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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第5章 縁者血統篇

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第293話 纏身神衣

 前に師匠に聞いた事がある。どうして師匠には『鑑定』が利かないのかを。その理由は簡単で、師匠は常に微量の魔力を体に身にまとい、魔力的干渉を打ち消しているのだという。

 その話を聞いて私は思ったものだ。


 この人……化け物すぎる、と。


 魔力とは普段動かしている手足と同じように、意識して操作するものなのだ。つまり常に魔力を体に纏うというのは常時踊りながら生きているようなもの。完全に変人だ。


『魔力ってのは意識的に運用するもんだ。自分の手足のように使えればそれあだけ複雑な術式にも対応できるし、魔力そのものを力として扱うことも出来る。授業でも教えたろ『纏魔』って技術だ。だが、これらの技術は一流の術師ほど無意識に行ってる。俺もそうだ。いいか、意識的に動かす魔力を無意識でコントロールしろ。それが一流の魔術師になる最低条件だぜ』


 最初と最後で言ってることが矛盾している。

 何をバカなことを、と思ったものだがこの『纏魔』という技術そのものはかなり有効だと理解していた。


『まずは……そうだな。お前の場合、アレから練習するのが良いだろうな。お前にとって一番必要になるはずの『纏魔』だ。風やら水やらの系統は素の身体能力(スペック)で誤魔化せんだろ』


 ほとんど強引に覚えさせられた一つの魔力運用法。

 適正のない私にとって、それは苦行とも言える難しい道のりだったが旅の道中も欠かさず練習していたおかげでようやく形になりつつあった。

 まだ無意識の内に使うことは無理だけど、意識的になら動かせる。

 私が唯一獲得した『纏魔』。それはあらゆる魔力干渉を打ち消し、自身を保護する光系統の『纏魔』。それ即ち……


「──『神衣(カムイ)』」


 足りない技術は魔力量で補う。

 圧倒的な魔力が体の表面を循環していくイメージを強く保つことがコツだ。


「光系統の魔力……っ!? リリエット!」


 アポロが焦った様子でリリエットに指示を送るが……もう遅い。

 どうやら魔力が見えているらしいアポロには今、私が黄金の風を身に包む瞬間が見えたことだろう。強引に注ぎ足す魔力が濁流のように私の周囲を渦巻きながら、収束していく。光系統の魔力性質を抽出する作業には骨が折れたが、収束させること自体に難しさは感じない。これまで何度か使ったことのある魔力運用法だしね。


(行くぞ……反撃開始だっ!)


 両手足の感覚を取り戻した私はアポロの懐に一直線に飛び込む。

 この『神衣』の弱点は展開している間、私自身も全ての魔術が使えなくなることにあるが……


(魔術が駄目なら、殴ればいいっ!)


 私の身体能力は大の大人を凌駕する。そういう意味では吸血鬼と相性の良い『纏魔』だ。


「くっ……!」


「遅いっ!」


 回避しようと身をかわすアポロだが、私の方が一手早かった。腹部にめり込む拳の感触。体をくの字に折ったアポロは冗談みたいに吹き飛ばされていく。


「あ、アポロっ!? う、うう~っ! 私のお友達になんてことするのっ!」


 空中を飛んでいたリリエットが両手をこちらに向ける。薄緑色の羽の周囲に幾つもの光球が浮かび、そして……弾けた。

 光の散弾となった光球、恐らくこれもリリエットの持つ魔法の一つなのだろう。今までの私ならかわすしかなかったが……


「『神衣』っ!」


 今の私には受けるという選択肢がある。

 クロスした両腕に魔力を集中。光の弾幕に対し、防御を張る。

 キラキラとした光の弾丸が次々に飛来する。一秒、二秒、三秒までは良かったが、四秒目からボロが出た。


「ぐっ……つあ……っ」


 私の防御を貫き、肩口を切り裂く光球。

 元々光系統に適性の無い私だ。完璧に防ぎきるには至らなかったらしい。

 だがまあ……問題は無い。


「待ちなさいっ!」


 リリエットの静止の声を無視し、私はアポロへと駆け寄る。

 『神衣』を解除した私は右手に『影法師』を展開。こちらの接近に気付いたアポロが懐からナイフを取り出すが、ここまで接近してしまえば結果は見えている。


 キンッ! と軽い音がして空中を舞う刃。そして、トスッ、と地面に突き刺さる時にはすでに私はアポロの首元へと短剣の形に形成した『影法師』を突きつけていた。


「勝負アリだね」


「……まさか一瞬の隙にここまでやられるとはね」


 首元にナイフを突きつけられているというのに、アポロはいつもと変わらない口調だった。大物なのか単に暢気なだけなのか……どっちでも同じことだけど。


「降参するなら殺しはしない。白旗を上げるなら今だよ」


「意趣返しのつもり? 趣味が悪いなあ。けど……まあ、仕方ないか」


 そういって両手を上げるアポロ。降参のサインだった。


「あっさり諦めるんだね。もう打つ手なしってところかな?」


「まあ、そうだね。今は」


「……今は、ね」


 ドン、と私が背中を押すとアポロが軽くよろけながらこちらを振り返る。


「……一応親切のつもりだったんだよ。一つのギルドを敵に回すってことがどういうことなのか、きっと君は分かってない」


「そんなことは知る必要がないことだよ、アポロ。やるしかないんだからやる。敵が強かろうと弱かろうとそんなことは私には関係ない」


「傲慢だね。自分の力を過信しているのかな。まあ、それも仕方のないことかもしれないけれど……君を止められなかった僕が言うのも具合が悪いか」


 バツの悪そうな顔で後ろ頭を掻くアポロ。

 イケメンなだけにイラッとする仕草だ。ぶん殴ってやろうかしら。


「それより早くリンとイーサンを返して欲しいんだけど」


「それは彼女達次第なんじゃない? 言わば僕らは試金石。僕ら相手に苦戦するようでは『太陽の園』を丸ごと相手になんて到底出来ないってことさ」


「…………」


 二人が戦っているであろう方向に自然と視線が向かう。

 さて、ここはどうするのが正解だ? ここで二人を待つ? それとも加勢に向かう? どれくらい時間が残されているかも分からない。お父様の元に急いだほうが良いかもしれない。

 私が今後の方針に悩んでいる、その瞬間のことだった。


「ん? あれは……何だ?」


 アポロの声に視線を向けると、リン達とは逆方向、少し遠くの方から黒煙が上がっているのが見えた。どこかで火事でも起きたのかと思っていると、


 ──ドオオオオオオォォォォォォッッ!


 突然爆発音が周囲に響き、僅かに地面が揺れた。

 立っていられないほどではなかったが、確かに感じた。


「何かが……爆発した?」


「そうみたいだね。火薬庫にでも火がついたのかな? いやでも、こんな街中に備蓄しているはずもないけど……」


 何が起こっているのかはわからないが……何かが起きていることは間違いない。これはチャンスだ。


「……私は行くよ、アポロ」


「ん。二人を待たなくて良いのかい?」


「うん。二人が無事ならそのうち追いついてくれると思うし、それに何より……」


 言いつつ私は胸の前で拳を手のひらに打ちつけ、気合を入れる。


「これは私が始めた戦いだ。決着は私がつける」


 行く道は決めた。ならば後は進むだけ。

 振り返ることなく疾走を始めた私をアポロ達が追ってくることはなかった。どうやら本当に見逃してくれるらしい。


(さて……こっからが本番だ)


 色々と邪魔されてしまったが、ようやく始められる。お父様を助け出すための戦いが。



   ※ ※ ※ 



 路地裏から表通りに、そのまま『太陽の園』のギルド支部に向かう私だったが……その途中で気付く。


「……人が、いない?」


 もうすでに夕方を通り過ぎ、夜の時間帯に差し掛かっている。人通りが少ないこと自体は不自然でもなんでもないが、私を追っていたギルドの人間が全く目に付かないというのは意外だった。

 ここでも多少の妨害は覚悟していたのだが……


(さっきの爆発といい何か変だ。何かがこの街で起きている?)


 不穏な空気を感じながらも進むしかない。賽は投げられたのだ。

 人がいないことをいいことに堂々と最短距離を突き進む。あと少しでギルドが見えてくるという時のことだった。大通りの角を曲がった瞬間に、私はソレを見つけた。


「……………………………………は?」


 ()()が何なのか気付くのに数秒の時間が必要だった。

 雨上がりの水溜りにも似た水浸しの地面、飛び散る赤黒い肉塊、鼻をつく異臭。そこにあったのはバラバラの人間の死体だった。


「────っ!」


 こみ上げる吐き気に咄嗟に口元を覆う。

 そこに散らばっていた元人間達の中で、原型を留めているものは皆無だった。四肢を失っているもの、内臓を溢しているもの、骨が露出してしまっているもの。そして、それらの死体に共通しているのは全て()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということだった。


「これは……一体……」


 戦慄する私の耳に──クチュ、クチャッ──という奇妙な音が届く。

 その音の発生源に……『彼女』はいた。


「う、嘘でしょ!? なんで、こんなところに……っ!?」


 彼女も私の存在に気付いたのか、こちらに振り返る。

 その時、口元からボトリと人の腕に良く似た物体が地面に落ちた。


「なんでここに……お前がいるんだっ!」


 緋色の瞳に漆黒の角。

 そこにいたのは……



 ──『太陽の園』そのギルドの地下で見たネネとノノにそっくりな吸血鬼の成れの果て。『失敗作』と呼ばれた少女だった。


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