第299話 未来は誰にも分からない
「無駄なあがきだ」
広間に無情な声が響き渡る。
「立ち上がったところで何になる。お前の敗北はもう目に見えている」
余裕の表情を隠さずこちらを見下ろすように睨み付ける帝王・キース。
まあ、確かに現状はこちらの圧倒的不利。お父様を無力化出来たところで、キースを倒せる目算も立っていないし、そもそもそのお父様だって私が1対1で倒すには厳しい相手だ。
「……アンタには未来が見えるのかな?」
「なに?」
だがそれは今までの私なら、だ。
「すぅ……はあ……」
心を落ち着かせ、深呼吸を一つ。
これから発動する魔術は一歩間違えれば自滅する諸刃の剣だ。
故にその運用には最新の注意が必要になる。だから……
(ここから先は一秒たりとも『集中』を切らさない)
魔力消費の激しい『集中』スキルを起動。
普段はここぞという一瞬一瞬に使用する大技を常時起動する。ここまでがまず一手。
「ルナ……?」
お父様には悪いけど、新技の実験台になってもらおう。
加速する思考を術式処理に回す。魔力はゆっくりと形を成し、私の右腕にまとわり付くように展開される。これで二手目。
「その技はさっき見たぞ。万策尽きたのなら……殺せ、ダレン」
キースの言葉にお父様が動き出す。
時間はそれほど残されていない。ここからは一気に行かせてもらう。
「はあああああぁぁぁっ……!」
私は体内の魔力を強引に放出する。これで三手目。
生み出した『影法師』。それが形を成す前にお父様の剣が振り下ろされ……
──キィィィィィィィンッッ!!
甲高い音を立て、掲げた私の右腕に阻まれる。
「……ッ、魔力を装甲に……っ!」
「正解です、お父様」
流石はお父様だ。魔力が見えていないはずなのに、私の行った魔力運用を即座に見破ったらしい。
これは闇系統の『纏魔』。物理的な障壁を肌の表面に作る技法だ。
纏魔は学園で習った技法。
最初は打算で通い始めた学園だけど、どうやらあの時間も無駄ではなかったらしい。
「駄目だ……ルナ……ッ!」
漆黒の魔力を纏った私の右腕から剣を離したお父様は再び剣を構える。
その剣が白色の光を帯びているのを私は見逃さなかった。
(光系統の『纏魔』。魔力そのものを打ち消す力を持った剣、ね)
光系統の魔力は私に相性が悪い。ここまでの一連の流れからもそれは見て取れる。
だから私は次なる四手目を放つ。
「受けるな! かわせっ!」
お父様の声が響く。
しかし、神速の剣を今の私が交わせるはずもなく……
吸い込まれるようにその一撃は私の首元へと叩き込まれた。
「る……な……っ……」
お父様の顔が悲しみに歪む。
そして……
「………………え?」
その表情は即座に驚きへと豹変する。
「どうして……なぜ……」
呆然とするお父様へ、私はその魔術の名を告げる。
「──『血界』」
私の首元で静止した刃。お父様は即座に反転し、距離を取った。
「──『紅椿』ッ!」
そしてその判断は正解だ。蠢く魔力は紅色の光を纏ってお父様へと迫る。
空中を飛来する計5本の真紅の刃は→のような形を作り、追撃する。速度は人間の移動速度を完全に超えていた。故に回避は不可能。
「くっ……!」
足を止め、剣を腰溜に構えるお父様。そして……
──キキキキキンンッッッッ!!
全ての刃が一瞬の内に叩き落される。
軌道をズラされた刃はそのまま四方八方に散り、それぞれ壁や地面に突き刺さる。霧散しない魔力にお父様は違和感を持つことだろう。
だが、それも当然。これは魔力だけで生み出した影法師とは違う。
「魔力……いや、血液か……っ!」
お父様の視線が私の腹部に向けられる。
これも見抜くか。流石はお父様。さすおとだね。
ま、気付いたところで意味なんてないんだけど。
「光魔法はもう効かないよっ! お父様!」
防御一辺倒だった流れからの一転攻勢。
ようやく回ってきた攻撃ターンだ。早々簡単には手放さないッ!
「ぐ、う……!」
距離を詰めた私は右の掌底を放つ。先ほどの防御により剣を振った直後のお父様にこれを防ぐ術はない。とはいえ、お父様も近接専門の剣士だ。踏み込まれた場合の対処法なんて五万と用意しているのだろう。
右の掌底を左手で払われる。
勢いのまま繰り出す飛び膝蹴りを左足で受けられる。
回収した『紅椿』を頭上から放つが、右手の剣で相殺される。
僅かに開いた距離を詰める私。バックステップで一歩下がるお父様。
距離を詰めきる前にお父様の反撃。放たれる剣閃を私は『紅椿』を三本交差させることで受け止める。衝撃に僅かに動きが鈍るが、『紅椿』はまだ二本ある。
左右から迫る真紅の刃をお父様は跳躍して交わす。
──ここだ。
「はあああああああああッ!」
渾身の左ストレート。
空中にいるお父様は交わす事なんて出来ない。
確実に当たる一撃。
……その、はずだった。
──ヒュッッッ!
軽い風斬り音が聞こえる。
お父様に向けて放たれた私の左腕が……宙を舞っていた。
見ればお父様の左手には短めの刀剣、小太刀が握られていた。
(嘘、でしょッ!? 今の今まで温存してたっての!?)
信じがたい光景だが、目の前の事実は変わらない。
──お父様は二刀流だった。
つまり、ここまでの戦いでもお父様は本気ではなかったのだ。二の太刀を抜き、両手にそれぞれ剣を構えるお父様の今の姿こそが本当の戦闘スタイル。
「ルナ……すまない。本当に……すまない」
お父様の両の瞳から流れ落ちる雫が目に留まる。
私の左腕は肘の先から失われてしまった。『再生』スキルの発動できない今の私にはこれを治す術はない。数瞬後には訪れるであろう激痛を覚悟する。
だけど……その程度の覚悟なら、すでに出来ている。
「……なっ!?」
自らの左腕が切り飛ばされた事実を前に、私は一瞬の躊躇もなく最後の一手を放つ。
左の拳は最初から囮。本命は右の一手だ。
「『影法師』──」
詠唱する時間は与えない。
右腕に集約された魔力は一つの形を作り上げる。つまり……
「ミニ……『月影』ェェェェェッッッッッッ!!!!」
今の私に放てる、最強最硬の一撃へと。
お父様はその拳に対し、右の剣を合わせる。
だが、魔力を練る暇すらなかったのだろう。通常色の刀身は私の拳と交わり……
──ガ、キィィィィ………ンンッ!
鈍い音を立てて、砕け散った。
そして……
「あああああああああああああああああッッッ!」
私の全身全霊の一撃はお父様の腹部へと叩き込まれるのだった。




