまで難しくなかったりと、わざわざ私が教える必要ある?と思うような内容ばかりだったし。
「クレアお嬢様が一喝してくださってからはめっきり減りましたけどね」
「ああ、あの瞬間は教室が凍り付きましたわね……」
立場のこともあってあまり主張らしい主張をしたことのなかったクレアだが、あまりにもしつこいので「勉強の邪魔だから控えてくださる?」と質問に来た生徒に言い放ったのだ。
文面にすると穏やかだが、その場にいた全員がその言葉をはっきりと「目障りだから消えろボケ」と聞き取っていた。本気でキレたクレアの圧はやばいからね。
「しかし、主人が変わったことでまた似たようなことが起こるかもしれませんね」
「確かにそうかもしれませんわね。でもそれも半分ぐらいだと思いますわよ」
「半分? どういう意味です?」
私がカレンの真意を問い質したその時、後ろの方から黄色い歓声が上がった。
「やっぱりレインさんの教え方はとても上手で分かりやすいです! 相談して正解でした!」
「お役に立てたなら良かったです。またいつでも来てください」
「はいっ! ぜひぜひお願いしますっ」
「あの、その……次は私の話も聞いてくださると嬉しい、です……」
「あっ! 次は私が質問しようと思ってたんだから! 邪魔しないでよね!」
教室の中央付近で、レインが女子生徒から囲まれ何やら話し込んでいる様子だった。どうやら過去の私と似たような立場にいるらしい。というかアイツ、クレアお嬢様から離れて何やってんだ? クレアのぼっちスタイルがあまりにも自然だったから気が付かなかったけど。
「あの男が来てからずっとこの調子ですわ。クレアもクレアで放置しているようですし」
「クレアお嬢様も好きで置いているわけではないようですからね」
元々男嫌いのクレアだ。むしろどこか遠くに行ってろぐらいのことは言っているのかもしれない。というか言っていて欲しい。
「…………」
ちらり、と一瞬だけレインの視線がこちらを向く。
その表情がどこか自慢げに見えたのは私の性格が悪いせいだろうか。
べ、別に女の子たちを侍らせてるのが羨ましいわけじゃないんだからねっ!
「ああ、嫉妬に歪んだルナも素敵ですわね……」
「いや、私は別に嫉妬なんて…………え?」
最初、その口調からカレンかと思ったのだが妙に熱のこもった声に違和感を覚え、振り返るとそこには私にとって旧敵ともいうべき相手がにこにこと私を見つめていた。
「お久しぶりですわね、ルナ♪」
「あなたでしたか……キーラお嬢様」
「お嬢様だなんて無粋な敬称は必要ありませんわ。どうか私のことは親しみを込めてキーラ、とお呼びくださいませ。なにせ……」
ミディアムに揃えられた菫色の髪を揺らしながら、小首を傾げるように笑いかける少女。
「半年間も音信不通にされたとはいえ、あなたと私は“お友達”なのですから」
純血派の尖兵、キーラ・イーガーは天使のように可愛らしい笑顔で、悪魔のような嫌味を囁くのだった。




