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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第5章 縁者血統篇

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第296話 繋がれた糸

「悪鬼……ダレン・レストン、ですか」


「その名前で呼ばれるのも久しぶりだな。あまり良い気はしない」


「これは失礼」


 慇懃に一例するテゾーロだったが、その額には一筋の汗が滲んでいた。


「……まさかこれほどの戦力を温存していらしたとは。随分と余裕ですな」


「ふん。貴様の考えそうなことだ。まずは戦力の分散。それから各個撃破。戦力で劣る側の常套手段よ」


 鼻を鳴らし、テゾーロを挟み込むような立ち位置を取るキース。


「自身の敗北が見えたか? ならば語ってもらおう。一体何が目的だ、テゾーロ。まさか何の策略もなくこの場をこしらえた訳でもなかろう」


「……私の目的はいつも変わりませんよ」


「なに?」


 テゾーロの答えに、キースは眉を寄せる。


「私は人の持つ可能性を見てみたい。凡百には為しえない覇者の作る世を眺めていたい。作り物ではない、本物の栄光をこの目で捉えたい。ただそれだけですよ」


「……俺の時もそうだったな、貴様」


「ええ。貴方には可能性があった。だからこそ残念です。貴方は歳を取った。夢を諦め、妥協することを覚えてしまった。『軍勢(レギオン)』への加入なんて……そんなものは覇者のするべきことではありません」


「……くだらんな」


「なんですって?」


 自分の世界に入り込んでいたテゾーロをキースは一蹴する。


「くだらんと言ったのだ。貴様の道楽には付き合いきれん。人の持つ可能性? 覇者の作る世界? そんなものに何の価値がある。大切なのは誰が何をするかではない。自らが何を為すかだ」


 ミシ、と床の軋む音がする。

 ここに魔力を視認できるものがいたのなら、舌を巻いていた事だろう。


「俺は為したぞ。このクアトルの街に自らの国を作り上げた。自らの手で、己の為に。俺の帝国を揺るがす存在は誰であろうと排除する」


 キースの周囲を渦巻く超超超超高密度の魔力の塊。まるで強引に魔力をプレスしたかのような圧倒的密度。術式など存在しない。そんな定跡的な魔力の使い方を野良犬同然に育ってきたキースが知るはずがない。

 故にその力が起こす現象は至ってシンプル。


「叫べ──『暴風(テンペスト)』」


 キースを中心として吹き荒れる衝撃派。魔力によって指向性を与えられた大気が渦を巻く。


「ぬうっ……!」


 暴力的な魔力運用に、自らの体が浮き上がるのをテゾーロは感じていた。

 それほどに圧倒的な風量が空間を支配していた。そして……


「────ッ!」


 テゾーロの眼前に現れたのは拳を構えるキースの姿だった。

 簡単な話。体重の重いキースとそれと比べるべくもなく軽いテゾーロ。この吹き荒れる暴風の中、その影響を受けやすいのはどちらか


「吹き飛べ」


 その結果は数瞬と待たずに訪れた。

 深々と突き刺さる正拳はテゾーロの体をくの字に折り曲げ、暴風の中を強引に吹き飛ばしていく。当然、ただの人間に出せる威力ではない。インパクトの瞬間に暴風の風向きを調整し、威力を上乗せしている。

 そんな人外の一撃を受けたテゾーロが無事であるはずもなく、


「…………が、はっ……!」


 口から血の塊を吐き出しながら、痛みに耐えるテゾーロ。

 いつもの余裕の表情もこの時ばかりは引っ込まざるを得ない。

 加えて敵はキース一人だけではない。


「シッ!」


 追撃に現れるのはダレン・レストン。

 伸ばされた直剣をテゾーロは紙一重のところで受ける。

 ぶつかる直剣と仕込み杖。至近距離でぶつあり合う両者。その視線が交差する。


「く、ははっ……貴方も不憫なものですな……」


「……これが俺の選んだ道だ」


 それは奇妙な対峙だった。血を吐きながら哀れむテゾーロ。苦渋の表情で追い詰めるダレン。


「奴隷というシステムを考えた人は……天才、なのでしょうね。これほど効率よく人を使役する術を私は他に知りません。ま、効率的なんて言葉は私の最も唾棄すべき言葉ですがね」


「……俺にはアンタが良く分からない。結局のところアンタは何がしたかったんだ? ここで虫けらみたいに死んでいくのが望みだったって訳でもないだろう」


「虫けらのように死んでいく……ですか。それもまた恐れるものではありませんよ。自分の信条に従って生きたのであれば悔いはありません。理想に届かず、道半ばで倒れたときはただただ笑って死すれば良いのです。貴方だって似たようなものでしょう。貴方がそうして望まぬ境遇に身を置くのは貴方自身がそれ以上に大切な何かを守りたいから。違いますか?」


「……知ってたのか」


 剣を交わしながらも、テゾーロはそこで初めて純粋な笑みを浮かべて見せた。


「ええ。貴方のご息女のことも含めて。立派なものです。誰かの為に何かを為す。それもまた覇者の素質と言えるでしょう。恐らく貴方のご教育が良かったのでしょうね」


「そんなことはない。俺があいつにしてやれたことなんて何一つない。俺は……父親失格さ」


 笑みを浮かべるテゾーロとは対照的にダレンの表情はどこまでも暗く、淀んでいた。かつて悪鬼と呼ばれた頃の活気は消えうせている。そんなある種痛ましいともいえる姿を見て、テゾーロは静かに言葉を紡ぐ。


「親が子を選べないように、子もまた親を選べません。強制されたしがらみを自ら繋ぐのはそこに血の繋がり以上のものがあるからに他なりません。つまりは愛で御座います」


「……何が言いたい?」


「父親失格かどうかを決めるのは親ではなく、子であるということですよ」


 テゾーロの言葉をダレンが理解することはなかった。


「ダレン! 何やってる! さっさとその裏切り者を殺せ!」


 それより先にダレンの背中に刻まれた奴隷紋が発動し、強制的に彼の体を突き動かしたからだ。しかし、その後すぐにダレンは知ることになる。


「御免!」


 テゾーロの言った言葉の意味。

 父と子の絆。

 即ち……


「さあ……役者は揃いましたよ」


 呟くテゾーロの仕込み杖が宙を舞う。

 深々と斬り付けられたテゾーロはその瞬間を目の当たりにしていた。


 ──ドガァァァァァアアアアッ!


 天井の中央に亀裂が入り、粉々に砕け散る、その瞬間。

 つまりは……


「なっ……!?」


 父と子が再会する……感動の瞬間を。


「ああああああああああッ!」


 瓦礫と共に屋上から降ってきたその小柄な少女は一目散にキースへと駆け寄る。突然の奇襲だったが、それでもキースは冷静に対処していた。

 全身を風の鎧で包み込み、防御の姿勢をとる。

 しかし……


「影法師──『月影』ッ!」


 そんな防御は少女の一撃の前には紙切れも同然だった。

 形成されるのは鋭いフォルムの巨人のような手。鋭利な爪先を持つ『月影』だったが、今回は固く握りこまれていた。そしてそのままの勢いで少女はキースを殴りつける。


 風の幕などお構いなし。力任せに振りぬかれた一撃はキースの巨体を浮かし、先ほどのテゾーロと同じように外壁までその巨躯を吹き飛ばしていく。

 その様子を見ていたダレンは色んな意味で驚いていた。

 その破天荒な登場に、その無茶苦茶な攻撃方法に、そして……


「どうして……どうしてお前がここにいるっ!」


 この場にいるはずのない、その愛おしい娘の姿に。


「ルナっ!?」


 呼ばれた少女は振り返る。

 瓦礫で出来た山の上から月明かりを浴びながら。


「言ったでしょう、お父様」


 父親の問いに対する答えはすでに決まっていた。

 決まりきっていた。


「迎えに来ましたよ、お父様」


 何度拒絶されても変わらぬ固い意志。


「一緒に帰りましょう。皆のところに」


 伸ばされた手を前にダレンは悟った。

 先ほどテゾーロに言われた言葉の意味を。


 子は親を選べない。しかし、それは最初だけの話だ。

 望まぬ親であるのなら、その手を離れた瞬間から二人は他人となるだろう。


 しかし……


「なんでだ……どうしてなんだ……ルナ……」


 決められた親子の縁。その縁が薄れてもなお、取りこぼすまいとするのなら、それは単なる縁ではない。人と人。個人と個人が繋ぐ絆となる。


「俺は……お前を、裏切ったんだぞ……」


 自然と頬を流れる雫。


「それなのに、お前は……」


 震える声でダレンは問うた。


「お前は俺を……父と呼んでくれるのか……?」


 その問いに対する答えもまた、決まりきっていた。



「それ以外に何があるってのよ……お父さん」



「…………っ」


 呆れ交じりの娘の言葉。

 裏切ることでしか愛情を示せなかったダレンにとって、その言葉はあまりにも真っ直ぐで純粋すぎた。疑う余地すらないその愛情。全てなげうって縋り付きたくなる衝動をダレンは感じていた。

 そして、その衝動のままにダレンは手を伸ばしかけていた。

 しかし……


「茶番はそこまでだ」


 それを阻む男の声が冷たく響く。

 二人の手が繋がれるより早くにキースはルナの背後を取っていた。


「…………っ!」


 咄嗟に振り返るルナ。防御の構えを見せるが、キースは攻撃をしてこなかった。ただただ見下ろすようにルナへと視線を送る。圧倒的な余裕の表情で。


「奴隷は人ではない。ただの物だ。そしてその所有権は全て俺に集約されている。分かるか、小娘。俺を相手にするということはこの街に住む全ての奴隷を相手にするということだ。貴様がどんなに父を大切に想っていようとも、契約の前では全てが無力だ」


 キースは攻撃をしなかったのではない。

 攻撃する必要なんてない。彼は唯一言、命令するだけで良いのだから。


「ダレン」


 それはこの世で最も無慈悲な命令。


「この小娘を殺せ」


 抗うことの出来ない、奴隷の宿命だった。

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