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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第5章 縁者血統篇

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第290話 リンVSメイ

 ズズン、と重い地鳴りが裏路地に響き渡る。

 それをぴくぴくと動く敏感な耳で捕らえる獣人種が二人。


「にゃはは~、凄い音がしたにゃあ。これはベラの方かにゃあ? あの金髪男、終わったにゃあ~」


「…………」


「これはメイもさっさと終わらせないと、後でどやされちゃう……にゃ!」


 タタンッ! と、軽い足音と共に壁を三点飛びの要領で跳躍するメイ。

 視線を左右に振りながら、耳を忙しなく動かすリン。そして……


 ──ギィィィン!


 路地裏に甲高い金属音と共に火花が散った。


「にゃははっ!」


 右手の剣を引き、突き出すように左手の短剣を振るメイ。上半身を逸らし、その軌道をやり過ごしたリンはそのままバク宙の要領で蹴りを放つ。

 身体能力に優れた獣人種だからこそ出来る曲芸染みた動き。


 しかし、相手もまた獣人種。

 メイは驚異的な反射神経でリンの蹴りを見切ると、バックステップで距離を取る。仕切り直しの形だが、苦渋の表情を浮かべるのはメイの側だった。


「んにゃあ~、強いにゃあ」


「…………」


 暗闇を見通すリンの瞳はメイの額に流れる汗を見逃さなかった。

 お返しとばかりに駆け出すリン。一気に距離を詰めるリンにメイは後退を始める。


「逃がさない」


「逃げる? まっさかにゃあ~」


 後退を続けつつ、懐に手を入れるメイ。

 その手が再び現れたとき、そこには小さな白い球が握られていた。


「ぼんっ♪」


 メイの腕が振られ、球が地面に叩きつけられた瞬間にもくもくと白い煙が裏路地に広がって行く。


「……関係ない」


 視界が真っ白に染められながらもリンは更にメイとの距離を詰める。視力だけでなく、聴力にも優れる獣人種にとって、無明とは恐れるものではない。

 だが……


「…………?」


 リンの足がふと止まる。

 その理由は簡単。


「音が……消えた……?」


 足音、吐息、服や装備の擦れる音。それらの情報を常に発しながら人は動いている。その音を捉えることはリンにとって造作もないはずだった。


(立ち止まっている? ……違う。心音もしないのは変)


 奇妙な現象に困惑しながらも、リンは次の行動に移っていた。

 目も耳も駄目なら鼻で。敵の匂いで位置を判別しようとするが……


(……この煙、匂いも消してる)


 濃い煙の香りが全ての匂いを上書きしてしまっていた。

 これで完全に手詰まり。そこからのリンの判断も早かった。

 即座に後退し、煙からの脱出を図るリン。煙はそれほど広範囲に広がっているわけではない。ものの数歩で視界は晴れるはずだったが……


「……あぐっ!」


 それよりも早くメイの蹴りがリンの小さな体を吹き飛ばす。

 路地裏に置かれた水樽に派手な激突音と共にぶつかり、地面にゆっくりと染みが広がっていく。痛む体を抑えながら立ち上がるリンは混乱の極地にいた。


(どうして……あの距離で足音を聞き逃すはずがないのに……)


 視界は晴れた。しかし、リンは敵の正体を完全に見失っていた。


「にゃはは~、分からないって顔だにゃあ」


 そんなリンの前に、煙の中からメイが歩いて現れる。


「獣人族は身体能力に優れる種族。だからこそそれ以外の部分がどうしても疎かになりがちにゃ。ま、これが冒険者としての年季の差ってやつだにゃ~」


 得意げな顔でくるくると手元のナイフを回転させるメイ。


「『無音の陥穽(アンノウン)』。これはメイの周囲5センチに薄い空気の膜を張るだけの魔術だにゃ~。にゃけど、その音はメイの発する音を全て遮断してくれるにゃ」


 パシッ、と音を立ててナイフを持ち直したメイがにやりと笑みを浮かべる。


「ほら、また行くにゃ」


 メイがリンに向け駆け出した瞬間、再びメイの発する音が消え去る。

 メイの固有魔法。『無音の陥穽』が発動したのだ。


「……手の内を自分から教えるなんて、ふざけてる」


 それに対し、眉間に皺を寄せて短剣を構えるリン。

 向かってくるメイに向け、リンも前進を始める。

 そうして獣人種同士の激突は奇妙なほど静かに幕を上げた。


(刃の衝突音がない……この距離だとそれすら消えるのか)


 無音で火花を散らす刃。はらり、とリンの前髪が宙を舞う。


「ぐっ……」


 何とかかわしたナイフをやり過ごし、左右から挟みこむ形で短剣を振るうリン。だが、メイの後ろ回し蹴りの方が早かった。

 脇腹を深々と蹴り抜かれ、ごろごろと地面を転がるリン。

 起き上がったその瞬間、リンは気付いた。


「っ……!? ど、どこにっ……」


 メイの姿がどこにもない。

 焦る心は声となって口から漏れる。

 そんなリンの頭上に……ふわりと、影が落ちる。


 ザクンッ! と勢い良く音を立て、地面に突き刺さるナイフ。

 先ほどまでリンの居た場所に突き立ったナイフを前に、ぎりぎりのところで回避していたリンは冷や汗を流していた。


「にゃははっ、本当によく動くにゃ~。でも、もう分かったんじゃにゃいか? お前じゃメイには勝てないにゃ」


「……そんなことはない」


「あるにゃ。今のではっきりしたはずにゃ。それとも、そんなことにすら気付けないほどの盆暗なのかにゃ?」


「…………」


 口元を引き締めるリン。それを見て、メイは片目を閉じて告げる。


「お前らと一緒に迷宮を探索していた時から思っていたにゃ。お前らは経験が浅すぎるにゃ。冒険者としても、戦闘者としても。確かに才能はあるんだと思うにゃ。持って生まれた資質は確かに凄いにゃ。でも、ただそれだけなんだにゃ~、残念にゃがら」


「……何が言いたい」


「覚悟が足りにゃいんだよ、お前らは」


 開かれたメイの瞳が鋭くリンを睨みつける。


「その程度の腕でいい気になってんじゃないにゃ。迷宮攻略だってご主人がいにゃけりゃお前ら全員今頃土の下でお寝んねしてたはずにゃ。その程度の力しかにゃいのに、何かを為せると本気で思ってんのかにゃ? 特にお前らの主人。アレは駄目だにゃ」


 小さく笑みを浮かべるメイに、自然とリンの表情が険しくなる。

 その様子に気付くことなく、メイは吐き捨てるように続ける。


「ルナは現実が何も見えてないにゃ。ああいう無能なリーダーがパーティを危険に晒すにゃ。現に今も、お前達はこの街で無謀な戦いを強いられているにゃ。ま、それについて行くほうもついていく方だけどにゃ」


「……言いたいことはそれだけ?」


「んにゃ?」


 笑みを浮かべていたメイの表情が……一瞬で固まる。

 リンの醸し出す雰囲気が先ほどとは全く違っていたからだ。ざわざわと肌を刺すような殺気。低い姿勢から立ち上がるリンの瞳は……


「お前は私の大切な人を侮辱した」


 深く深く、どこまでも濃い紅色をしていた。







「絶対に……許さない」

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