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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第6章 従者近衛篇

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第310話 仲良く喧嘩しな


 カレンの屋敷に勤めだして三日目。

 新しい環境に慣れてきた私はようやく学園へのお供を許された。冬制服に変わった厚手のコートと羊毛で編まれたマフラーを着込み、新調した日傘を差して準備完了。カレンの通学鞄を代わりに持ち、新たな主人と並んで屋敷を出る。


 玄関から外に出た瞬間、びゅうという冬の冷たい風が横から吹きつける。

 しかし、王都の冬は本当に寒いな。手足の先からどんどん体温が奪われていくようだ。

 クレアお嬢様は寝るときに裸族になる悪癖があったから、風邪とか引いてないといいんだけど……


「ルナ、緊張するなとは言いませんが、そんな顔をしていてはこっちまで緊張してしまいますわ。ルナは可愛い顔をしているのですから、もっと和やかに、ですわ」


 学園への道のりの途中、隣を歩くカレンがそう言ってにこりと笑う。

 そう言えば、こうして二人きりになるのは初めてかもしれない。


「申し訳ありません。カレンお嬢様」


「謝る必要はないのですわ。クレアに会うのも久しぶりなのでしょう? 緊張してしまう気持ちも分かるというものですわ」


「あ、いえ。そうではなく」


「?」


 私は傘を傾け、カレンの顔を良く見えるように調整する。


「今の私はカレンお嬢様のしもべであるというのに、別の人のことを考えておりました。あまつさえ、隣を歩くお嬢様に気まで使わせてしまいました。そのことを謝りたかったのです」


 私はセスの代わりにカレンの付き人になった。気持ちの問題は別として、職務には忠実でなければセスに顔向けができない。それにカレンに対しても失礼だしね。


「従者として取り立てていただいた以上、私の最優先事項はカレンお嬢様です。ですからカレンお嬢様もそのように扱ってください」


「……もう、ルナは本当にそういうところがずるいのですわ」


「え? ずるい、ですか?」


「ええ、ルナの一番がクレアであることは今さら疑いようがありませんわ。それなのに私に対して期待させるようなことを言って……あなたが誰よりも一途なのは知っています。だからこそ、その気持ちを手に入れようと必死になる人が多いのでしょうね」


「私が一途、ですか。カレンお嬢様にはそう見えるのですね」


「誰から見てもそうですわ」


 自信満々に言うカレン。だけど、私にはあまりピンとは来ていなかった。


「……カレンお嬢様は先ほど、私の一番はクレアお嬢様だとおっしゃいました」


「ええ、そうね」


「ですが、私は交友関係において職務以外で優先順位をつけたことはございません。カレンお嬢様が言うほどに私は一途ではないと思いますよ?」


 私は自分が八方美人であることを理解している。ようはかっこつけだ。だからこそ一途なんて評価をされると体がかゆくなってくる。


「なら、ルナにとっての本当の一番はまだ未定ということなのですわね。今の段階でこれほど尽くしてくれる貴方の一番になれたならどうなってしまうのかしらね」


 冗談めかして言うカレンに、ふと考える。

 私にとっての一番とは誰だろう……と。


(アンナは幼馴染で、アリスは家族で、リンは仲間で、ノアは友人で、クレアは主人……みんなジャンルが違うから一緒に考えたことなかったけど、もしもこの中で誰か一人しか選べないとしたら……)


「…………」


「今度は難しい顔をしてしまいましたわね。結論がまだ出ていないということは私にもちょっぴりくらいはチャンスがあると思っても良いということかしら?」


「……未来は誰にも分かりませんからね。そういうルートもあるかもしれません」


「るーと?」


「こっちの話です」


 こっち、というよりはあっち(の世界)の話といった方がいいか。どっちにしろ伝わらなければいい。変に期待を持たせるのも後々面倒になりそうな気がするし誤魔化しておこう。


「むぅ、ルナの話はたまに難しいのですわ」


 頬を膨らませて抗議してくるカレンを宥めながら学園へ向かう。

 カレンと一緒にいると退屈しなくていい。最初に出会った頃にはここまで親しい仲になるとは思ってもいなかった。そういう意味では本当にそういうルートがこの世界のどこかにあるのかもしれない。

 ……なんてね。



 ◇ ◇ ◇



 見慣れた校舎の中を進んでいく。

 昔、ノアと戦って壊した壁が綺麗に修復されていて時間の流れを感じたりしたけども。


「今日はいつもより視線を感じるのですわ。やはりルナの容姿は目立ちますわね」


「カレンお嬢様がお美しいからかもしれませんよ?」


「もう、思ってもないくせに」


 露骨に話題を逸らした罰で、私はカレンからの頬ぷにぷにを無抵抗で受けることに。

 いや、だって……ねぇ? 肯定するのも笠に着てるみたいでいやだし、否定するのはそれもそれで嫌味みたいになるし……この振りに対する正しい返答を誰か教えてくれ。


「この雪みたいに真っ白な髪と肌はなんなのですわ? 同じ人間とは思えません」


 まあ、事実同じ人種ではないわけだけど。


「カレンお嬢様の髪も綺麗ですよ? 桃色の髪はお嬢様の内面を非常によく表していて似合っていますし」


「内面? どういう意味ですわ?」


「それは勿論、さわがし……いえ、賑やかでいいねという意味です」


「今、明らかに騒がしいって言いかけてたのですわ!?」


「お嬢様、廊下で大声は控えてください。騒がしいです」


「ですわーーーーーー!!!」


 私がそんな感じでカレンとじゃれついている時のことだ。

 いきなり、そう、いきなりだった。


 廊下の角を曲がったその瞬間、カレンに意識を持っていかれていた私は向こう側からやってくる人物に気が付けず、ぶつかるようにして衝突してしまう。柔らかな感触に押し返される形で尻もちをついてしまう私に、


「失礼いたしました。お怪我はありませんか?」


 膝を折り、紳士的に手を差し伸べてきたのは私にとって因縁の相手だった。


「レイン……っ」


「……どうして貴様がここにいる」


 よほど驚いたのか、いつもの丁寧な口調が乱れている。差し伸べていた手を引っ込め、代わりにシャツの胸元を正すこの男の名はレイン・コート。クレアお嬢様の現付き人だ。

 この男がここにいるということは……


「レイン? どうかしたの?」


 思わず声が漏れそうになる。私の予想通り、彼女はレインと共にいた。

 整った顔立ちと流れるような金髪。よく私が結ってあげていたツインテールを今はストレートに流し、少し大人びた雰囲気をまとっている。身長の方は変わらず低いままだったが。


「ルナっ……!」


 彼女……クレア・グラハムは私を見つけると嬉しそうな表情と共に近づこうとする。

 その寸前、レインがさっとクレアの前に手を伸ばして静止する。


「クレアお嬢様、間もなく授業が始まります。教室に向かいましょう」


「え、でも……」


「お嬢様」


 諫めるような口調のレイン。いつもなら付き人にそんな横暴を許さないクレアだったが、この時ばかりは様子が違った。


「……分かったわ」


 しぶしぶと言った様子だったが、クレアは頷いた。

 なんだ? 全然らしくない反応だ。いつものクレアなら従者の意見なんて一蹴するだろう。


 らしくない元主人の反応に戸惑う私を一瞥し、立ち去ろうと背を向けて歩き出すクレアへ、


「お待ちなさい。クレア」


 毅然とした口調でカレンが待ったをかける。


「カレン……?」


「貴方の従者が私の大切な従者を突き飛ばしたのです。主人として一言くらいはあるべきなのではないかしら?」


「大切な、従者……?」


 クレアの視線が私とカレンを往復する。そして……


「は? なにそれ」


 びっくりするぐらい低い声でクレアはそう呟いた。


「意味わからないんだけど。ルナが貴方の従者? 寝言は寝てから言うものよ、カレン」


「私が眠っているように見えるのであれば治療院への通院をお勧めいたしますわ。それより早く謝ってくださいまし。()()従者に」


 一部を強調して話すカレンの表情はどこか不満げな様子だった。カレンは思ったことがすぐに顔に出るからね。元従者の私には分かるよ、君は今とても怒っている。いや、これは誰でも分かるか。


「……このピンク頭の言っていることは本当なの、ルナ?」


 ぴくぴくとこめかみを引くつかせるクレアは歴代類を見ないほどに怒っていた。キレていると言ってもいい。

 そちらの趣味の人であれば悶絶ものの視線を向けられた私は残念ながらノーマルだったので、そっと視線を逸らすことしかできなかった。この人怒らせるとマジでヤバいからマジで。


「カレンんんんんんんんんんんんッッッ!!」


 私の様子から事情を理解したのか、クレアがカレンに詰め寄りその胸倉を思いきり掴む。


「あんた、何私の可愛いルナに手を出してんのよ!? ふざけてんじゃないわよ!?」


「ルナを解雇した貴方にどうこう言われる筋合いはありませんわねぇ! そんなに大切なのでしたらもっとちゃんと大事に手元へ残しておくべきだったのでは? 残念ながら今のルナは私の従者。私にとっては全然残念じゃありませんけどね~っ!」


「ルナが帰って来れるように色々と根回ししてたとこなのよっ! そもそも元とはいえ他家の従者を雇うなら一言相手方に伺うのがマナーでしょ!? 私、全然聞いてないんだけど!?」


「あら、ぼっち貴族様に貴族のマナーが通じるとは驚きですわ」


「あんたも似たような立場の家でしょうが!? あんたはいっつもそうよね!? 前に一緒におままごとして遊んでいた時も、私のお気に入りの人形を勝手に取って自慢げにしてたわよね!? あんたに友達が出来ない理由はそういうとこだかんね!?」


「友達ができないことなんて今関係ないのですわーーーーーーーーッ!」


「ぼっち云々最初に言い出したのはアンタでしょーーーーーーーーッ!」


 徐々にヒートアップしていく口論は最終的に悪口大会みたいになっていた。

 というか……そっか、クレアは私が屋敷に戻れるように準備してくれていたんだ。だったら私がバタバタ動く必要もなかったのかな? まあ、こうしてすぐに会えたんだからなんでもいっか。


「「大体あなたはいつも……ッ!」」


「そこまでです」


 二人の口論を遮るように割って入るレイン。


「淑女たるもの常に優雅であれ。衆目の中、醜く言い争うのはいかがなものかと」


「「うっ……」」


「元々は僕の不注意が招いたこと。改めて謝罪させて頂きます。誠に申し訳ありません。ここはお二人の立場を守るためにも、どうかこの場はこれでご容赦ください」


 そう言って潔いまでに深く頭を下げるレイン。

 確かにこのまま言い争っても良いことなんてひとつもない。不利を説き、落としどころを提示し、納得させる。スマートなやり方だった。


「あなたも、それでよいですか?」


「……いいよ。私も不注意だったから」


 レインの言葉に頷く。当事者同士が納得した以上、これで話は終わりだ。

 私は手でスカートを払うように撫でながら、カレンへ向き直る。


「カレンお嬢様、行きましょう」


「……いいのです? 念願の再会だったのでは?」


「大丈夫です。クレアお嬢様の元気そうな顔が見れただけで私は満足ですので」


 今の私はカレンの付き人。先ほど優先すると言ったばかりで舌の根も乾かぬうちにその誓いを破るつもりはない。


「クレアお嬢様」


 だけど……一言、声をかけるぐらいは許して欲しい。


「ありがとうございます」


 何が、とは言わなかった。というより言えなかった。色んな感情が交錯して混ざり合った結果、残った感情が感謝だったからだ。文脈も意図も何もない。私はクレアに感謝を告げた。


「私も……貴方の元気な顔が見れて良かったわ」


 クレアにしても思うことがあるのだろう。私に対して申し訳なさそうな顔でそう言ったクレアに私は胸が締め付けられるような思いに駆られる。


「光栄です。クレアお嬢様」


「ええ、それじゃあ……またね、ルナ」


 名残惜しそうに去っていくクレアの背中はいつにもまして小さく見えた。


「……ありがとうございました。カレンお嬢様」


「? 何がですの?」


「お嬢様のおかげでクレアお嬢様と話す機会が得られましたので」


「ルナはお礼を言うのが好きですわね。悪いことじゃありませんが、あまりぽんぽん使っているとありがたみが薄れてしまいますわよ?」


「そういうものでしょうか」


「そうですわ。それにルナのためにしたことでもありませんし」


「そうなのですか?」


「ええ。私はただ……えっと、その……」


「……なんです?」


「……ただ、クレアが私の大切な友人を雑に扱ったのが許せなかったのですわ。クレアだって、本当は話したいはずなのに、あんなたかが付き人の言いなりみたいになって……イヤな感じがしただけですわ」


「…………」


 そうか、この人はクレアを想って怒っていたのか。ようやくすっきりした。クレアが怒っている理由は明白だったけど、カレンが何に対してあんなにむきになっていたのかいまいちピンと来てなかったからね。


「……カレンお嬢様はクレアお嬢様のことが本当に大好きなのですね」


「ええ。クレアだって私の大切なお友達ですもの」


 何の躊躇いもなく先ほど大喧嘩した相手を大好きだと肯定する。

 やっぱりこの人、良い人だな。


(しかし……さっきのクレアの態度、やっぱりカレンから見ても変だったか)


 たかが従者に逆らえない主人。まるで立場が逆転したようだ。

 何があったかは分からないが、クレアを取り巻く環境には何かがある。

 まずはそれを探ってみるとしよう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カレンもクレアも可愛い。 ひとまず感情面の問題は無さそう、事情をなんとかすれば良いはず。初対面からはじゃけたカレンお嬢様のおかげ、カレン様々。
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