第28話 災難は立て続けにやってくる
ごとごとと揺れ続ける馬車の上。
私はお母様の膝を借りて眠りについていた。
今までの疲労が溜まっていたんだと思う。
加えて久しぶりに会えたお母様に甘えたくなっていたのかも。
だから……その瞬間のことを私は詳しく覚えていない。
気付いたときには馬の悲鳴が鼓膜を揺らし、激しい振動が荷台の私達を包んだ。
「山賊だっ!」
誰かの悲鳴のような声が上がり、乗客は騒然となった。
「ルナ、起きて!」
「……お母様?」
目を開けたらそこには切羽詰った顔のティナがいた。
周りの人たちも慌しく動きまわっており、一人の乗客が強引にも扉を開け外に飛び出した瞬間……鮮血が宙を舞った。
「きゃあああああああああっ!?」
扉近くにいた乗客の顔に返り血がべったりと付着する。
それと同時に扉の縁に手がかけられ、ぬっ、と巨体の男が馬車へと乗り込んできた。
汚れた顔に、粗末な衣服。
手には大振りのナイフが握られていた。
「てめえら全員動くな! 動くと殺す!」
大男は良く通る声でそう言うと、手近にいた女を引っ掴み、強引に人質にした。
というかこの状況……ヤバい?
「ルナ、大丈夫だから……顔を出さないで」
ティナはそう言うと毛布で私が大男の目に留まらないよう体を包み隠した。
これで向こうからは注目されなくなっただろうけど……これじゃあ私も何が起こっているのか見えない!
「金目のモノを持ってる奴はとっとと出しな。出した奴から解放してやる」
大男の声。
今の私は視界が覆われてるから音でしか状況が判断できないけど……じゃらじゃらと聞こえる金属音は皆が金目のものを準備しているってことなのかな?
確か前に山賊は厄介だけど、金さえ出せば命だけは見逃してくれるって聞いたことがあるし……もしかして私達、助かるかも?
「ルナ……絶対に動かないでね」
ぎゅっ、と私を強く抱きしめるティナ。
その両腕が少しだけ震えていた。
その時に毛布が僅かにずれ、少しだけ視界が明るくなった。ほとんど見えていないも同然だけど。
「よし……次はお前だ」
そして集金はついに私達の番になった。
ティナは通貨の入った麻袋を男に手渡し、やりすごそうとしたが……
「おい。そこにも誰かいるのか」
「…………っ!」
大男の視線が私に集中したのが分かる。
私は石にでもなったかのようにじっと動かない。
「……子供が寝ているんです。騒ぎにはしたくありませんから、このまま寝かせてあげてくれませんか?」
「駄目だ。そこに何か隠しているかもしれん。毛布をどけろ」
「…………」
「どけろと言ったのが聞こえんのか! 俺は面倒が嫌いだ! ぐずぐずしてるとぶっ殺すぞ!」
大男の怒声が車内に響き、何人かの乗客が悲鳴をあげた。
これは……駄目だ。もう隠れていられない。
「ちっ! もういい。俺がやる!」
「あっ、駄目っ!」
ばっ、と強引に毛布を剥ぎ取られ視界が開ける。
ティナの言葉に従い、狸寝入りを決め込む私に……
「何だ。やっぱり金目のものを隠してやがったのか」
男は下卑た声を浴びせかける。
というか金目のモノって……まさか私!?
「こいつは連れて行く。こんだけの素材だ。さぞ高額な値がつくことだろうな」
「そっ、そんな……娘だけは見逃してください! ほかのものなら何でも差し上げますから娘だけは……っ」
ぐいっ、と強く引っ張られる感覚。
ああ……またこれか。
こうやって拉致されるのも二度目だ。
私ってどんだけこういう荒事に因縁があるのやら。
でも……
──私はもう二年前の私じゃない。
魔力を制御した私は以前より格段に魔法のコントロールが上手くなった。
まだ殺傷能力がある魔法は使えないけど、それでも戦況を有利に運ぶには十分。
イメージするのは前回と同じく槍。
今度はもっと鋭く、速く、指向性のある槍だ。
狙うは肩……喰らえっ!
「ぐぬぅッ!?」
大男の肩から鮮血が上がると同時に私は宙に放りだされた。
今度は着地も綺麗に決め、大男が体勢を立て直す前に一気に詰め寄る。
この2年間、師匠からは徹底的に自衛の方法を叩き込まれた。
私達が将来こういう面倒事に巻き込まれたことを想定していたんだと思う。
全くたいした師匠だよ。
今このときばかりは感謝しよう。あのスパルタ特訓に!
「やあっ!」
どことなく迫力に欠ける掛け声と共に私は大男の右手を絡め取る。ナイフを使わせないようにだ。前回はこれにしてやられたからまずは武器を奪い取る!
ゴキッ、と嫌な音がして大男の関節が外れた。
苦痛に呻く大男がそれでも悲鳴を上げなかったのは精神力の賜物だろう。
その点は流石としか言いようがない。だけど……勝負はついた。
取り落としたナイフを拾い上げ、男の首元に当てる。
殺しはしない。
師匠に止められてるってのもあるけど、正直怖いからね。
外にはまだ仲間がいるんだろうし、人質として道を開けさせよう。
「てめえ……ただのガキじゃねえな」
「私のいる馬車を襲ったのが運の尽きだったね」
ふふん。
どうだ。完璧に決まったぜ。
「……はっ。運の尽き? それはちょっと違うぜ」
「……?」
「俺たちは……お前がいるからこの馬車を狙ったんだからなァッ!」
何? 一体何を言って……後ろ!?
寒気を感じ、背後を向けばそこには両手を広げる男の姿があった。
手には魔法石を嵌めた指輪。そして幾何学模様を描く魔法陣が魔力によって展開されていた。
何か……来るっ!?
「《光あれ──【ソーラ】》」
白い魔力は光系統を表す。
単一の下位呪文。間違いなく、下級魔術だ。
だけど……まずい! 私には『柔肌』のスキルが……っ!
「ぐっ……あああっ!」
まるで日光を更に強化したかのような光が私に襲い掛かる。
触れた瞬間から皮膚は焼かれ、ステータスがどんどん下がっていく。
吸血鬼の最大の弱点。それは光魔法の呪いだ。
けど……これは確か単純に光を発するだけの魔術のはず。それなのになんで私に使ってきた?
もしかして……私が吸血鬼だってことがバレてる!?
だとしたらマズイ。こんな魔術を使われたんじゃ逃げ場のない車内では袋のネズミ。焼き殺されてしまう。
「ルナっ!」
あまりの激痛に転げまわる私の上に、ティナが覆いかぶさるようにその身を晒す。瞬間的に痛みが引き、窮地を脱することは出来たが……
「邪魔だ、女っ!」
その代わりにティナがその代償を払うことになる。
私の盾になったティナは大男のナイフを避ける事も出来ず……
──その腹部に深々と大型ナイフが突き刺さった。




