第289話 二人の従者
ぱらぱらと舞い散る破片。
巻き上げられた瓦礫は粉砕され、砂埃となって舞い落ちる。
周囲にあった荷物棚や、そこに置かれていた器具も一切が原型を留めず滅茶苦茶に破壊し尽くされたい。そんな壊れた世界の中で、たった一人、
「……ほう」
イーサンだけが真っ直ぐにベラを睨みつけるように立ち尽くしていた。
「直撃は避けたつもりだが……まだ立ち上がれるとはな」
「……あたり、まえだ……」
ひゅーひゅーと喘息にも似た呼気を繰り返すイーサン。
額からは血が流れ、持っていた剣は粉々に砕け散っている。
「……まだ……終わっちゃいない……」
それでも腰に吊るした二本の剣に手を伸ばすのは剣士としての矜持故。
衰えない戦う意志を前に、ベラは片目を瞑り考え込む仕草を見せながらイーサンへと問いかける。
「なあ。似たような立場にいるお前に一つだけ聞いてみたいことがあったんだがよ」
「……なんだよ」
「お前、ルナのことが好きなのか?」
唐突に投げかけられた問い。
それはイーサンにとって決まりきった問いだった。
「好きに決まってるだろ。そうじゃなきゃ、こんなところまでついてきたりしてねえ」
「あー、違う違う。そうじゃねえよ。アタシが聞いてんのは女としてルナのことを愛しているのかってことだ。ライクじゃなくてラブな? 分かるか?」
「女として……?」
「ちなみにアタシは大将のことを愛してるぜ。男女の契りを交わせるならそれ以上のこたぁねえと思ってる。一緒に冒険者家業やってんのが単純に楽しいってのもあるけどよ」
「…………」
「ま、ガキには難しい話だったかね」
くいくい、と手元の大剣を軽く回しながら苦笑するベラ。
そんなベラに、
「……俺はルナのことを家族だと思ってる」
「あん?」
イーサンが静かに語り始める。
「孤児院に入るまで、俺はろくでもねえ生活を送ってた。大抵の奴はそうだけどよ、孤児院に集まるような奴らは血の繋がった肉親ってのを知らねえ。俺もそうさ。だから、そんなもんを求めたこともねえし、持ってる奴を羨ましいと思ったこともねえ。だけどよ……」
すでに焦点も朧な瞳で、それでもなおイーサンは毅然として立ち向かう。
「アイツが大切だって言うんだ。だったら俺はそれを守ってやりてぇと思う。だから……」
抜き放たれた二本の剣。それを左右の手で握り締めながらイーサンは言う。
「そこを退けよ、部外者。俺の家族が待ってんだ」
燃え上がる二つの剣は、イーサンの意志がまだ折れていない証明。
むしろ以前よりも激しく、強く、その炎熱は存在を主張していた。
「はは……お前、アタシ以上にぞっこんじゃねえか」
「うるせえ。これ以上お前に構ってる時間はねえんだよ」
震える足で駆け出すイーサン。その二つの剣を見て、ベラは静かに目を細める。
「……自決覚悟の最大出力、か。若さってのは怖いねえ」
ゆっくりと剣を構えながら、ベラは表情を引き締める。
「アンタが後5年……いや、2年早く生まれていれば、もっと面白い勝負になったんだろうが……残念だ」
イーサンの覚悟、決意、信念。
それら全てを吹き飛ばす、強者の一撃。
「冥土の土産に教えてやる。アタシの『星辰柩』は触れている物の重量を増加させる魔術だ。普通の人間なら持て余しちまう魔術だが、人族の何倍も力の強いアタシにはこれで丁度良い」
語るベラの足元が陥没する。すでに桁外れの重さを持つ大剣に更に加重したのだ。
「重さってのはぶつかった時の威力に直結する。剣士としてアタシに勝ちたいならアタシ以上の何かを持って挑むんだったな。少なくとも……お前の炎はヌルすぎた」
残酷な宣言と共に振るわれる大剣。
イーサンは交差した剣でそれを受け止めるが……
「砕けろ」
──バ、キィィィィィィインッ!
甲高い音と共に舞い散る破片。キラキラと光を乱反射する刀身に移るイーサンの表情には……
「終わりだ、若き剣士よ」
ただただ、悔しさだけが滲んでいた。




