第2話 女神さまがポンコツ過ぎる件
「ん、んん?」
気付けば俺は真っ白な空間に居た。
あれ……ここどこ?
「起きましたか?」
聞こえる声に視線を上げると、そこにはおっとりとした笑みを浮かべる女の人がいた。
かなりおっぱいが大きい。
綺麗な金髪にまるでミルクを零したかのような白い肌。日本人離れした美貌は最早美術品のようですらある。
しかもおっぱいが大きい。
聞こえる声はまさしく天女。この不思議な空間と相まってまるで天使のようにすら見える。
そしておっぱいが大きい。
「あの、えっと……貴方は……」
「ヘレナ。私のことはそう呼んで下さい」
そう言ってにっこりと笑うヘレナと名乗る美女。
やばい、笑顔すら美しい。
ここ数年女の子とまともな会話をしていない俺にはちょっとハードルが高すぎる。
こんなことならおかんとかでリハビリしておけば良かったぜ。いや効果は限りなくゼロに近いだろうけど。
「あの、ところで俺は何でこんなところに?」
「それについてはゆっくりお話しますが……まずは一つの事実を認めてください」
「一つの事実?」
「はい。貴方はつい先日死にました」
「はい?」
「はい」
「いや、はいじゃなくて」
死んだ? 誰が? 俺が? 何で?
「やっぱり驚きますよね。ごめんなさい。簡単に説明させてもらうと、あかうんと? というものを失った貴方はショックで倒れました」
「は? え、もしかしてショック死?」
ネトゲのアカウント失った絶望によりショック死……なるほど。
納得の死因だな。
「いえそうじゃありません」
と思ったら違うらしい。
「ショックで気絶して倒れた貴方は丁度床においてあったダンベルに頭を打ってしまい脳内出血で死亡しました。運が悪かったですね。あんなところにダンベルを放置しているから……ご冥福をお祈りします」
「あ、ども」
ダンベル? ああ、そういや昔、体格ぐらい男らしくなろうと通販で買ったんだっけ。三日で飽きて放置したけど。
「えーと、つまりここって死後の世界的なところですか?」
「厳密に言うと違いますね。というか私の話通じてます? 全然動揺していないみたいですけど……」
「え? ああ、気にしないでください。別に死んでも悔いがないだけですから」
両親も俺のこと疎んでいるようだったし、丁度良い機会だったと思うことにしよう。独り立ちだ。天国に。
「凄い精神力ですね……普通もっと喚き散らしたりしますよ」
「喚いてどうにかなるなら喚きますけどね。どうにもならないでしょう?」
「ならないですね」
「ならいいです」
ぽかんとした表情で俺を見るヘレナさん。
まあ、俺みたいな反応する奴は少ないんだろう。多分だけど。
らしい反応が出来なくて御免なさいね。
でも今はそれより気になることがあるんです。
「それで? ヘレナさんってあれですよね。いわゆる神様って奴ですよね?」
「え、ええ」
「それで次の体に転生するための前準備をここですると?」
「そ、そうなります」
「つまりこちらには何かを選ぶ権利ないしそれに準ずる特典を得る機会が与えられているということですよね?」
「な、何と言う理解力……っ! 凄い! 凄すぎます! 私の仕事ほとんど終わっちゃいました!」
わーい、と両手を広げて喜ぶヘレナさん。
おいおい、まだ仕事は終わりじゃないですぜ?
「それで? 俺はどんなチートが貰えるんですか?」
「え? チート?」
「ん?」
なぜかそこで不思議そうな顔をするヘレナさん。
おかしいな。何か変なことでも言っただろうか?
普通、この流れってスキルとかチート貰って異世界で無双する流れだよね?
「え、えっと……ちーと? つまり神の力が欲しいんですか?」
「貰えるんですか?」
「いやあ、ちょっとそれは……」
あれ……これ、ちょっと想定と違うぞ。
ぽぽーんとチート貰って速攻異世界行こうと思ってたのに。
「チート貰えないなら何で俺はここに呼ばれたんですか?」
「むしろなんで貰えると思ったのか不思議で仕方ないんですが……おほん。これから大事なことを言います。一度しか言いませんからよく聞いておいてくださいね」
仕切りなおして真面目な表情を作るヘレナさんに合わせ、俺も背筋を伸ばす。
「貴方は前世で"大罪"を犯しました。その代償として、次の世界では埋め合わせをしなければなりません。つまりは『贖罪』です。具体的に言うと強制みたいになるので詳しいことは言いませんが……とにかく。自分が正しいと思うことをしてください」
ふむふむ。
ふむ?
「あ、あのー……よく意味が分からないんですけど。大罪って、俺何かしましたっけ?」
「はい。多くの男性を陥れ、その人生を狂わせた罪です。中には全財産を失った人や、闘争の挙句死亡した人もいます。これはあまりにも罪深い出来事です」
……ん?
「それなのに貴方はそれらの人々に何を与えるでもなく、ただ唆し、自らの欲を満たすためだけに他者を利用してきました。これは余りにも自分本位というべき考え方です」
んんっ!?
「よって私は貴方に『色欲』の大罪があるとここに認定します!」
「ちょ、ちょおっと待ったぁぁっ!」
「何です?」
「それゲームの話だから! 現実だったらそんなことしないから!」
「げーむ? というのが何か分かりませんが貴方がこれらの罪を犯したのは本当のことですよね?」
「ほ、本当だけど。それゲームの話だから!」
「むう。意味の分からない言葉を使って誤魔化そうとしてますね? 私、騙されませんよ」
「人の話を聞いてー!」
ヤバイ。この人、ゲームが何か分かってない。
全財産を俺に貢いだ男は確かにいた。でもそれ引退前の引継ぎだから!
闘争で死んだ男も確かにいる。でもそれただのネトゲ上の喧嘩だから!
「問答無用です! 貴方は色欲の罪を背負い、次の人生を生きねばなりません! これは確定事項です」
ヘレナさんが何やら指を動かすと、俺の体が白い光で包み込まれる。
ゆっくりとどこかに引き上げられるような浮遊感に悟る。これ、ヤバイ。転生しようとしちゃってる。意味の分からん『色欲』の罪とやらを勘違いで押し付けられたまま。
「へ、ヘルプミー!」
「いいですか? 貴方には前世の記憶を持つということでいくつかのシステムスキルを与えておきます。ですが勘違いしないようにしてください。もう一度言いますが贖罪のために貴方は生きるのです。自分の正しいと思ったことを貫く強さを持ってください」
一度しか言わないとか言いながらきちんと復唱してくれる優しいヘレナさんマジ女神。
けど、そういう優しさはいらないから! 大本からして間違ってるから!
「誰かその人に間違いを教えてあげてー!」
俺の叫びも空しく、死んだ時と同じようにゆっくりと意識が消えていく。
そして……俺の意識は完全に白に呑まれた。