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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第5章 縁者血統篇

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第295話 テゾーロとキース

 夜の帳が下りた街中を疾走する。

 目指すは太陽の園のギルド支部。まずはそこでお父様が今どこにいるのかを知る必要がある。職員全員をボコってでも聞きだすつもりだった。


「はっ……はっ……はっ……」


 不気味なほど人影の少なくなった表通りを走り抜けること十数分、私は目的地へと到着した。

 到着したのだが……


「……え?」


「お待ちしておりました、白銀の姫」


 そこで私を待っていたのはお父様ではなく、私にとって予想外の人物だった。


---



 かつかつと革靴が廊下を鳴らす。

 額に汗を滲ませたそのギルド職員は長い廊下を渡りきると、一呼吸置いて両開きの大きな扉の取っ手に手をかけた。それはギルドの中でも選ばれた人間だけが入ることを許された部屋だった。


「失礼致します!」


 緊張する声を張り上げ、入室する。

 中はかなりの広さを持った一室だった。蝋燭の灯りによって照らされた室内には一目で高価と分かる調度品が並んでおり、中央に置かれた円卓には三人の人物が腰をかけている。


 黒スーツに身を包み、優雅に足を組んで座るテゾーロ。テーブルを指先で叩きながら貧乏揺すりを繰り返すハーマン。そして、両手を組み鋭い視線で入ってきた職員の男を睨むように眺める帝王、キース。


「ほ、報告致します! 数刻前より出現した『吸血鬼』数名は依然として捕獲できておりません! 冒険者ギルドに緊急任務として発注もかけましたが、現状の戦力ではとても……」


「とてもじゃねえだろうがよぉ。それを何とかすんのがてめーらの仕事だろが」


 最後に言葉を濁した男に、舌打ちを漏らしテーブルを叩くようにして立ち上がったのはハーマンと呼ばれる男だった。


「す、すみません!」


「ちっ、役立たずが」


 幹部の中では最も若いハーマンは逆立った髪を押さえつけるように撫で付けながら、現状を冷静に分析していた。

 太陽の園の幹部はそれぞれに役目を持ってその役職に着いている。彼が与えられた役職は参謀。ギルドの運営を含めた、頭脳労働が彼の担当する部門だった。


「……こっちの手札が悪すぎる。元々戦闘が本職じゃねーからなあ。人造とは言え、かなりの戦闘力を持った吸血鬼を相手にするには分がわりーよ」


 そう言いながら横目を向けるのはこのギルドの創始者であり、この街の首領とも言うべき男、キースだ。ハーマンは視線で問うた。この現状、一体全体どうするのかと。

 というのも、人造吸血鬼の製造を真っ先に試みようとしたのはキースだったのだ。ハーマンはコストや成功率の面からむしろ否定的だった。故に、製造者責任に問われることのないハーマンはこの時ばかりは上から目線でキースを見下ろしていた。


「朝になるのを待つか? それまでに何人の職員が殺されるとも分からねーけどよぉ」


 太陽の園の実質的なナンバー2であるハーマンは今回の事件を好機と捉えていた。これまで圧倒的なカリスマと統率力でギルドをまとめてきたトップの大きすぎるミス。

 ギルドマスターの座から引き摺り下ろすには十分なネタだ。そして空いたポストに座るのは間違いなく次席である自分だと疑っていなかった。


「現状の戦力で足りねーなら追加するしかねえ。こりゃギルドマスター直々の参戦もあり得る事態だねえ。つか、もうそうでもしねえと収集つかんでしょ、これは」


「…………」


 無言のキースとハーマンの視線が交差する。

 だが、それも一瞬のことだった。なぜならキースの視線はすぐに逸れ、ハーマンの奥にいる人物……テゾーロへと向けられたからだ。


「お前はこの状況をどう見る。テゾーロ」


「どうもこうもないでしょう。現在、我らが支配するこの街で異分子が暴れまわっている。対処するには戦力が足りない。力で劣れば負けるだけ。簡単な理屈ですよ」


「ふむ。それで? 貴様はこの状況、どう対処する」


「私はただの観測者に過ぎません。それを決めるのは貴方の役目かと」


 突然振られた問いだったが、テゾーロは余裕の態度を崩さなかった。

 ともずれば人事のような口調のテゾーロだったが、彼の立場からすればそれも当然。彼はキースによって呼ばれた技術協力者に過ぎない。幹部の地位こそ与えられているが、基本的に彼は外部の人間。身を切ってまでこの事態に対処するつもりは毛頭なかった。というより……


「そうか。ならば俺の見解を述べよう」


 ギッと椅子が軋む音がして、キースが立ち上がる。

 2メートルに届こうかという巨躯は長年の戦闘によって引き締められており、対峙するだけで相手を威圧するような体格だ。床を踏む重たい音が続き、キースはゆっくりとテゾーロへと近づいていく。


「吸血鬼への対処なんぞはどうでも良い。あれはただの獣だ。飢えが満たされれば自然と落ち着く。幸い手駒の数は充足しているしな。持久戦に持ち込めば我が負ける道理はない。それより問題なのは……」


 目の前で立ち止まったキースはテゾーロを見下ろしながら言う。


「問題なのはあの怪物が()()()()()()()()()()()、ということだ。あれだけ厳重に管理された施設を単独で抜け出すのは不可能。誰かが手引きしたとしか考えられん」


「ふむ……なるほど。確かにそれは気になるところですな」


「アレの存在を知っている者はギルドの中でも数えるほどしかおらん。となると容疑者は限られる。というより……俺からすれば一人しかいないのだよ、テゾーロ」


 テゾーロを射抜くキースの眼光。

 そこに込められた感情は明らかに『怒り』。それに類する感情だった。


「アレに埋め込まれた奴隷紋の命令権保持者(マスター)は他の奴隷と違い、例外的にお前に設定する契約だったな、テゾーロ」


「ええ、そうですな」


「ならばなぜ貴様はアレの手綱を手放した?」


 ここに来てキースはようやく直接的にテゾーロを問い詰めた。

 今回の事件の発端、吸血鬼達の脱走という異常事態を許した主犯。それこそがテゾーロという人物なのではないかと。


「答えろ、テゾーロ」


 視線だけで人を殺せそうなキースの眼光を受けて、それでもなおテゾーロは笑みを浮かべていた。


「……簡単なことで御座います」


 どこまでも歪で、狂気的なその笑みを。


「貴方は私の期待を裏切った。故に試練を与えたのです」


「…………なに?」


「『軍勢(レギオン)』。この言葉に何か心当たりは御座いませんか?」


「…………っ」


 テゾーロの口から出てきた単語に、一瞬キースの表情が強張る。


「私は貴方に知識を与える。そして貴方は私に覇道を見せる。それが私達の契約でした。しかしながら貴方は自らの覇道を歪めた。こんなちっぽけな街一つを手中に収めたくらいで貴方は満足してしまった」


 カタンと小さな音を立てて立ち上がるテゾーロ。並ぶと二人の体格差は一目瞭然。枯れ木のような体格のテゾーロが大木のようなキースに勝てる訳がない。


「覇道とは何者にも阻まれることのない絶対強者の歩む道。そこに妥協は存在してはならない。貴方の目指した終着点は『軍勢(レギオン)』の仲間入りを果たすことだったのですか?」


「俺は……」


「貴方は自らを偽った。大きすぎる力を前に膝を折った。それが悪いこととは言いません。誰だって自分の弱さには正直になれないものです。誤魔化してしまうのも人間らしい行動だったのでしょう。ですが……貴方は覇者ではなくなった。只の人間に成り下がった貴方に私は魅力を感じない。ただそれだけのことなのですよ」


 テゾーロの放ったその一言は二人の決別を決定的なものにする一言だった。

 かつて交わされた契約。それを知る二人の間でのみ理解することの出来る別離の一言。その場に居合わせただけのハーマンには首を傾げることしか出来なかった。

 故に……


「なるほど……つまり貴様は俺を裏切ったということか」


 その一撃を回避することが出来たのはこの場でたった一人だけだった。

 突如室内に吹き荒れた暴風。爆発にも似た衝撃は円卓を粉々に砕き、爆心地にいたハーマンを木屑ごと吹き飛ばしていく。


「うっ、うわあああああっ!」


 そして、事の成り行きを見ていた職員の男もまた突然の暴風に尻餅をつかされる。吹き荒れる風に腕をかざすこと数秒。目を開けた彼の瞳に飛び込んできたのは変わり果てた室内の様子だった。


「……いきなり全力ですか。相変わらず容赦がありませんね」


「たわけ。貴様を相手にするならこれでも生温いわ」


 粉々に砕けた円卓。そこにあったはずの空間に佇む二人の男。

 キースは上着を脱ぎ捨て、隆起した肉体を外気に晒す。それに対し、テゾーロはどこまでも余裕の表情でカツンと持っていた黒塗りの杖で一度地面を叩く。


「やれやれ、随分と過大評価されたものですな。我が身一つで一国を作り上げるに至った帝王を前に私なんて塵芥も同然でしょうに」


魔術師(メイガス)の称号を持つ貴様がそれを言うか」


「魔術師なんてものは所詮研究職。純粋な戦闘職の方々に並ぶべくもありません」


 いつもの笑みで答えるテゾーロだったが、その内心は素直なものだった。


「十年研究された魔術が一年戦闘技術を叩き込まれた武芸者に通用しない。それが戦いというものです。武器や技能、身体能力。そう言ったものは本職の前では何の意味も為さない。現に……」


 キースから視線を逸らしたテゾーロは虚空に向けて杖を振るう。


 ──キィィィィィィィィィィィンッ!


「……こうしていきなり奇襲から入る。初手にあれだけ派手な技を使ったのは自分に意識を向ける為でしょう。一手一手が良く考えられている」


 ざっ、と距離を取る()()()を前にテゾーロはくるくると手元の杖を回転させる。その様子を見ていた襲撃者が一言、感嘆の声を漏らす。


「仕込み杖……今の一撃を防ぐか」


 シャキッと音を立てて刃を見せるテゾーロの黒杖。一見では武器に見えないそれもテゾーロにとっては奥の手の一つだった。


「貴方の隠行もかなりのものでしたよ。直前になるまでその存在に気付くことすら出来ませんでしたから。魔術ばかりに頼るだけでは見えぬ良い技ですな」


「…………」


 テゾーロの賞賛を無視し、その男は一歩前に出た。

 下段に構えられた直剣はその男の熟練度を思わせる完成された構えとなる。


「おや……」


 しかし、テゾーロを驚かせたのは別の要素だった。


「ああ、貴方でしたか」


 納得した表情のテゾーロ。窓から差し込む月明かりによって照らされたのは……


「悪鬼──ダレン・レストン」


 ルナの求める父親。ダレン・レストンその人だった。

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