第287話 光の妖精
アポロとは旅の途中、迷宮攻略の最中、幾度と無く戦場を共にしてきた。
だが、実際のところアポロが戦っているところというのは見たことがなかった。不思議なことに。冒険者を名乗る彼が全くの無力であるはずがない。仮にそうであったならば、メイやベラがあそこまで彼を慕うこともないだろう。
つまり、アポロには何かしらの隠された力がある。
それは確実なのだが……
「ん? 来ないのかい?」
それが私には分からない。私の『鑑定』では、アポロの脅威が全く見えてこないのだ。挑発するような口調だが……自分から打って出るタイプではないのかもしれない。
(アポロには適性がないから魔術は使えない。ステータスが低いから身体能力で押し切るわけでもない。武器も持っていないし、技巧に優れるわけでもない。あるとすれば……………………なんだ?)
だめだ……全く分からない。「来ないのかい?」なんて言っているが、来られて困るのは確実にお前の方だろう。どこに勝算を見出しているんだ、この男は。
「んー、妙に警戒されてるね。傍の二人が悪いのかな? メイ、ベラ。ちょっとルナと二人っきりにしてくれる?」
自信たっぷりなアポロの態度に私が躊躇っていると、
「おっけぇぇい! 大将ッ!」
ベラが大声と共に、その馬鹿みたいに大きな剣を振り回し始めた。
「ぐっ……こいつ、なんて力してやがる……っ」
「オラオラ! 攻めも受けも細ぇぞ! 優男!」
横殴りの大剣が迫り、それを防御しようとしたイーサンが剣ごと吹き飛ばされていく。
「……イーサン!」
「にゃっはっは~、お前はこっちね~っ!」
「…………っ!」
イーサンのカバーに入ろうとしていたリンが、横合いから現れたメイに蹴り飛ばされる。
不意打ちを食らってしまったリンは体勢を立て直す暇もなく、メイの連続攻撃に晒され続けていた。お互い獣人同士、身体能力に優れた種族だ。リンも何とか攻撃を捌きながら後退を続けているが、それもメイの狙いなのだろう。どんどん私との距離が離されていく。
単純な体術であの二人を圧倒するなんて……これはまずいかもしれない。
「くそっ!」
「二人の心配ばかりしてて良いのかな?」
「…………っ」
確かにアポロを自由に動かせるのは危険、か?
分からない。だが……
(迷ってる時間もないっ!)
右手に『ツバキ』を生成。漆黒の刀となった『影法師』を手にアポロへと駆け寄る。狙いは短期決戦。多少傷つけることになってでも、速攻で決着をつけてやる。
「ルナには本当に感謝しているんだ。だから……優しくしてあげてね?」
一直線にアポロへと突撃する私の前で、アポロが呼びかける。
「──リリエット」
聞き覚えの無い、誰かの名前を。
そして……かっ、と私の視界が閃光に包まれた。
まるで閃光手榴弾でも投げ込まれたかのような圧倒的な光の量。目を開けていることすら出来ず、咄嗟に後退する私に……その声が降りかかった。
「ん~っ、やっと出て来れたわっ」
甲高い少女の声。ゆっくりと回復していく視力で私が見たものは……
「……妖精?」
アポロの肩近くを浮遊する、小さな小さな人影だった。
「あ、やっぱり貴方には視えるのね? 声も聞こえる? うん。大丈夫そうね。ではでは始めましてっ、私の名前はリリエット! 光の妖精にして、アポロのお友達! 貴方は私のお友達になってくれるかしら?」
背中から生えた薄緑色の羽でアポロの周囲を飛び回りながら、一気にまくし立てた妖精は興味津々と言った様子で瞳を輝かせながらこちらを見ていた。
「リリエット。お友達になるのは良いけど、先に仕事を終えてからね」
「あっ、そうだね! それが良いよねっ! それじゃあ……」
金色の髪を短くまとめているその妖精はまさしく、お人形さんと言った外見をしていた。
初めてみる妖精の姿に私が驚いていると……
「争いなんて今すぐやめて、私とお友達になりましょうっ!」
幼いその声音が私に届き、
「……え?」
──私の足元、石畳が崩壊していき私は真っ逆さまに奈落へと転落していくのだった。




