第306話 居場所は時間と共に消えていく
「んー! 冬っ!」
王都の入門審査を通過した私は半年ぶりに王都に帰還していた。
正門を潜り抜けてすぐに見える大きな噴水近くで、大道芸人が火を吹いて観客を沸かせているのが見える。門近くでは行商人が市場を開くため、人が集まりやすいのだ。
「ふむ。そんなに長く離れていた訳でもないが、妙に懐かしく感じるな」
私が久しぶりの王都の光景で感傷に浸っていると、荷馬車の返却手続きを終えたオリヴィアさんがイーサンを引き連れてやってきた。
どうやらオリヴィアさんも私と似たような感覚を抱いているらしい。
「季節も反転しちゃいましたからね。長い間お世話になりました」
「……いや、礼を言うのは私の方だ」
私の感謝に対し、オリヴィアさんはなぜか気まずそうな表情を浮かべた。
「お前は私と最初に会った時のことを覚えているか?」
「オリヴィアさんと? ええ。まあ、この近くでしたよね」
「ああ。あの時、私はお前との握手を断った。正直に言うとな、私はお前のことをよく思っていなかったのだ」
「え?」
オリヴィアさんの口から出た言葉は私にとって予想外なものだった。
「今回の旅で私は色々な種族の人間を目にすることが出来た。そして、それら全ての種族の人間が種族の壁を越えて協力していた。アポロ達などがその最たる例だろう」
そう言ったオリヴィアさんは右手の手袋を外し、私に向けて差し出してくる。
「己の狭量を謝罪しよう。ルナ・レストン。君は友愛を示すに値する人間だ」
差し出された右手、その意図はすぐに察せられた。
どうしてオリヴィアさんが私に対して、良くない感情を持っていたのかは分からないけれど……
「……ありがとうございました。オリヴィアさん」
私はどうやら、この人にずっと品定めされていたらしい。
そして、その結果は悪くはなかったと。少なくとも、旅が始まる前よりは。
なんとも不器用な人だ。そんなことわざわざ言わなければいいのに。
どこまでも正直で、どこまでも真っ直ぐな人。
私はより一層好きになってしまったオリヴィアさんと固い握手を交わした。
「ではまた会おう、ルナ」
最後に可愛らしい笑みを浮かべたオリヴィアさんと「また学園でな!」と大きく手を振ってその後に付いていくイーサン。
あの師弟には本当に助けられた。この借りはいつか返さないとね。
◇ ◇ ◇
「売却完了しました! お姉様っ!」
全ての荷下ろしが完了したところで、アンナがにこにこと報告してくる。
旅で使った道具は多岐に渡り、その全てを保管するわけにもいかないので旅の終わりには旅仕舞いと言って持っていた道具を売りに出すことがよくある。
今回は大人数での移動だったため、かなりの時間がかかったがお父様とアンナに協力してもらうことで何とか日中に終わらせることが出来た。
「ありがとう、アンナ。助かったよ」
「いえいえ、お姉さまの為ならお安い御用です」
よく懐いた子犬みたいに言うことを聞いてくれるアンナの好意は嬉しいのだが……私の頼みなら殺人でも平気でやってしまいそうな勢いでちょっと心配だ。
どこかで一度、意識改革を試みた方が良いかもしれない。
まあ、とはいえ今は……
「お父様も、お疲れ様でした。早速、お母様に会いに行きましょう。ルカもお父様の帰りを心待ちにしているはずです」
長年待たしてしまった家族との再会が先だろう。
そう思って、お父様を急かすのだが……
「ああ、そう……だよな。帰るよな。帰らないとだよな」
歯切れの悪いお父様。あまり嬉しそうでない? というか困ってる?
「あの……まさかとは思いますが、二人に会うのが今更になって気まずくなってきたとか言いませんよね?」
「…………」
ああああああああっ! お父様がチキってるぅぅぅぅぅぅぅぅっ!
そんなあからさまに目を逸らさなくても!
いや分かるよ、分かるけどさ! そこはもう仕方ないじゃん!
「お父様、ここまで来たら腹を括りましょう。そして覚悟を決めるのです」
「か、覚悟?」
「ええ。土下座してでも許してもらう覚悟です」
「ぐふぅっ……!」
血反吐を吐いた時にも見せなかった辛そうな顔。まあ、息子の前で土下座するのが辛いのは同じ男として分かるよ。家庭内ヒエラルキーの最底辺確定だもんね。
でもそこは、今は娘のルナちゃんですよ。
父親というか、男としてのプライド? 何それ? みたいな顔で攻めさせて頂きます。
「今回の騒動、その発端はお父様によるものです。つまり、完全なる自業自得。弁解も同情の余地もありません。諦めてください」
「……そうだよなぁ」
がっくりと肩を落とすお父様。
可哀そうだけど、これはお父様が受け入れなければならない罰だ。
というわけで……
「お父様は先にお帰りください。私は挨拶回りを済ませてから向かいます」
「えっ!?」
一緒に来てくれないの!? みたいな顔で私を見るお父様。
そのつもりだったけど、私が一緒にいるとどうしてもお父様の味方をしていしまいそうなんでね。それはティナやルカに対して不公平というもの。彼女達の不満は、そのまま受け止めるべきだ。今後の家族生活に亀裂を生まないためにも、こういう大事なことは一度きちんと清算しておかないとね。
「日も傾いてきましたからね。まずは帰還の挨拶を済ましてきますよ」
「いや、でも俺は久しぶりだから道がよく分からなくて……」
「アンナ、悪いんだけどお父様の道案内をお願いして良いかな?」
「もちろんですっ!」
やると決めたら私はやる女だ。
逃げ道なんて用意させないぜ。
……あ、男ね。男。やると決めたらやる男ね。
「ではまた後で、頑張ってくださいね。お父様」
私は後ろ髪を引かれる思いを振り切って、お父様達と別れる。
お父様が一体どういうふうに謝るのかは見てみたかったが、そこまでしてはお父様が可哀そうだし、後のことは二人に任せよう。
ティナとルカなら、最終的には受け入れてくれるはずだしね。
私は私の責務を果たすとしよう。
◇ ◇ ◇
──リン、ゴーン──
懐かしい鈴の音と共に、クレア・グラハムの屋敷を見上げる。
ようやく帰ってきた。その実感を今、ひしひしと感じる。
予定より遅い帰還になってしまったけれど、抜かりはない。旅の途中に起きた面白おかしいエピソードを連発すれば、クレアお嬢様もきっと笑顔で許してくれるに違いない。
そうだな、まずはイーサンが湖で溺れかけた話から……
──ガチャ──
私が話の入りを考えていると、目の前の扉が開く音が聞こえた。
恐らくはクロエさんが出迎えてくれるだろうと思っていたのだが……
「本日はどのようなご用件でしょう」
出てきたのは見知らぬ男性だった。
歳はまだ若く、14、5程度に見える。少年と言って良い年齢だ。
短く揃えられた藍色の短髪は軽く内側にカールしており、どこか内気な印象を与えてくる。前髪で隠れる目元だったが、その相貌はパッと見ても分かる絶世の美少年。鋭い眼光は最初の印象とは裏腹に、はっきりと意思を感じるものだった。
そんな少年の瞳が……私を射抜く。
「あ、えと……私はここの従業員で、ルナ・レストンといいます。クレアお嬢様はいらっしゃいますでしょうか?」
「ルナ・レストン……ああ、僕の前任の方ですか」
ん? ……前任?
「お帰りください。レストンさん。貴方はすでに解雇されております」
「か、かいこっ!?」
衝撃の事実に思わず変な声が飛び出てしまう。
「いやいやいやいや、何かの間違いでしょう? だってクレアお嬢様には付き人がいるはずで……」
「ええ、ですから僕が派遣されたのです」
仕立ての良い執事服の襟元を正し、私に面と向かって宣言してくる少年。
内気そうな外見に似合わない強気な発言を残すそいつは……
「僕の名前はレイン・コート。クレアお嬢様の付き人を任されている者です」
私にとって初めて相対することになるタイプの、敵なのだった。
第5章縁者血統篇 ──完──
というわけで次回からは第6章『クレア篇』に突入致します。
居場所を奪われたルナは、これからどうするのか……お楽しみに!
coming soon(すぐ投稿出来るとは言っていない)




