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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第5章 縁者血統篇

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第285話 相性の悪い相手には関わるな

「やれやれ、ようやく行ったか」


 この場を離れるルナを尻目に、オリヴィアは小さく笑みを浮かべていた。


(人の心配ばかりしおって。一体、誰に似たのやら。少なくともあのバカではないだろうが……実に面白い)


 オリヴィア・グラウディスにとってルナ・レストンは奇妙な縁により繋がった人物だった。

 古い友人であるダレン・レストンの娘であり、親友のマフィ・アンデルの弟子であり、弟子のイーサンの友人である。これほどに共通の知人を持ちながら、今の今まで交流を持たなかったのが不思議なほどだ。

 加えて、その交流を持つに至った経緯がまた面白い。


「くっ……どきなさいっ!」


「悪いがそれは出来んな。お前達にルナ・レストンは渡せない」


 迫る神速の斬撃。だが、それを振るうネネがあまりにも純粋すぎた。


(攻撃箇所、予備動作、発動から着弾までの時間。全てが素人のそれだな。フェイントの類が一切ない。今まではそれで何とかなってきたのだろうが……私には効かんよ)


 どんなに優れた武器を持とうとも、それを扱う術者が未熟ならばその技は鈍らへと変化する。オリヴィアはそのことを深く理解していた。


「くうっ! この……っ!」


「一度退け、ネネ」


 このまま続くかと思われた攻撃。

 それを止めたのはサドラーの一言だった。


「無駄と悟ったか? このまま家に帰ってくれると私としても助かるのだが?」


「馬鹿を言え。そんなことが出来るか」


 これまで直接戦いに参加してこなかったサドラーの突然の招集。

 近くに集まるネネとノノに、サドラーはただ一言。


「散開してルナを追え。あの女は無視で良い」


「……ちっ」


 それはオリヴィアにとって最もやりにくい一手。身体能力で劣るオリヴィアは、追いかけっこになれば勝ち目はない。

 だからこそ……


「百花繚乱──風閃華(ふうせんか)ッ!」


 オリヴィアはサドラーを狙って、斬撃を放った。

 魔力により作り出された斬撃は無数の曲線を描いてサドラーへと迫る。

 それに対し、ネネとノノは……


「──なっ!?」


 サドラーを完全に無視して、それぞれ別方向へと駆け出した。

 最強の剣を失ったサドラーには当然、その斬撃を防ぐ術などない。


 土の壁を展開しては見るが、その程度でオリヴィアの攻撃を押し留めることなど出来るわけもなく、体中に無数の裂傷を刻んでいった。


(くそっ! 守る素振りすら見せないのかっ!)


 一瞬の躊躇もなくサドラーを見捨てた二人に、オリヴィアは次の一手を打つ。


「すぅ……」


 風閃華はその名の如く、風の斬撃を飛ばす技だが、その練度は本人の剣の技量に大きく影響する。言ってしまえばこれは剣の間合いを伸ばすだけの技なのだ。元より魔術師でない彼女には複雑な術式を要する技は使えない。


 故に彼女の技は常にシンプル。

 しかし……単純だからといって、その能力が低いわけでは決してない。


「……ハァッ!」


 大きく呼気を吐き出したオリヴィアは横一文字にその剣を振るう。

 左右に散ったネネとノノ。二人は咄嗟に身構えるが、その斬撃は二人を狙ったものではなかった。


 ──ドゴォォォォォォォッ!!


 派手な破壊音と共に、周囲の建物が倒壊していく。

 ネネとノノを足止めするためだけに、オリヴィアはその剣で地形そのものを変えることを選んだ。


「剣一本でこれって……でたらめにも程があるんじゃない?」


 その様子を見て呆れ果てるネネ。視線を戻すと、オリヴィアが真っ直ぐにこちらを睨むように見つめていた。


「言ったはずだ。ルナのところには行かせない」


「……どうやら貴方を先に倒す必要があるみたいね。また後で追いつかれても面倒だし、いいわ。相手をしてあげる」


 ちらり、と視線を横に向ける。

 無様に地面に横たわるサドラーの姿に、ネネは僅かに眉を寄せていた。


「手加減はした。死んではいないだろう。だが、仲間の心配とは意外だな。あっさりと見捨てたように私には見えたが。吸血鬼といえども、人の心は残っているというわけか?」


「別に。あんなの仲間でもなんでもないわ」


 さらりと吐き捨てるように言うネネの言葉に嘘はなかった。

 妹のノノと違い、ネネにはサドラーに対する情のようなものは存在しない。自分たちの主人であるサドラーはネネにとって、借家の管理人程度の認識しか持ち合わせていない。というより、ネネにとっては唯一の血縁であるノノだけが全てなのだ。


 外の世界への興味や同族への仲間意識からルナにはそれなりの感情を持ち上げたこともあったが、究極的にはただ一人。ネネの世界にはノノしか存在していない。


 だからこそ、サドラーがここで切り刻まれてその結果死ぬことになろうともどうでもいい。また別の管理人があてがわれるだけ。ネネにとってはその程度の認識だった。

 だが……


「だけど……なんでかしらね。命令に従ってるだけなのに。私にとってあの人はその程度の価値しかなかったはずなのに……」


 ピキピキと、氷の割れるような音と共にネネの角が僅かに大きくなっていく。


「──今はアンタの血をぶちまけたくて仕方がないッ!」


 より深みを増した紅の瞳。

 それがオリヴィアへと向けられた瞬間……


 ──ドンッ! と地面が爆ぜるかのような音を立てて土埃を巻き上げた。


「…………っ!」


 驚くべき速さ距離を詰めてくるネネ。

 その鬼のような形相にオリヴィアは咄嗟に『風閃華』を放っていた。

 白色の斬撃。それがネネに届くより前に、ネネの『奏剣』がその全弾を打ち落としていく。きらきらと空間を舞う魔力の光を捉えるネネの瞳。そこにはオリヴィアと共に、その背中に迫るノノの姿が映し出されていた。


「『奏剣乱舞──八裂(はちれつ)』」


 そして……八つに分裂した斬撃が同時にオリヴィアへと迫る。

 一つ一つは弾かれてしまう弱い攻撃だとしても、それが折り重なればどうだろう。脆弱な体を持つ人間にはたった一撃与えさえすれば、それが決定打となる。

 更に、今回はもう一手。


「──『葬剣』」


 ノノもまた、ネネの攻撃に合わせる様にその必殺の一撃を放っていた。

 回避不可能の『奏剣』、防御不可能の『葬剣』。そのどちらをも対処することなど出来るはずがない。少なくともネネにはそう思えた。

 だからこそ……


「…………え?」


 まるで蝋燭の火を吹き飛ばすかのようにあっさりと消し飛ばされたことに驚愕の声を漏らしていた。

 オリヴィアを中心に渦巻く風。それは全ての攻撃を弾きつつ、煌々と燃える白色の炎となって周囲を照らし始める。その光を前に二人の吸血鬼が感じたのは本能が訴えてくる()()であった。


「私がルナと会ったのは今回の件がきっかけだった。これまで偶然重ならなかった互いの道だが、ここで必然的にその道を交えたのさ。その理由が分かるか?」


 空白となった周囲一帯の中心で、オリヴィアが静かに語りだす。

 それはネネにとって知る由もないことだったが、オリヴィアにとってはまさしく珍妙と言うしかない出来事だった。


「騎士団の分隊にはそれぞれの役目がある。表向きには知らされていないことだが、私の所属する第八分隊は他種族の調査と牽制が主な任務として割り振られているのだ。その意味が分かるか?」


「あなた……その剣、まさか……」


「ん? ああ、これか。これの原理はそっちのやつの剣に似ているかもしれないな。コンセプトは全てを断ち切る炎の剣。だが、この魔法剣には副次的に面白い効果がついていてな。そのせいで、昔から私はこうも呼ばれているんだ」


 ゆっくりと燃え盛る剣を掲げるオリヴィア。

 その剣の光を受けたネネとノノは揃ってその顔に苦悶の表情を浮かべた。


 イーサンの持つ魔法剣、『紅桜』の原型は火系統の魔力を流す『火剣』がオリジナルとなっている。魔法剣にはそれぞれの魔力性質に沿った能力が付与されていくが、オリヴィアの場合は中でも特殊な能力が付与されていた。


「──『吸血鬼殺し』。それが私の二つ名さ」


 火系統と光系統の二属性。

 それらを付与された剣には『火光剣』の名が与えられる。


「この剣の火は太陽を模している。お前達には良く効くだろう」


 性質の違う二つの魔力を汲み上げ、一つの技として昇華する。

 勿論、誰にでも出来る技ではない。魔術においてもそうだが、魔力性質とそれを扱うだけの術式理論。それらを習得して初めて、それはその人物のみに扱えるオリジナルの技となるのだ。

 そして、それらの究極とも呼べる術を人はこう呼ぶ。


「覚えてくと良い。この剣の名は……『灼光の剣(レーヴァテイン)』」


 術者にのみ扱うことを許された唯一無二の秘術。


吸血鬼(きさまら)を葬るために存在する。私の秘術さ」


 即ち──『固有魔法』、と。

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