第30話 奴隷の証
山賊達との死闘を繰り広げている間、とにかく私は無我夢中だった。
殺したい、殺されたくない。
そんな混沌とした気持ちの中、ただただ戦場を駆け抜け、殺し、そして光魔法の集中砲火を受けた。
結局、私は弱点である光魔術に最後まで苦しまされた。
その結果、敗北した私は山賊達の手により手錠を課せられ、完全に動きを封じられてしまった。光魔術を受け続けた私には抵抗する力すら残っていなかった。
目隠し、猿轡、手錠、足枷……立ち上がる力すらない私に山賊は更なる拘束を施した。
これでは逃げられない。
逃げる術が何もない。
山賊の手によって運ばれた私は……
この牢獄へと連れてこられた。
「大人しくしていろ。まだ生きていたいならな」
そう言って山賊は私を地面に横たえた。
ここに来るまでに何があったのかよく分からない。ずっと目隠しされていたから情報が入ってこなかったのだ。
数日以上の時間をかけて連れて来られたのは確かだろうけど。
とにかく……今は疲れた。
これからどうなるのかなんて、今は考えたくもない。
ただただ今は休みたい。
眠れるような環境ではなかったが、休息を求める体は強引に私を眠りへと引きずり込み、そのまま気絶するかのように私は眠った。
そして……それから数日後。
ようやく私は山賊の狙いを悟った。
奇妙だと思ったのだ。
あれほど仲間を殺してやったというのに、山賊達は私に何の報復をすることもなく牢屋に閉じ込めた。
きっと商品価値を落とさないため、我慢していたんだろう。
……そう。
私は売られたのだ。
一体幾らの値がついたのかは知らないけど。
奴隷商人らしき人物へ引き渡された私はすぐに奴隷としての準備を施された。
この世界に奴隷と呼ばれる人種が存在することは知識として知っていた。
だけど見たことも触れたこともない奴隷にまさか自分がされる日が来るなんて……
「ぐ、ぁあぁっ!」
「大人しくしろ!」
背中に熱したフライパンを当てられたかのような激痛が走る。
これは奴隷紋と呼ばれる魔術式を埋め込まれる痛みだ。精神を縛り、肉体を隷属させ、魂を犯す法。
私の目から見ることは出来なかったけど、確かにそこに刻まれていた。
奴隷紋の効果は大きく二つ。
一つは身分証明。この奴隷紋がある限り、私は奴隷として認知されることになる。こんな強引な方法で奴隷になんて普通されないが、私の場合は事情が違う。
吸血鬼という種族は人間ではない。
どんな仕打ちを施そうが、人族の法律は私を守ってはくれないのだ。人権も、拒否権も私にはない。
そして奴隷紋のもう一つの効果。それが……
「いいか、絶対に歯向かうな。お前が反抗の意思を見せた瞬間に奴隷紋はお前に激痛を与える」
主人から奴隷に与える絶対命令権。
私の主人となった奴隷商人は私にそう言った。
そこでようやく私は目隠しを外され、拘束も簡易なものになったのだが……
「あっ、あああああああっ!?」
男の手を振り払おうとしただけで脳内に激痛が走った。
背中の奴隷紋から直接脳内へ、術式が"痛み"を私に送り込んだのだ。
詠唱と違い、魔法陣や魔術式の優れた点がそこ。
即効性こそないが、設置できるそれら術式には細かい条件の指定や指向性の高い魔術の運用が可能なのだ。
師匠のところで学んだ知識だったけど、今はそれさえ役には立たない。
「はぁっ……はぁっ……」
「分かったか? お前はもう奴隷だ。今後一切自由は認められない。俺の言うことを聞け。そうでなくては痛みがお前を蝕み続ける。あまり無理をするな、精神が壊れるぞ」
「……ぐっ」
ぎろり、と奴隷商人を睨み付けると再び激痛が走った。
どうやら行動だけでなく、思考した瞬間に術式は私に牙を向くらしい。
よく出来たシステムだと笑ってしまいそうだ。
そうだよね、奴隷に求められるのは従属性。反抗的な奴隷に価値なんて無い。
だからまず、彼らは私の心を折りに来たのだ。
二度と立ち上がれないように。
二度と歯向かえないように。
それがこの奴隷紋という魔術のシステム。
私が反抗的な態度を見せる度、強制的に痛みを送り込む術式。
この凶悪な痛みの前ではひれ伏すしかない。
どんなに悔しくても痛みから逃れるには従うしかないのだ。
「お前の買い取り手はすぐに見つかるだろう。何せ伝説の吸血鬼だ。外見も申し分ない。どこの貴族か、好事家か……どちらにしろもう少し調教する必要はありそうだがな」
細い体躯、真っ黒なダークコートを羽織るその男は私にそう言った。
「……常識を捨てろ。後悔を捨てろ。矜持を捨てろ。過去を捨てろ。葛藤を捨てろ。そして何より人間性を捨てろ。何かを得るにはそれ相応のモノを捨てなければならない」
余りにも痩せ過ぎて、今にも倒れてしまいそうな風貌のその男。
「お前の人生はすでに詰んでいる。生きていたければ全てを捨てろ。それが唯一生き残る道だ」
青白い顔に、不吉な雰囲気を漂わせるその男を鑑定する。
途端、体中を針で串刺しにされたかのような痛みが走るが……その代償に、私はその男の名前を入手した。
シュルツ・サドラー。
それがその奴隷商人の名前。
その日、その名前は生涯忘れることの出来ない名前となった。




