第309話 持つべきものは友
「むーん、困ったな……」
エルセウス魔導学園の校門前で日傘をくるくると回転させながら思案に暮れている私。
どうにかしてクレアと接触するため、グラハムさんに話を聞こうと思って来てみたのだがタイミング悪く不在とのことだった。
一体どこをほっつき歩いているんだろう、あの爺さん。肝心な時にいないんだから困っちゃうね。まあ、多忙な身の上だろうし私のために時間を作れとは言えないか。
「しかし……参ったな。こりゃもしかして詰んだか?」
「ル~ナっ♪」
私が意味もなく立派な表札を眺めていると、背後から声をかけられた。
反射的に振り返ったその瞬間、私のほっぺたにむにゅ……と、その少女の指先が埋もれる。
「あははっ、引っかかりましたわね! というかルナのほっぺた、すっごい柔らかいのですが。なんですのこの材質。ちょっと触らせてもらってもよろしくて?」
「よろひくありまへん。カレンお嬢様」
質問というていを取りながらも私の頬を弄り続けるのはクレアお嬢様のご学友でもあるカレン・ヒューズだった。一歩後ろにはカレンの付き人であるセス・モレルの姿もある。
私がセスに助けてくれと目で訴えると、彼は私のアイコンタクトをばっちり受け取ったのか、
「お嬢、ルナが困ってるからそろそろ勘弁してやってくれやせんかね」
と、即座に助け舟を出してくれるのだった。
流石は私が一番仲良くしていた従者仲間だけある。
なんて頼りになる男なんだ。
「ダメよ、セス。この奇跡のほっぺたを堪能し尽くすまで私はこの手を止めないわ。というより、貴方も触ってみなさいな。そうしたらこのほっぺたの素晴らしさが分かりますわ」
「なるほど……一理ありやすね」
ねーよ。一理どころかひとかけら理もねーよ。
あるとすれば、それは純然たるイジリだよ。
というかお前に関しては女の子の身体に触ってみたいだけだろ。
流石は私が一番仲良くしていたムッツリスケベ仲間だけある。
なんて頼りにならない男なんだ。
「では、失礼して……」
「私の身体に一ミリでも触れたらセクハラで訴えるから」
「やだなぁ、久しぶりにあった学友への軽いスキンシップじゃないすか。ほら、お嬢も再会に喜ぶのは分かりますが、貴族たるもの落ち着いた態度を志してください」
まるで最初から触るつもりなんて微塵もなかったかのように眩しい笑顔で誤魔化すセス。
「そうね。少しはしゃぎすぎてしまいましたわ。ごめんなさい、ルナ。お詫びと言ってはなんですが、これからお茶しません? 色々と話したいこともありますし……どうやら何かお困りのようでしたもの。友人として、出来れば力にならせて欲しいのですわ」
クレアの友人である彼女のことだ、恐らく私の状況に関しても察しがついているのだろう。
その上で自ら話を振ってくれるのだからこの人は相変わらず優しい。
「ありがとうございます、カレンお嬢様。でしたら、どこか落ち着ける場所で話しましょう。私の方は特に予定もありませんので」
「予定がない……やはり何か事情があったのですわね? 新学期になってから急にクレアの付き人が変わったので驚いていたのですわ。まさかあのクレアが男子を付き人にするなんて、と」
うん。分かるよカレン。それはクレアお嬢様に対する正しい評価だ。
しかし、この様子だとクレアはカレンにも事情を話していないらしい。
唯一と言っても良い友達なのに……あ、これはカレンが勝手に言ってるだけなんだっけか。
「分かりました。私から話せる範囲で説明します」
「ええ、よろしくお願いするのですわ」
半年経っても変わらない、カレンの片言お嬢様言葉に私は思わず懐かしい気分に浸りながら、三人で話せる場所を探して歩き始めるのだった。
◇ ◇ ◇
落ち着いた雰囲気の喫茶店にて。
なるべく人目に付きにくい奥のテーブル席で私は私情により暫く付き人の仕事を休んでいたこと、半年ぶりに帰るとレインという従者に仕事全てを奪われていたことを説明する。
すると……
「それはルナが悪いのですわ」
何の躊躇いもなしにずっぱしと言い切るカレン。
事実なのだけど、ここまで面と向かって言われるとは思わなかった。
「良いですかルナ? 付き人の役目は主人を守ること。然るべき時に然るべき場所にいられないのであれば解雇されても文句は言えません。それが自分の都合であればなおさらですわ」
「お嬢、そんなことはルナも重々承知していますって。ルナが考えてるのは、じゃあこれからどうするのかってことですよ」
「ですわっ!?」
従者に突っ込まれてカレンが面白い悲鳴を上げていた。それもまた事実なのだけど……ほんと、言葉のナイフをぶん投げることに躊躇がないなこの主従。
「えと、私としてはクレアお嬢様の付き人に戻ることが第一目標です。でも、それが叶わないのだとしたらせめてクレアお嬢様のお力になりたいと考えています。少なくとも、クレアお嬢様が卒業するまでは」
それが元々のグラハムさんとの契約でもあったしね。
私の当面の目標はそこになる。
「交渉しようにも今の従者……レインの妨害があってうまくいきませんでした。せめて学園での生活をサポートするくらいのことができればいいのですが……」
「なるほど……状況は理解しましたわ」
言葉に詰まった私に、カレンが飲んでいた紅茶のコップを皿に戻しながら頷く。
「学園でのサポートがしたいという話なら簡単な方法がありますわ」
「え!? ほ、本当ですか!? その、それは一体どういう……!?」
「難しい話ではないのですわ。要はクレアの近くで過ごせる環境があればよいのでしょう? でしたら……ルナ、あなたは私のメイドになればよいのです」
「へ?」
「私の付き人となり学園に通えば、クラスメイトであるクレアのサポートもできるでしょう。当然、私のサポートを優先してもらう場面は多々あると思いますが、それでも何もできずに校門前で立ち尽くしているよりは有意義な時間が過ごせるかと思いますですわ」
「な、なるほど……」
考えもしなかったが……確かにこれは有効な作戦と言えるかもしれない。
だが、これはカレンに対する酷い裏切り行為でもある。仕える目的が別のお嬢様へ尽くす為だとなれば、忠誠心なんてものは欠片もない表面上の契約となってしまう。
加えて、自分の家の従者が他人の家のお嬢様を優先しているそぶりを見せればカレンだけでなく、ヒューズという家名に傷がつく可能性すら秘めていると言えるだろう。
それは流石に申し訳がなさすぎる。
そのことをカレンに告げるが、当の本人は、
「家名に傷がつくことなど恥でもありませんわ。それよりも困っている友人を見捨てることこそ我が家の恥。どうか力にならせてくださいませですわ」
「カレンお嬢様……」
私を友人と呼び、ここまでしてくれたカレンに対して感謝の念が溢れてくる。
こうなってしまっては気を使うことがむしろ失礼かもしれない。
「……ありがとうございます。それと、お世話になります」
お礼と共にテーブルに額がつきそうなほど深々と頭を下げる。
困っている市民の為に労力を惜しまず手を貸すその姿勢はまさしく貴族の義務と言えるだろう。
少し見ないうちに何とも貴族らしく成長して……
「や……やっと、ゲットしましたですわぁぁぁぁぁぁあああああっ!!!」
店内に響き渡る大声。
公共の場で何とも迷惑な奴がいるものだ。
なんだ? 伝説のポケモンでも捕まえたか?
こちとら感動の従者契約のシーンだというのに。
私がやれやれと頭を上げると……
「長らく口説き続けた甲斐がありましたわ! ようやく私の元に来る覚悟が決まったのですわね! こうしてはいられません! すぐにでも契約書を作成して、拇印を押させるのです! ルナの気が変わる前に!」
目の前には狂喜乱舞するカレンお嬢様の姿があった。
嬉しさのあまり頭を振り回すものだから、カールした桃色の髪がめちゃくちゃ荒ぶっておられる。
「あー……えっと、その……やっぱり今のはナシってことに……」
「お嬢! 契約書の準備ができました!」
「でかしましたわセス!」
「いや、早すぎィ!!」
「へへっ、街中でかわいい子を見つけた時にいつでもスカウトできるように持ち歩いていて良かったです!」
照れくさそうに鼻の頭をかくセス。
いや、流石に冗談だよね? ガチなら普通に引くんだけど。
「さあさあ、早くここにサインをするのですわ!」
そして、カレンの押しが強い! どんだけ私を従者にしたいんだ!?
「いや、ちょっと契約するのは良いですけど、色々確認しないと……」
「良いではないか~! 良いではないか~! ですわっ!」
「どこで覚えてきてるんですか、そんな言葉……」
私が従者になった暁にはまずは口調から矯正してやる。
……なんて、そう思った瞬間に自分の中で既に答えが出ていると気付いた。
「……カレンお嬢様」
「? なんですの?」
「改めて、今度は従者として……よろしくお願いします」
なんだかんだ言って、私はこの人のことが嫌いじゃないのだと。
「~~~~~~~~~~っっ!! ですわ~~~っ!!」
それから感極まったらしいカレンの二度目の咆哮により、私達はその店から出禁を食らうことになりましたとさ。ちなみに、契約書の内容に不正はなかったです。




