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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第5章 縁者血統篇

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第288話 緋色と星辰

「が、はっ、くそっ……あの馬鹿力め……」


 裏路地の一角、倉庫の外壁に叩きつけられたイーサンは口から血の混じった唾を吐き出しながら、こちらに歩み寄る敵へと視線を向けていた。


「へえ。アレで剣も手放してないたぁ、なかなか根性座ってるじゃねえか」


「剣士が剣を手放してどうやって戦うってんだよ」


「はっ、口だけは一丁前だな」


 強がってはみるが、今の一撃ですでに体中が悲鳴を上げていた。

 巨人族の女、ベラ。その膂力は人族であるイーサンとは比べ物にならない。


(これは最早別の生物と戦ってると思った方が良いな)


 先ほどの重い一撃を受けたイーサンは即座にそう判断した。

 そして……


「《散ると知りぬる夜桜よ・せめて一夜の夢と散らん・燃えよ──》」


 鋭く構えた剣に、魔力の煌きを走らせる。


「──『紅桜(べにざくら)』!」


 燃え上がる炎熱はイーサンの意志に従い、剣へと宿る。

 学園内で緋色の剣士と呼ばれていたイーサンの持つ得意魔術。火炎により、攻撃範囲と切れ味を増加する奥の手を初手から放つイーサン。


「ははっ、出したな! その剣!」


 相対するベラはその炎を見ても、僅かに臆することもなく、再び前進を始める。鎧でガチガチに固めた重戦士が突っ込んできているかのような重圧。だが、イーサンにとって相手の防御力はそれほど問題にはならない。


「シッ!」


 火焔一閃。

 横薙ぎに振るわれた剣は空間そのものを断ち、ベラの肌を焼き始める。

 だが……


「ハッハァァッ!」


「なっ……!?」


 炎に身を焦がされながら、ベラは()()()()()()()()

 目測を誤ったイーサンはベラの振るう大剣を正面から受け止めなければならず、彼我の体重差と勢いの有無から一瞬と耐えることなく吹き飛ばされる。


 先ほど叩きつけられた外壁を突き破り、更にその奥、倉庫内へと転がりこむ。

 地面を転がりながらも即座に体勢を立て直すイーサン。そんなイーサンの眼前に……


「まだまだァッ!」


 次なるベラの猛攻が襲い掛かる。大上段から振り下ろされる大剣。


(これは……受けられないっ)


 咄嗟にそう判断したイーサンは横飛びで、その一撃を回避する。


 ──ドゴオオオオォォォッ!


 一瞬前までイーサンのいた箇所にクレーターが生まれ、周囲に衝撃波が撒き散らされる。目を細めながら、その攻撃を見送るイーサンにベラは更なる追撃をしかける。


「まだまだまだまだっ!」


 振り下ろした大剣を力任せに振り上げる。

 ゴルフのスイングにも似た軌道で迫る刃と、飛び散る瓦礫。最早、暴風の中にいるかのような錯覚に陥りながらもイーサンは持ち前の俊敏さで何とかそれを回避していた。


「まだまだまだまだまだまだッ!」


 しかし、ベラは止まらない。

 重量が10キロはあろうかという大剣を片手で軽々と振り回すベラ。

 その剣閃はお世辞にも洗練されているとは言えず、速度も並外れてはいない。だが、その『重さ』が通常の剣とは桁違いだった。


「ぐっ、おおおおおああッ!」


 回避しきない斬撃を剣で受けるたび、イーサンの体に重い衝撃が電流のように駆け抜ける。力や意志や魂と言った何かが、打ち合わせる度に根こそぎ奪われる感覚。


(だめだ……真正面から戦って勝てる相手じゃない……魔法剣を……っ)


 魔力を熱に変え、『紅桜』の威力を更に上げる。

 だが……


「その程度の熱でこのアタシが怯むと思ったかよっ!」


 ベラは全く意に介することなく、突き進む。

 振り下ろされた剣を受け止めると、イーサンの踏みしめる地面に亀裂が走る。

 その間もイーサンの放つ熱量はベラを焼き続けているというのに、熱さを感じていないかのようにベラは更に、更にと力を込め続ける。


「お前……馬鹿かっ! 焼け死ぬぞっ!」


「馬鹿はテメェだ! 本職でもねえのに、そうそう簡単に魔力を制御できるわけがねえだろっ! その剣の弱点はもう見抜いてんだよっ!」


 ミシミシと音を立てながら更に広がる亀裂。ついにイーサンは膝をつかなければ、その一撃を受け止めることすら出来なくなっていた。


「魔力を炎に転換する魔術。その弱点は術者自身がその熱の影響をもろに食らっちまうことだ。だからこそお前は一定以上の出力が出せねえ。そうだろ!」


「ぐっ……」


 ベラの語ったイーサンの弱点。

 それは剣と言う媒体を使わなければろくに魔術も使えない魔法剣士に付きまとう命題とも言うべき弱点であった。それは術式の発動地点が術者に近すぎるということ。イーサンの場合は生み出した炎そのものがイーサンにとって毒なのだ。



「はっきりと言ってやる。その術式はお前に合ってねえ」


「……っ」


「誰かに教えてもらった魔術ってのは結局のところ、誰にでも使える万能仕様なのさ。そいつの素質に適した魔術であるはずがねえ。借りた剣で強がってるうちは二流……いや、三流以下の剣士だぜ?」


「うる……せぇ……」


「……強がるねぇ。まあ、それも若さって奴か」


 呟くベラの圧力、その剣が不意に持ち上がる。

 いきなり消えた重さにふら付くイーサンへ、ベラは告げる。


「人生の先輩として見せてやるよ。言うなら子供と大人の違い。『本物』の力ってやつをな」


 大剣を担ぎなおしたベラは息を整え……

 ──その詠唱を開始する。


「《星は宵に満ち闇夜を照らす・小さき者よ・今ここに星辰の理を知り──》」


 そして、その瞳がイーサンを正眼に捉えた瞬間。


「《震えよ──『星辰柩(せいしんきゅう)』》


 衝撃が、世界を壊した。

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