第286話 演者決闘
「ルナっ!」
私の名を呼ぶ声に、裏路地を駆ける足を止める。
振り返るとそこには、見知った仲間の姿があった。
「イーサン? アンタ、どうしてここに……」
「はあ……はあ……お前の、手伝いに……来たんだよ……」
どうやらここまで必死に走ってきたらしく、イーサンは珍しく息を切らしていた。
「手伝いにって……アンタには王都に帰る準備を頼んでたはずでしょ? そっちはどうしたのよ」
「その役はアンナとウィスパーのおっさんに頼んだ。機動力は俺の方があるからな。こうして駆けつけてきたってわけだ」
ふう、と大きく息を吐き改めて私に向き合うイーサン。
「……お前は一人でやるって言ったけどよ。やっぱりそれは違うと思った。確かにこれはお前が始めた喧嘩で、お前にしか関係のない話なのかもしれない。だけど、それでも俺はお前の力になりたい」
真っ直ぐな瞳で私を見つめるイーサンにはある種の決意のようなものが滲んでいた。
「もう嫌なんだよ。友達が俺の知らないどこかで一人戦ってるなんてのは」
「イーサン、アンタ……」
イーサンの言葉に私が思い出したのは、いつか王都でイーサンが語っていた思いの丈だった。そんなことは気にしなくて良い。そんな考えが頭を過ぎったが……
「頼む。俺も一緒に戦わせてくれ、ルナ」
どこまでも純粋なイーサンの思いを断ることが、私にはどうしても出来なかった。
「……分かった。それなら一緒に行こう」
「ルナっ!」
「言っておくけど、怪我しても知らないからね?」
「ああ! 上等だ! 今までの特訓の成果を見せてやるぜ!」
私が同行の許可を出すと、にこにこと嬉しげに表情を綻ばせるイーサン。
一体何がそんなに嬉しいのやら。だけど、イーサンの参戦は正直ありがたい。これで私のパーティはリンとイーサンを加えた三人になったわけだけど……
「……足だけは引っ張らないで」
「あ! てめぇ、わんこ! 俺達置いてさっさと一人で行きやがって! おかげでちょっと迷子になっちまっただろうが!」
「……知らない。足の遅い奴が悪い」
「なんだとぉっ!?」
「ちょっと、いきなり何喧嘩してんのよ。貴方達」
……先が思いやられる編成だなあ。この面子で本当にやっていけるのか? 良く見れば子供ばっかりだし。
(ま、なんとかなるか。戦闘能力だけは折り紙つきの三人だし)
頭を抱えつつ、そんな楽観的なことを考えていると……
「楽しそうなことをしているね、ルナ」
「…………っ!?」
また、別方向から私の名を呼ぶ声が。
新手の追手かと、身構えるのだが……
「あ、アポロ!?」
「やあ。久しぶり……ってほどでもないか」
にこやかな笑みと共に私を見るアポロ。
すでにこの街は後にしているものだとばかり思っていたけど……どうやら、まだ滞在していたらしい。
「にゃははっ! 相変わらず面白いことしてるねぇっ!」
その両隣にはアポロを挟むように、彼の従者達、メイとベラの姿もある。メイは両手に細いナイフを、ベラはごつい大剣を肩に担ぐようにして持っていた。明らかにどこかで戦ってきた様子。
「何があったの?」
「どうも街の様子が騒がしかったからね。少し静かにしてもらったんだよ」
「それって……」
もしかしたらアポロ達も手伝いに来てくれたのかもしれない。
そんな私の淡い期待は……
「っ! ……ルナッ、かわせッ!」
イーサンの叫び声と共に掻き消えた。
直後、ギィィィンッ! と鋼のぶつかる音が路地裏に響く。
「……へえ、良い反応するじゃねえの」
「アンタの殺気、駄々漏れすぎんだよっ」
見れば大剣を振り下ろしたベラと、それを鞘に入ったままの剣で受け止めるイーサンが互いに睨み合っていた。
「ベラ、気が早すぎるよ」
「なに生ぬるいこと言ってんだよ大将。戦いってのは先手必勝さ。どの道、この嬢ちゃんに退くつもりなんてねえだろうしな」
アポロの言葉に一度剣を引き、後退するベラ。
「あ、アポロ? 何を……」
「ん? ああ、ごめんね、ルナ。僕達も冒険者だから、受けた依頼は何としてでも遂行する義務があるんだ。だけど安心して。命までは取らないから」
いつものにこにこ笑顔で、意味の分からないことをのたまうアポロ。
冒険者の義務だって? まさか、こいつら……
「ちっ、金の為なら友情すら売るかよ。この下衆どもが」
「冒険者ってのはそういうものさ。それに友情があるからこそ、止めに来たんだよ。馬鹿なことはやめて、おうちに帰りなさいってね。これは人生の先輩からの有難いアドバイスさ」
アポロのあの言い方、どうやら何があったのか、大体の事情は把握しているらしい。迷宮攻略の時にすでに色々と話してしまっているし、私の目的も知られているのだろう。
だが……
「……うちに帰れ、だって?」
今さら引くつもりなど、私にはなかった。
「私は決めたんだ。お父様は連れて帰る。誰にも邪魔なんてさせない。それがどんなに難しくても、不可能に思えても、私は妥協したりなんかしない。だから……」
誰にも譲れない、不退転の意思。
「そこをどけ、アポロ」
そんな私の覚悟を見て、アポロは小さく笑みを浮かべ、
「そっか……」
──その表情からすぐに笑みを消し去った。
「メイ、ベラ……行け」
「あいあいさ~っ!」
「どうせこうなるって思ってたぜ!」
アポロの号令に合わせ、駆け出してくる二人の従者。
そんな二人に合わせ、私も影法師を展開するが……
「邪魔は……っ!」
「……させない」
それより先に、リンとイーサンが駆け出していた。
メイの振るうナイフをリンの小太刀が受け止め、突き出したイーサンの剣をベラの大剣が受け止める。それぞれが牽制することで、奇妙な空白地帯が間に生じ……
「さて、僕らも始めようか、ルナ」
その先で待つアポロが無手のまま誘う。
譲ることの出来ない、大将戦へと。




